心臓ばかりを食べないで

 正月の喧騒も消え、そろそろ本格的な寒さが差し迫ってくる頃、そのイベントは密やかに足音を立ててやって来る。
 恋人たちの冬の祭典、セントバレンタインデーだ。
 然して、その一月先の大寒に入ろうかといった日々の中、それはある日突然やって来る。
 その日はかなり寒い日で、龍宝が事務所に顔を出したのは昼過ぎだったが、空はどんよりと曇っており今すぐに雪でも降り出しそうな天気だった。
 冷たい風が吹く中、慌てて乗ってきた車から降りて事務所への出入口の扉を開けるとほんのり暖かい室温が心地よく、大きく白い息を吐く。
 すると龍宝の存在に気づいた組員たちと挨拶の応酬になり、それに応えながらきょろきょろと当たりを見渡す。
「おい、親分はどうした。未だ来てないのか」
「いえ、二階にいますよ。石油ストーブの前に陣取って先ほどあったかい茶を持って行ったので啜ってる頃じゃないですかね」
 その言葉に頷き、龍宝も早速二階へと向かう。
 靴を脱ぎ、階段に足を置いたところでそこから冷気が上がってきて、寒さに震えながらそのまま一段一段上がってゆくと、ひょこっと愛しい顔が見えた。
 鳴戸だ。
「龍宝くん、今年はなにが出てくるのかな?」
 一体何のことだか訳が分からず、そのまま顔の引っ込んだ南側の部屋へと足を踏み入れるなり、がばっと抱きつかれてしまいそのままの勢いで尻もちをついてしまう。
 いきなりの暴挙に抗議をしようと口を開くと、目の前には鳴戸の顔のドアップが。
 あっという間もなく唇を奪われてしまい、熱いくらいの唇はあっという間に龍宝を甘く蕩かし頬に熱が上がってくるのを感じながら「ん……」と啼いてしまう。
 柔らかで湿った唇はどことなく甘い味がすると思う。男の味もするが、甘い味の方がずっと強い。
 角度を変えて何度も口づけられるたび、身体の温度が上がってゆく気がする。思わず龍宝からもキスしてしまうと、のど奥で鳴戸が笑ったのが分かった。
 なんとなく悔しい気分になるが、今はとにかくこの熱に溺れていたい。
 次第にだんだんと口づけが濃厚になり、ちゅっちゅっと唇を啄まれるようにしてキスをされ龍宝も同じように鳴戸の唇を吸うと、ぎゅぎゅっと強く唇が押し当てられ、思い切り吸われて唇を舐められる。
 そこで鳴戸がなにを欲しているか分かり、薄っすらと口を開けて招くと遠慮なく舌がするっと咥内へと入り込んできてナカを大きく舐められる。負けじと龍宝も舐め返すと応酬になり、二人して息を上げつつ官能的な口づけに溺れる。
 そして身体が熱を上げる頃、漸く唇が離れてゆく。
 すると至近距離に鳴戸の顔があり、龍宝と目が合うとゆるりとその表情が緩む。
「ははっ、ほっぺた真っ赤っかじゃねえか。熟れたりんごみてえだな。美味そう、食っちまおうっと」
「あっ、ちょ、おやぶんっ!」
 本当に噛むと思っていなかった龍宝は迫ってくる顔を柔く押し退けるが、それで止まる鳴戸でもなく、頬に唇が何度も当たりついでにとばかりに唇で緩く顔を食まれてしまい、おまけに小さく舐められ、その刺激に思わず小さく啼いてしまう。
「んっ、あっ……おやぶんっ」
「食っちまった。うんめえ、甘い味がする。お前はどこもかしこも甘いな。かっわいい顔して蕩けやがって。眼がトロンってしてるぜ」
「や……」
 反射で腕を突っぱねるが、本気ではないそれに鳴戸は笑って龍宝の頭を胸に抱えてしまう。
「ははは、かわいいかわいい。んなあ、今年のチョコは、どんなかな?」
 その言葉に、ようやく得心がいった。甘えてきたのはそういうわけだったのだ。
 龍宝は鳴戸の腕の中で大きく息を吸って吐き、片腕を鳴戸の身体に絡ませながら窘めるようにして背をすっすっと撫でる。
「その話ですか。……未だ、ナイショ。だめですよ、言ったら楽しみが半減しますからね」
 すると龍宝の身体を抱いている腕の力が増し、ぎゅぎゅぎゅっと抱き込まれてしまい、何とも穏やかな口調でこんなことを言った。
「俺たちのこの習慣も、とうとう五年目か。長いような、短いような……不思議な気分だぜ」
 との言葉に、龍宝も感慨深くなり居心地のいい鳴戸の腕の中で、五年前の出来事を思い出していた。
 龍宝と鳴戸が所謂そういった仲になったのはバレンタインが終わったちょうど一週間後のことで、珍しくその日、酒豪の鳴戸が酔っ払い家に帰りたくないというので、仕方なく自宅へ泊めることにし、千鳥足の鳴戸を連れ、車から出て自宅部屋を目指す。
 その間も、外の冷気に混じり抱えている鳴戸の身体の熱さが気になってしまい、自分の頬が赤くなっているのを感じながら、鳴戸の肩に腕を回して上階を目指す。
 すると、何気なく鳴戸の腕が龍宝の肩を抱き、反射で鳴戸を見てしまうとつい、見つめ合いになりその場に留まったままじっと見つめているとだんだんと鳴戸の顔が近づいてくる。
 それに焦りを見出し、慌てて抱え直して歩き始める。
「酔っぱらいは困りますよ、おやぶん」
「酔ってなんていねえよぉ」
「そういう人ほど、酔っていると言うんです。ほら、部屋までもうすぐですから。しっかりしてください」
 鳴戸は「ん〜」だとか「ふー……」だとか、言葉にならない声を繰り返し龍宝に縋ってくる。
 その間中、心臓が爆発寸前だったが今この場で鳴戸を放り出すわけにもいかず、己の理性と戦いながら自室へと何とか辿り着いた。
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