幸福の陰から盗み見しよう

 食べている間、鳴戸は優しい眼差しで龍宝を見つめていて、あまりにがっつきすぎて少々食べ方が雑になっていたことを思い出し、赤面するがその頬を腕を伸ばして撫でてくる。
「お、おやぶん?」
 ますます表情が緩み、口元に笑みを刷いてさらっと手の甲で頬を擦られる。
「めしは逃げやしねえからゆっくり食いな。あと、口の端にステーキのソース、付いてんぞ」
 そう言って親指でソースを拭い取ってくれ、その指は鳴戸の口の中に消える。それを眼に入れた途端、急な羞恥が襲いかかってきて思わず下を向いてしまう。
「あ、あ、あの、おやぶん、その……」
 何か言う言葉は理江の大きな溜息に掻き消された。
「はあーあ。結局こういうことになんのよね。鳴戸さん、ここは人前、レストランの中。龍宝がいくらかわいく見えるからって、そういうことはホテルの部屋でやって。龍宝も、顔赤くしてないでさっさと食べなさいよ。早く鳴戸さんと二人きりになりたいんでしょ?」
 その言葉に、ますます赤面を激しくさせるとまた、鳴戸の手が伸びて今度はさらさらと髪を撫でられる。
「いいから、ゆっくり食いな。胃が痛くなっても事だ。二人きりには、後からなろうなー?」
「は、はいっ! あの、後から……」
 その時、龍宝は気づいていなかった。イゴールの顔色が、無表情ながらも曇っていたことに。
 散々飲み食いして、金はすべて鳴戸が払ってくれたので次はホテルへと向かうだけだ。たらふく食べて、大満足の腹を抱えてレストランを出ると、イゴールがぐいっと上着を引っ張ってくる。
「なんだ、イゴール。腹でも痛いか?」
 しかし、何か言うわけでもなくいつもの無表情だが、服を引っ張る強さは先ほどよりも増している。
「用もないのに呼ぶんじゃねえ! あのっ、親分。俺たちの服が置いてあるホテルにまずは向かって欲しいんですが。洋服とか、ありますし」
 すると、鳴戸はまた龍宝の頬を手の甲で撫でて大きく頷いてくれる。
「ああ、いいぜ。なんだったら服なんて山ほど買ってやるのに。どうする? ホテル戻るか?」
「えっと……それは流石に悪いのでやっぱり、俺たちが滞在してたホテルに行ってください。ん?」
 突然足元がぐらつき、後ろ足で踏ん張るとやはり、後ろにはイゴールがいて上着を引っ張ってきている。
 その手を振り解き、車に乗り込むと今度は拗ねたのか、乗り込んでも来ないので大きく溜息を吐き、ひょいっと持ち上げて隣に乗せると、漸くそこで出発だ。
「おい、イゴール。あんまりわがまま言うな。親分を困らせるわけにはいかねえんだから」
「分かってます」
 まったく分かっていない顔だ。一見してみると無表情だが、長い間一緒に居るうちに何が不服で何が満足なのか、大体分かってきたのだ。これは、得心のいっていない時にする顔だ。
 しかしこれ以上突っ込んで聞く気にもならなかったので、後部座席で風に吹かれながら運転する鳴戸の横顔をうっとりと眺める龍宝だった。
 その後、安宿を引き払い少しの荷物を持って車で待たせてあった鳴戸たちに謝りの言葉をかけ、車へと乗り込む。
 なんでも、今からは鳴戸たちが泊まっているホテルの部屋に空きがあったのでそこへ泊まらせてもらえることになったのだ。
 さすがラスベガス。金がすべての街というのはまんざら嘘でもなかったらしい。
 ますます上機嫌に拍車がかかった龍宝は、鼻歌などうたいながらラスベガスの街並みを眺める。
 東京とはまた違った喧騒があり、鳴戸と出会えたというだけで既にもう、見える景色が違うと思う。何もかもが輝いて見えて、見飽きたネオンすら天国から降り注ぐ光のように思える。
 ただ鳴戸が傍に居るというだけで、こんなにも世界が輝いて見えるのだ。とても不思議な感覚だが、きらいではないと思う。
 光の中を車で走っているうちに、鳴戸が傍に居るという安心からか急に眠気がやってきてしまい、大きく欠伸をすると、同じくイゴールも欠伸をし鳴戸に笑われてしまう。
「なんだ、ロクに寝てもいなかったのかお前らは」
「いえ、腹が減ってあんまり夜も眠れなかったもので……お恥ずかしい限りですが。腹がいっぱいになったらなんか、眠くなってきちまって」
「でも、今夜は寝かさねえぞー?」
 その言葉に、早速理江が食って掛かる。因みに龍宝は赤面した。
「また鳴戸さんすぐそれなんだからー! いつ言い出すかと思ってたらもうそんな話? 野蛮ね!」
「男だもんよ。自分の女見たらそりゃ、欲しくなるだろうが」
 理江はその言葉にプイッと横を向き鼻息荒く長い髪を掻き上げた。
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