紛れもない夜の結び目で逃避行

 はあっと溜息を吐くと何故か身体から力が抜ける。このまま寝てしまおうか。そんなことを考えていると、いきなり部屋に電子音が鳴り響き、電話がかかってきたことを知る。
 鳴戸しかこの電話番号は知らないが、先ほどのような間違い電話ということもある。だが、龍宝は椅子から立ち上がろうとせず、ただ部屋にはずっと呼び出しの音が響くばかりだ。
 そのうち鳴らなくなり、ホッとしたようなガッカリするような複雑な気分に襲われるが今さら遅い。出ればよかったのだろうか。そうすると、また要らぬことを言ってしまいそうだ。だったら、出ない方がいい。
 そう思っていたが、また暫くすると電話がかかってきて呼び出し音が鳴り、龍宝を急かしてくる。それも無視していると、きっとすぐに鳴り止むだろうと思っていたがいつまで経っても呼び出し音が途切れることは無く、いい加減にして出ないといけないと思い、椅子から立ち上がり受話器を手に通話ボタンを押す。
「……はい。親分でしょう? なんですか」
 すると、やけに耳に当ててある受話器から聞こえる音ががさがさしていると思う。不思議に思い、またしても「おやぶん?」と呼ぶと、今度こそ声が聞こえた。
「やっと出やがったな。おい、何で来ねえんだよ。待ってんだぞ」
 しかし、やけにうるさい電話先だ。屋内からかけているはずのそれにしては、音が悪すぎる。
 そのまま黙っていると、しんみりした鳴戸の声が耳に届いた。
「よお、龍宝。……俺がさ、悪かったっつーか、うん。俺が悪かったんだろうな。お前が俺に対してそんなに怒ることってねえし、俺もいろいろ考えて……お前に大嫌いだって言われて、漸く気づけたことがある」
「おやぶん? 今どこにいるんです。事務所ですよね? にしては、電話先の音がうるさすぎる」
 すると、鳴戸の罰の悪そうな声が聞こえた。
「ああ、今は外。お前んちのな、近くの公衆電話から電話かけてんだ。直接向かっても良かったんだけど、なんか、勇気が出なくてな。だから、公衆電話の中にいるよ」
「いけません!! 外は雪が降っているんですよ!? 寒いでしょう……何故そんな無茶を」
「まあ、聞けって。とにかく聞け。んでな、お前に大嫌いだって言われて……すげえ、ショックだった。勢いで言われたにしろなんにしろ、お前からきらいなんて言われると思ってなくて……何の音も聞こえなくなっちまって、事務所は俺がいなくても充分盛り上がってたからよ、お前に言われたことを反芻しながら、お前んちに向かってた」
「なんで……」
 半分、呆然としながらそう問うと、切なげな声が返ってくる。
「俺さ、やっぱ……」
「いえ、言わないでください。聞きたくない。大嫌いなんて……そんな、そんな言葉っ」
「いいから聞け。俺……別れたくねえ。思えば、お前に対して俺は随分いろいろ、自分勝手してきたなって思うんだよ。だから、お前に大嫌いだと言われるのも仕方ねえって思ったけど、でもやっぱ、俺はお前が好きだ」
 きっぱりとその言葉を聞いた時、胸の中で何かが弾けた。何かは分からない。だが、それは龍宝の中で熱く拡がり、胸がいっぱいになって言葉の代わりに涙が頬を伝う。
「っ、おやぶん……俺、おれも、あなたが好き……大嫌いなんて、そんなの、嘘。全部嘘で……俺も、あなたと別れたくない。ただ、ないがしろにされて淋しかったんです。いつも俺ばっかりってそう思ってきたけど、あなたからハッキリと好きだと聞いて……安心しました。あの、迎えに行きます。何処の公衆電話ですか?」
「いや、いいよ。俺からお前ンとこ行く。そうじゃねえと、いけねえ気がして……だから、俺が行くよ。今度は、俺から」
 ぷつんっと切れる電話。後、ツーツーといった音が聞こえて通話ボタンを消した龍宝はそのまま、外へと飛び出した。すると雪が身体に叩きつけてきて吹雪になっていることを知る。これは急がねばならない。鳴戸に風邪を引かせてしまう。
 早足で階段を駆け下り、公衆電話があるだろう路地へと足を向けると、なにやら暗闇が動いている。それが鳴戸だと知るとさらに足を速めてとうとう、走り出し鳴戸も龍宝に気づいたようで二人はそのままの勢いでぶつかるように抱きつき、互いを抱きしめ合う。
「おやぶんっ!」
「龍宝っ……! ごめん、ごめんな、俺……」
「なにも言わないでください。言わなくていいです。ただ、もう少しこうしていて……」
 鳴戸の腕の中はかなり冷たく、いつもの熱さが感じられない。相当、身体が冷えているのだろう。
 そっと身体を離した龍宝は、鳴戸の手を引いて自宅マンションの方へ向かおうとするが今度はそのまま、後ろから抱きしめられてしまいつい、熱い吐息をついてしまう。
「……愛してる。龍宝、お前が好きだ。こんな言葉も、言ってなかったよな。でも、今なら言える。龍宝、愛してるぜ」
 その言葉を耳にした途端、ぶわっと瞳に涙が湧き頬を伝って雫が雪の上へと何粒も落ちる。
「今そんなこと言うなんて……反則ですっ。俺も、あなたが好き……大好き。愛して、ます。ずっと、お慕いしてました」
「うん……知ってる。お前の気持ちは知ってる」
 しかし龍宝は首を横に何度も振り、身体に巻き付いている鳴戸の腕に手を当て、ぎゅっと握りしめる。
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