闇の被膜をゆっくり捲っていく

 悲しいが、これが現実というやつなのかもしれない。
 自分が思うほど、鳴戸はさほど自分のことを想ってもいなくて、独りでこうしてケーキを突いていることもきっと、一生知らないままなのだと思う。
 こうやって、想いというものは消えてゆくのかもしれない。
 いくら龍宝が鳴戸を好きでも、鳴戸はそうではない。そのことが、今回の出来事で浮き彫りになったように感じる。
 結局は、そういうことだった。すべて龍宝の片想いで、鳴戸は贔屓にしているキャバ嬢と同じ位置に龍宝が立っていたので手を出した。それくらいの都合のいい存在でしか無かったのだろう。
 じんわりじんわりと、瞳に涙が盛り上がってきて目の前が歪んでゆく。そしてすっと、頬の丸みに沿って涙が零れ、てんっと雫がテーブルの上に落ちる。
「おやぶんの、ばかっ……ばか、ばか、ばかっ」
 泣きながらぐさぐさとフォークでケーキを突き回していると、突然部屋に電子音が響き渡った。あの音は、電話の着信音だ。この家の電話番号を知っている人物といえば一人しかいない。
 鳴戸だ。
 しかし、龍宝に出る気は無く、ぐすぐすと鼻を啜って涙を拭っていると一旦は鳴り止んだが、またかかってきて、今度はかなりしつこく鳴り響き続き、いい加減腹が立ったので勢いよく立ち上がり、受話器を手に持って耳に押し付ける。
「なんですか!! 俺に用はないでしょう!? 一体、どれだけ俺をコケにすれば気が済むんです、あなたは!!」
 すると、電話の向こうが困惑したのが分かった。
「何か言ったらどうですか!! 申し開きがあるのなら言ってみたらいいんです!!」
 しかし、電話の向こうの声は鳴戸ではなく知らない男の声だった。
「あれ? ユミ、じゃねえな。すんません、間違い電話ですわって、待ってけろ。ユミお前まさか、浮気じゃあるめえな!? この男誰だ!?」
 そして電話は切れ、ついでに龍宝もキレそうになる。このクリスマスイヴに何が間違い電話だ。ふざけるんじゃないと、電話を壁に叩きつけそうになったところで、またしても鳴り響く着信音。
 思わず拍子で通話ボタンを押してしまうと、受話器から愛おしい男の声が耳に届いた。
「龍宝? いんのか、ってかあれか、この電話が繋がった時点で家にいるか。おーい、聞こえてるかーい! なあ、へそ曲げてねえで事務所来いよ。今な、ちょうど盛り上がっててさ。お前もこっち来いよ。折角のクリスマスだ。一緒に過ごそうぜ」
 そこで、ぷつんっと何かの糸が切れたような音が頭の中で鳴った。
「あなたはっ……俺はあなたのなんなんですか!! 俺は、一体……あなたの、誰でどういう関係ですかっ……!! 俺ばっかりが好きで、俺ばっかり想ってて、何でもかんでも俺ばかりだ!! あなたの気持ちがどこにあるのか、もう分からない……なにもっ、何も分かりませんっ!! きらいだ、あなたなんか、大っ嫌いだ!!」
 そのまま通話を切って受話器を放り投げ、その場に座り込んで溢れてくる涙を拭おうともせず、泣き崩れてひくひくと肩を揺らす。
 言いたいことは言った。もはや、なるようになればいい。どうせ、いま言ったことはすべて隠していた本音で、実はずっと思っていたことなのだ。それが言えて、いい機会だと思わねばならない。
 いくら鳴戸が好きといっても、限界はある。これ以上はもう一緒に歩けない。歩いて行けない。
 自分のことをうさぎなどというつもりはないが、淋しくて死んでしまいそうだ。一体いつまで放っておくつもりなのか。恋人としての自分は不要なのだろうか。
 様々な憶測が頭を飛び交い、余計に涙が溢れてくる。
 もうここまで来てしまったのなら、後はもう龍宝にすることは何もない。すべて鳴戸次第だ。そこで終わりになるのならきっと、それまでの関係だったのだろう。
 そうは思っても、未練は残る。また、あの腕の中へ帰りたい。
 ぐすっと鼻を啜り、徐に立ち上がって椅子に座り冷めてしまったコーヒーを一口、飲んでからいたずらにクリームを掬って口へ運ぶ。
 暖房も無い部屋はただ冷えゆくばかりで、風呂にでも入って温まろうか、それとももう一杯コーヒーを淹れて暖を取ろうかどちらか迷ったが、結局コーヒーに決めて豆の入っている缶を手に取りコーヒーメーカーに水と共にセットをしてスイッチを入れて椅子に戻る。
 そしてまたちびちびとケーキをフォークで突きながら待つ。
 コーヒーメーカーからは引っ切り無しに何か破裂しているような音と、できあがったコーヒーが落ちる音が部屋に淋しく響き、それも聞こえなくなり徐に椅子から立ち上がりコーヒーをマグに注ぎ、そして椅子に戻って熱々のコーヒーを啜り飲む。
 確かに温かいが、龍宝が求めている温かさというのは物理的なものではないということを浮き彫りにさせられた。
 鳴戸の腕の中に入って、暖を取りたい。優しいにおいのする、腕の中へ帰りたい。
 そんな欲求ばかりが浮かび、情けなくもまた涙を浮かせてしまう。
 かといって、今さら鳴戸がモーションをかけて来るとも思えなかったので結局、また独りきりの生活に戻るだけだ。虚しい、日々が始まる。
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