なみなみと結べない裂傷

 そしてその後、隅から隅まで自分の担当しているシマの見回りを済ませた後、鼻歌交じりで事務所へと帰り、そして建て付けの悪い扉を開けたところで何やら、事務所内が騒がしい。
 何事かと慌てて奥へ通ずる部屋へと飛び込むと、なんと組員たちが紙でできた皿の上にケーキを乗せ、シャンパンを酌み交わしている姿が多数飛び込んできて、唖然とする龍宝だ。
 これは一体、どういうことだろうか。
 呆然と突っ立っていると、その姿に気づいた鳴戸がやってきて紙皿に乗ったケーキを差し出してくる。
「おーう、龍宝おかえりっ! そんで、メリークリスマスってな! いやー、今年はサプライズってことで組のヤツらに何かプレゼントしたくてさ。んで思いついたのがケーキとシャンパンってわけだ。俺もヤツらと同じく甘いモンもイケるクチだし、シャンパンもあったら楽しいかなと思ってさ。だから、お前にもケーキ!」
 だが、龍宝は差し出されたケーキを一瞥し、その眼を鳴戸に移してから、そのまま後ろを向く。
「……俺、帰ります……ケーキは、好きなヤツに渡してください」
「お、おい龍宝!? 待てって! だってお前の分のケーキ……」
 もうこれ以上聞きたくないと思った。何故、組員のために気を配ることができて自分にはできないのか。
「俺のことなど端からどうでもいいのでしょう!? ケーキなんて大嫌いです!! ついでに、あなたのことも大嫌いだ!!」
 滲み出る涙も振り切り、そのまま外へと飛び出して車へと乗り込み、乱暴に駐車場から公道へと車を乗せて走らせる。
 恋人同士ならば、何か他にあってもいいのではないか。何故、他の組員と同じ扱いなのか。
 では、自分は一体鳴戸のなんなのだろう。
 心が乱れて仕方がない。一刻も早く自宅へと帰りたいが、ふと思い出したクリスマスケーキのこと。
 実は、龍宝は自分から仲直りを持ちかけようと美味いと評判のケーキショップで小さなクリスマスケーキを買って予約しておいたのだ。ついでに、シャンパンもアルコール分が高い高級シャンパンを購入済みだ。
 だが、それらもすべて無駄になってしまった。
 そのままケーキを受け取らず自宅へと帰ろうと思ったが、そこは生真面目な性格の持ち主。どうしても無視して帰ることができず、車をUターンさせてケーキショップへと向かう龍宝だ。
 もう金は払ってあるので、財布の中に眠っているケーキ引換券を店員に手渡せばそのままそのケーキは龍宝のモノになる。
 今さら、ケーキなど必要ないが。
 ショップに着くと駐車場は混み合っており、五分ほど待つと漸く一つ空いたためそこへ車を停め、店内へと入ると途端、ケーキショップ独特の甘いにおいが鼻をつき、賑わっているレジ前へと並び、そこでもやはり五分ほど待たされ、漸く手に入れたケーキを持って車へと戻る。
 すると、ちらちらと空から白いものが舞い散ってきて、それが雪だと気づくのに少し時間はかかったがホワイトクリスマスという言葉を思い出し、苦々しい気持ちになる。
 そして大きく溜息を吐くと白い息が吹き出て、もう一度白い息を吐き車へと乗り込んで助手席にケーキボックスを乗せて車を発進させる。
 自宅マンションの駐車場はいつもよりも停まっている車が少なく、改めて今日がクリスマスイヴだということを思い知らされる。
 きっと、恋人同士であれば洒落たレストランでフレンチなど食べて、その後はホテル入りだろうか。なんとも羨ましいことだ。
 龍宝はそのままケーキボックスを手に車を降り、そして自室を目指す。
 しかし、底冷えするような寒さだ。
「……寒いっ。はあっ……」
 思わず思っていたことが口に出てしまい、白い溜息を吐き出して階段を上りそして自室へと鍵を開けて入る。
 だが、部屋の中も寒々としていてなんとも侘しい気分をさらに増長させると思う。余計惨めになりそうだ。
 そして、手に持ったケーキボックスをテーブルの上に置き、コートを脱いでハンガーに引っ掛け、手だけはしっかりと洗ってスーツのまま、温かなコーヒーを淹れてマグをテーブルに置き、一本のフォークを手にして椅子に座る。
 まずは、温まらないことには始まらない。両手で熱いマグを持ち、一口飲むとポッと胃の辺りが温かくなる。
 そうしたところで徐に、ケーキボックスに手をかけて中身を取り出す。
 そこにはきれいに装飾を施した、真っ白なクリームに真っ赤なイチゴが鮮やかなショートケーキが姿を現し、職人の見事な技でいつものケーキが数倍にも煌びやかに感じる。
 じっとそのケーキを無言で眺めていたが、そうしていても埒が明かないとフォークを手に、端から崩して一口、頬張ると甘ったるいクリームとスポンジが舌の上に乗る。
 なんとも甘い代物だ。けれど、夕飯を食べていないからかフォークで突く手が止まらず、さくさくと三分の一ほどを食べた後、いい加減口の中が甘くなってこってりしてきたので慌ててコーヒーで口の中をリセットし、フォークを置く。
 これも、鳴戸と食べたらきっと、数倍は美味しいだろう。
「……親分と、食べたかった……」
 これを見たら、鳴戸はなんと言うだろうか。二人でこれを食べて、シャンパンを飲んで大いに恋人という位置を満喫しようと思っていたのだが、見事に空振りだ。
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