みぎわを游ぐ夢の輪郭

 十二月二十四日の今日。恋人たちの冬の祭典、クリスマスイヴだ。
 龍宝は不機嫌と共にその日を迎えた。
 というのも、ちょうどイヴの二週間前に春に晴れて恋人同士となった鳴戸との初めてのクリスマスということで、洒落たレストランにでも入って美味いコース料理と、後はシャンパンを開けて乾杯といきたく思い、これ以上ない勇気を振り絞って言い出してみたのだ。
 その時はこんな感じで終わった。
 雪の降る景色が寒々しさを与える鳴戸組の二階広間にて、鳴戸に寄り添うように横たわり、抱擁を受けながら、ちらちらと舞う雪を眺めていたが、埒が明かないと思い、両手をぐっと握りしめ想いを言葉に出す。
「あの、おや、おや、おやぶん。今年、あの、今年のく、く、クリ、クリスマス……クリスマスイヴはどうしますか? 俺たち付き合うことに決めて初めてのクリスマスでしょう? だから、何処かレストランとか……」
 声が震える。何とも格好悪いことだ。しかし、鳴戸はその龍宝の言葉を耳にした途端、呆れたような表情に変わった。
「はぁ!? クリスマス? ってお前は何言ってんだ。クリスマスって言うけそんなヒマじゃねえぞ。シマの見回りは誰が行くんだよ。俺もお前も、鳴戸組総出でシマ内の見回りって例年決まってんだろうが。忘れちまったのか。浮かれてんじゃねえ」
 なんとも冷たいその言葉に、涙を浮かせてそのまま鳴戸の腕から出て行って、そしてその二週間は冷戦が続き、当日と相成った。
 龍宝はいつも、この日は鳴戸と見回るのだがそれは避けておくことにして自分独りで言い渡されたシマ内を回り、そして時折休憩と称して事務所へ戻り、鳴戸の様子を見ると言ったことを繰り返していた。
 そんな中、ある一人の準構成員、所謂準構が大きな白い箱を持ってこそこそと奥へと向かうのを眼にし、そのまま尾けてゆくと彼はその箱を冷蔵庫へと入れており、またこちらへと向かって歩いてくるその前に立ちはだかる。
「おい、いま冷蔵庫の中に何入れた」
「えっ! あ、龍宝さん。えと、あーっと、その、親分に誰にも言うなって言われてまして……」
「俺でもか」
「親分の命令は絶対ですんで! すみませんっ!!」
 走って逃げてゆく準構。追おうと思ったが、そのまま冷蔵庫へ向かい、扉を開けるその寸前だった。先ほどの準構が戻ってきて、龍宝の腰に腕を回して何とか冷蔵庫から引き剥がそうとしてくる。
「このっ! 離しやがれ!! だったら言え。ここに何を入れたんだ」
「ですからっ……! 親分に言われているんです!! サプライズにするんだって、硬く口止めされていてですね、ですからいくら龍宝さんでも教えるわけにはいきませんっ!!」
 サプライズ。
 今ただならない言葉を聞いた気がする。
「……サプライズ。お前いまそう言ったな?」
「へいっ! だから、誰にも言うなと。分かってください、俺の立場も!」
「まあ、分かった。親分の命令は絶対だからな。いいぞ、行っても」
「龍宝さんも離れてください、冷蔵庫から」
 なんともちゃっかりした準構だ。仕方なく冷蔵庫から離れ、事務所の奥の部屋へと入って行こうとしたところで、今度は違う準構が出入口から顔を出し、こそこそと何か長細い箱を持って冷蔵庫へと足を運んでいる。
 そこでもやはり龍宝は足止めをした。
「何を持ってる」
「あっ! 龍宝さん! え、いえ……これは、その、親分からの頼まれごとと言いますか……誰にも言うなと口止めされておりまして、いくら龍宝さんでも言えません」
「ほう……? 俺でも言えないような危険なものを持ってるってことだな? 言え、中身はなんだ」
「いえっ! だから言えないんですって! 親分が……あっ! おやぶんっ!!」
 奥の部屋からずいっと足を運んできたのは鳴戸で、龍宝と準構の顔を二度ほど見て、笑みを浮かべて準構を促した。
「おっ! 言っといたモンを持って来てくれたみてえだな。うんうん、いいぞ、冷蔵庫ン中放り込んできな」
「へ、へいっ! 助かりました!!」
 そう言っていそいそと奥へと引っ込んでゆく準構の後ろ姿を見て、その目線を鳴戸へと移す。
「なんですか、親分。さっきから準構が冷蔵庫を行き来してますよ」
「ああ、それな。それは……夜までナイショ! お前、ぜってー夜には身体空けとけよ、俺のためにな」
「えっ……?」
「はっはっはっ! まあ、夜になりゃ分かるさ。あー、楽しみ!」
 そう言って鳴戸はその場を去ってしまい、残された龍宝は身体が何処か熱くなるのを感じた。
 あれは、きっとクリスマスケーキとシャンパンだろう。形状と大きさを考えれば分かる。さては、クリスマスイヴに自分と仲直りしようと思って準構に用意させたのだろう。
 だとしたら、大変喜ばしいことだ。実はこの二週間、淋しくてたまらなく幾度となく鳴戸に声をかけようかと思ったがプライドが邪魔して言えなかったが、鳴戸の方からクリスマスプレゼントを持って謝ってくれるのであれば、もちろん許さないはずがない。
 二人でケーキを食べ、シャンパンを飲みながら愛を確かめ合う。この上なく最高に幸せなクリスマスイヴではないか。
 一気に上機嫌になった龍宝は、そのまま次のシマの見回りへと繰り出すのだった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -