それは嘘でしょう?

 キスは長く続き、その間鳴戸の手は頬を撫でたり長くなった後ろ髪を梳いたりと、その手つきにも感じてしまいうっとりと口づけに酔っているとふと、唇が離れてゆく。
「ん……龍宝お前、いいにおいすんなー。なんだ、出かけに風呂でも入ってきたか? いつも感じるにおいが薄い。その代わり、シャンプーのにおいがする」
 背に腕が回り、ぎゅっと抱きしめられてしまうのに何だか照れてしまい慌てて腕の中で身を捩る。
「お、親分っ! ここは事務所だって言ったのは親分ですよ。は、離してくださいっ」
「ははは、照れるなって。かっわいいなあオマエ」
 そうやって暴れても離してはくれず、後ろ頭に手が回り頬と頬が触れ合いくっ付く。酒を飲んでいるからか鳴戸の肌は熱く、まるで熱が触れている部分から流れ込んでくるようだ。
 そのまますりすりと擦り寄られ、ちゅっと耳の先に口づけが落とされる。
「おっ? 耳が真っ赤だな。照れちまったか」
「やっ……だからっ……!」
「いいじゃねえか。下から誰か上がってくる気配もねえし、このままイチャイチャしてようぜ」
「い、いちゃっ……いちゃいちゃ!? 親分冗談は止してください! 早く離れないと……」
「俺は本気だぜ」
 急に凛とした声色になり、思わず顔を上げて至近距離にある鳴戸の顔を見ると、笑ってはいなく、ごくごく至って真剣な表情を浮かべている。思わず、のどがこくんと鳴ってしまう。
「おやぶん……?」
「俺はずっと、お前とイチャイチャしていてえの! 分かれよ、そんくれえ」
 その言葉に、顔を真っ赤に染めてしまう龍宝だ。どうしていいか分からず、畳に手を置くと鳴戸の両手が頬を包み込む。
「キレーな顔だな、オマエは。男にキレーっておかしいかもしれねえが、かわいくも、あるんだよなあ、これが」
「お、俺はきれいでもかわいくもないです! 親分は眼がおかしいんじゃないですか!」
「だから、これも本気で言ってるんだって。お前は俺の自慢の、キレーでかわいくて強い一の子分だからな。ホント、かわいがってんだって」
 そう言って頭を大きく上下に撫でられ、またしても唇を奪われてしまい、少し酒の味のする舌が咥内に入り込んでくる。
「ふっ……んっんんっ、んっ……!」
 これをされると最後。抵抗なんてものは失せ、ひたすらに口づけに夢中にさせられてしまう。舌が引き摺り出され、柔く噛まれるとじんとした快感が身体に響き、身を捩ると宥めるように頭を撫でられ、髪の中へと入り首を直接擦られる。
「んんっんっんっんー……! ふ、は、はっ……はぁっ……!」
 口づけの合間に吐息をつくとそれごと飲み込むようにさらに口づけは激しさを増してゆく。柔く何度も噛まれ、吸われる。そしてさらに上顎を舐められ舌の下にまで下が入り込み、刺激され溢れ出る唾液が攫われて飲み下される。
 一体、この情熱はどこから来るのだろう。というより、誰に対してもそうなのか、はたまた龍宝だけの特別なのか。
 知りたいが、怖いという気持ちの方が勝る。
 ふっと唇が離れると、やっと呼吸ができると息を大きく吸うと、さらに追ってきた鳴戸によって唇が塞がれてしまう。
「んぐっ!? ふっふっ、ふっ……! んっ、くるしっ……! くる、しいっ、おやぶんっ」
 何とか唇の間から息を吐き、咥内へ入り込んでくる舌を少し強めに噛んでやる。せめてもの抵抗だ。すると、逆に鳴戸はこれ以上なく優しく舌を舐めてきて、絆されてしまう自分を感じながら口づけを受け止め続ける。
 またしても息が上がってしまい、今度こそ唇が離れていって満足に呼吸ができると大きく息を吸って吐いていると、頭に手が宛がわれ優しく撫でられる。
「かわいいんだよなあ……顔真っ赤だ」
「い、いいから離してくださいっ! もう終わりです!」
 腕の中から抜け出て、腰を上げて畳を走るようにして歩き襖をピッタリと閉める。その顔は、熟れたりんごのように真っ赤だった。
 両手で顔を覆い、先ほどの抱擁と交わしたキスを思い出してさらに顔を赤くしてしまう。
「……いつまで経っても、慣れねえな」
 その言葉を残し、階下へと急ぐ龍宝だった。
 夜になると、宣言通り軽く食事を摂った後、下っ端に運転させてのバー巡りと相成った。
 鳴戸は龍宝の正面に座っており、女と談笑している。その姿と、昼間見せた大人の男の色気の塊のような鳴戸を比べてみる。
 まるで別人のようだと思う。
 あの真剣な顔は一体、誰のモノでどんな人物が見るのだろう。鳴戸が男が好きとは思えないが、実際に抱いてもらっている龍宝がいるので、一概に女とも断定できない。
 だが、好きこのんで女好きの鳴戸が男など抱くだろうか。
 そう考えて、いつも堂々巡りになるのが常だということを思い出し、持っていたグラスの酒を思い切りのどに流し込む。すると少し頭がくらっとした。酒はあまり得意ではない。飲めないことは無いが、好んで鳴戸のように水のように腹に流し込むことはできないし、したくない。やけ酒はべつだが。
「おー! 龍宝いい飲みしてるじゃないの! もう一杯いっとくか?」
「いえ、もう結構です。……それより、親分そろそろ」
「ああそうだったな。そうだったそうだった。んじゃあ、次の店にでも行くか!」
 すると侍らせていた女たちが口々に引き止めの言葉で鳴戸と龍宝を縛ってくる。だが、今からはお愉しみの時間だ。邪魔されたくないと、わざと睨みを利かせると女たちは一息で黙り店を後にする二人だ。
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