春を待つ怪獣

 そして一日が終わり、夜がやって来ると鳴戸と龍宝は早速、下っ端に車を運転させある小料理屋に向かっていた。
 リクエストは鳴戸で、何やら注文したものがどれも美味しいということだったのでそちらへ向かうことにしたのだ。
 龍宝に否はなく、久しぶりの鳴戸との一対一の食事に心躍るばかりだ。店へはすぐに到着し、部下には金を渡して適当にそこらで済ませろと言い置き、二人は風情ある店名が書かれた暖簾をくぐる。
 店内はさほど混んでいるわけでもなく、カウンター席へ並んで腰掛ける。
 頼んだものは、多分どれも美味いのだろうが何故だか緊張してしまって、あまりものの味が分からなかったのが残念な点だ。鳴戸オススメのカレイの煮つけだけは何とか美味いと思って食べられたが、他は特に何か感じることも無く、日本酒を肴に腹を満たして食事は終わった。
 緊張というのは、また同じことの繰り返しになってしまわないかという心配が心にあるからだ。また、捨てられやしないだろうか。遊びじゃないだろうか。
 そういったことばかりが頭を占め、なかなか食事に集中できなかったというのも多々ある。
 だが鳴戸は、リラックスした様子で口元に笑みを浮かべて食事を楽しんでいた。時々振られる話題もそこそこに、酒の味さえハッキリしないまま店を出て、その途中、鳴戸は下っ端に寄らせたコンビニで酒を買い求めており、バーに寄れば酒は勝手に出てくるのにそうしない理由が分からず、ただただ車に揺られるのだった。
 ホテルに着くと、下っ端は帰って行き改めて鳴戸と二人で宛がわれた部屋を目指す。キーは鳴戸が持っているので何階にあるのかも分からないまま、鳴戸の後に続きエレベーターに乗り込むと『7』のボタンを押して、途中引っかからないままあっという間に七階へと辿り着き『707』号室の前で鳴戸の足が止まる。
 キーを取り出し、扉を開け放つと入れとジェスチャーされたため、まず先に龍宝が部屋に入り後ろから鳴戸が入ってきて扉が閉まる。
 しかし、いい部屋を取ったと思う。解放的な空間が目の前に広がっており、思わず眺めてしまうと後ろから腕が回りぎゅっと、抱き寄せられた。
 コトが始まるのかと、一瞬身構えるが鳴戸はそうせず、すんすんと鼻を鳴らして龍宝の首元に顔を埋めてくる。
「お、親分? あの」
「いいにおいすんなあ、お前」
「……するんですか?」
「いいや、その前に酒でも飲んでリラックスしようや。お前、ずっと緊張してるだろ。そんなんじゃ、ヤる気にもなりゃしねえ。ま、こっち来い。そのための酒だ」
 そう言ってコンビニで買って来た酒瓶を掲げてみせてくれるのに、思わず笑みが零れる。
 優しい鳴戸は、どうやら健在らしい。
 誘われるがままにソファへと二人並んで腰かけたところでグラスが無いことに気づき、仕方がないのでホテルの味気ないグラスを使わせてもらうことにする。
 酒の封を開けた鳴戸が手酌するのに、慌ててグラスを奪おうとするが避けられてしまう。
「あの、お酌します。グラスをこちらに」
「なあ龍宝。俺はよ、惚れるって言葉の何かを勘違いしてた気がするんだよな。惚れるにもいろいろある。男が女に、男が男に……」
 そこで龍宝は身を硬くした。
 恋心を抱いていることに対し、迷惑とでもいいたいのだろうか。
 そのまま黙っているとくいっとグラスを傾けた鳴戸が、投げ出されている龍宝の手を握り途切れた話の続きを再開させる。
「でもどの言葉も、龍宝お前には当て嵌まらねえんだ。こういう気持ちをなんて言うんだろうな。お前なら知ってるか」
「俺は……ただ、親分をお慕いしているだけです。けれど、俺の惚れているもいつの間にか、自分でも分からない方向へ行ってしまいました。けれど、親分がこうして傍にいてくれるだけで、それだけで」
「満足か? お前は俺が近くにいるだけでいいっていうのなら、どうして女のフリしてベッドに入った」
「それはっ、それは……」
「お前のお慕いしていますと、俺の気持ちが擦り合わさっているか、確かめにここに来た。龍宝、眼ぇ瞑んな」
 一瞬、戸惑ったが言われた通りにすると、唇に柔らかくて温かく、そして酒の味のする湿ったものが押し当たる。思わず薄っすら目を開けると、ゼロの距離に鳴戸の顔があり照れのあまり慌てて目を瞑り直すとくいっとあごを持ち上げられると、合わさった唇から酒が流れ込んでくる。
「んっ、んっく、んくんく、ふっ……う、んっ……は、おやぶん」
 酒の度が強いので噎せそうになったがなんとか飲み下すと、目の前には欲情を露わにした鳴戸の姿があり、思わずこくんとのどを鳴らしてしまう。
 口移しの酒でもここまで身体が熱くなってしまうのに、今から成されることに対して果たして正気でいられるのか。
 久しぶりの情交は、上手くいくのだろうか。不安が波となって一気に押し寄せてくる。
 そんな龍宝の気持ちとは裏腹にすっかりと鳴戸はソノ気らしく、腕を引いて誘いの言葉を口にした。
「ベッド、行くぞ」
「でも風呂が……今は夏ですし、汗くさいと」
 逃げ道を作りたくて放った言葉だが、さっさと却下されさらに強く腕を引いてくる。
「お前のにおいが消えちまうだろ。いいから来い」
 だが龍宝は長い睫毛を伏せ、ソファにかかっていたブランケットを強く握り、唇を固く引き結ぶ。
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