涙を散らかして、愛を捨てて

 後ろを確認する前に、あまりに突然のことだったので反応ができず、いきなり腕を取られたと思ったらベッドに引き倒され、至近距離に怒り心頭といった様子の鳴戸の顔がある。
 そのまま往復で思い切り頬を張られ、あまりの痛みに顔を歪めるとそのまま身体に腕が回り、ぎゅっと力強く抱き込まれる。
「このばか野郎っ!! 大馬鹿野郎が!!」
「おや、ぶん……」
「もう知らねえぞ。そんなに別れてえんだったらハッキリ言葉にしろや! 分かんねえだろうが、コッチは。言葉にしてくんねえと、分かんねえんだって。何がそんなに気になってんだ。俺はばかだからよお……分かんねえんだって! 言ってくれよ、頼むから」
 細く、鳴戸が息を吐き出した。途端、激情が胸の内から込み上げてきてつい大声になってしまう。
「何も知らないで……俺のなにも知らないで、勝手なことばかり言わないでください!! あなたは男だ! そして、俺も男です!! だから……俺はいつも、引け目を感じて、男っていうのを感じさせないように、少しでもあなたが気持ちいいと思えるように、振舞ってきたのにっ……!! 何も分かってないのはあなたです!!」
「ああ、分からないね! なにをお前、言ってんだ。引け目ってなにに。なにに引け目を感じてんだ。俺はべつに、お前だから抱いてるしお前だから好きって」
「そんなの嘘です!! ……俺は、絶対に女には敵わない。分かってるんです、そんなこと。あなたは女の身体が好きで、俺なんて……正式に男を受け入れるところも持ってなくて、胸も膨らんでないし、ごついし、腋毛があってすね毛があって、その……アレ、もついてる男です。絶対に、女には敵わない。いくら近づきたくても、絶対的な壁がある。それでもと思って、あなたと居たけれど……」
「続きはなんだよ、本心だろ? 未だ続きがあるはずだ。言ってみろ、聞いてるから」
「親分、あなたは俺と一緒じゃ幸せになれない。何となく、今日の出来事で分かりました。俺がいくら幸せでも、俺はあなたの幸せには絶対に、なれない。……服、脱がしてごめんなさい……着てください。外は寒いので、ベッドはあなたに譲ります。朝になったら、帰ってください。今まで、ありがとうございました」
「りゅうほう……」
「俺の心に空いた穴は、自分で塞ぎます。……さようなら、鳴戸おやぶん」
 鳴戸の身体を押し返し、立ち上がる。
 そしてその言葉を口にした途端、はらはらと瞳から涙が零れ落ちそれは頬を伝ってあごに溜まり、ぽたぽたと床に何滴も雫が落ちる。
「……なんて、そんなことが平気で言えたら……どれだけ幸せなんでしょうねっ……! 俺、別れたくない。さっき言ったことなんて、全部強がりの嘘で、本当は全部曝け出して、あなたの傍に居たい。けど、それはできない。どうしても、勇気が出ない。俺は、絶対に女に敵わないから……失望させたくないんですよ。分かってください。丸きり男の身体を晒した俺を、あなたはきっときらうでしょう。分かっているから、隠してきたのに……イク時も、なるべくザーメン隠したりアナルはいやだけど、開いても来た。……いろいろ、綻びは出てきてはいたんです。それが、たまたま今日になっただけで……ごめんなさい、親分。茶番に付き合わせて。本当に、申し訳なく思ってます」
 ぐすっと鼻を啜り、キッチンの方へと身体を向けると、そっと手が取られ優しく握られる。その手には体温が戻っており、すぐにでも龍宝の方へ熱が移ってくる。
「離してください。……今は、独りになりたい。風呂、入ってきますね……頭を冷やしてきます」
「待ちな。あっためてくれるんじゃなかったのかい」
「親分はもう、独りで充分温かいですよ。手がもう、温いですから。多分、そういうことなんだと思います。俺が何かしなくても、親分は独りで歩いていける。きっと……そういうことなんだと……」
 言葉は途中で途切れ、思わずしゃっくり上げるとその拍子に熱い涙がさらに床に落ち、フローリングの床には無数の涙の雫が落ちている。
 ここらが、本当の限界かもしれない。本心はもう既に打ち明けた。後は、鳴戸が去る後ろ姿を見送れば、この関係は終わる。
 悲しいことだが、結局ここまでだったのだ。この先へは行けない。とてもではないが、独りでは抱え切れない。
 こんなに鳴戸といるのがつらくなる前に、別れておくべきだったのかもしれない。胸が痛くて、苦しい。呼吸もままならない。このまま死んでしまいそうだ。それならそれで、幸せかもしれないと思うか思わないかの瞬間、一糸纏わぬ姿の鳴戸が抱きついてきて、思わず呼吸を止めてしまう。
「……っおや、ぶん……?」
「やっぱり、馬鹿野郎だなあ、お前は。ばかだ、ばかだよ、大馬鹿だ」
「おやぶん……離して、離してください。これ以上、期待したくない。俺から離れてください。汚れてしまう……」
 そっと握られている手を離そうとすると、今度は肩に手がかかり無理やり振り向かされると待っていたのはこれ以上なく、優しい抱擁だった。
「……っいけません! 俺に触らないでください。俺は、汚れてる……親分までこれ以上、汚してしまうわけにはいかない。早く、離れてっ……!」
 だが、腕は龍宝の意思を裏切り鳴戸の背に添えてしまう。手に触れる肌は熱く、またしても新たな涙が浮き出てくる。
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