愛を憂う鳥

 二人は、恋人繋ぎで手を繋いで帰った。
 その間、途中まで会話は無かったが鳴戸は薄っすらと笑んでおり、握っている手はとても冷たかったが、今はその笑顔だけで充分だ。無表情じゃないだけ、ずっといい。
「おやぶんの手……とても大きいですね。大きくって、しっかりしてて……安心する手です」
「そうか? お前の手は、おっきいけどあれだな、しゅってしてるんだよな。俺はお前の手、好きだな」
「す、好き……ですか。親分に言われるのと、他人に言われるのとではこんなに違うんですね。嬉しいです、好きって、言ってくださって。俺も、おやぶんの手が大好きです」
 そう龍宝が話を切り出したことで、ますます鳴戸の持つ雰囲気が柔らかなものへと変わってゆくのが分かり、自然、龍宝の顔にも笑みが浮かび始める。
 マンション前まで辿り着く頃には身体が心から冷え切り、実際のところ身体の感覚すら鈍くなっていたが、今からは鳴戸と温まることをするのだ。そう思うだけで、少し身体が熱持ったように感じる。
 階段を一段ずつ上がり、部屋まで行き着く頃には二人とも雪塗れで、鳴戸の頭にはたくさんの雪が乗っかっている。
「雪だらけですね……寒いでしょう?」
「お前も人のこと言えねえぞ。真っ白だぜ」
 さっさっと手で払うと、鳴戸も龍宝のスーツについた雪を払ってくれる。そうやって払いっこしているうち、だんだんと興が乗ってきて抱き合い、目が合うと、ごくごく自然な流れで口づけ合う。まるでそうするのが必然のように、唇を合わせる二人だ。
「ん、んっ……おや、おや、ぶっ……ん、んンッ!」
 ひしっと抱きつき、その柔らかな感触を堪能していると、今度は角度を変えて触れられ、龍宝も同じく何度も鳴戸の唇に口づけては戻ってきた温かさに酔い始めてしまう。
 ふっと唇が解かれると、そこにはいつもよりも少し硬い表情を浮かべた鳴戸がおり、腕を持ち上げて両手で頬を包み込むと、手が痛いくらいに冷たく慌てて部屋の中へと引き込む。このままでは身体を壊してしまう。
「おやぶん、ベッド行きましょう。俺が温めます。寒いでしょう?」
 まずは龍宝が靴を脱ぎ、鳴戸の腕を引くが鳴戸は動かずどうやら逡巡しているようだ。らしくない鳴戸に戸惑うが、構わず手を繋いで引き寄せると漸く靴は脱いでくれたがやはり、いつもの豪胆さは形を潜め、どころか沈んでいるようにも見える。
「おやぶんっ!!」
 大きな声で呼んだ後、がしっと身体に腕を回し渾身の力で持ち上げると、それにはさすがに驚いたようで戸惑ったような鳴戸の声が聞こえる。
「お、おい龍宝! 止さねえかっ!」
「俺が……温めると言ったでしょう。このままじゃ、身体がおかしくなってしまう。親分に風邪を引かせるわけにはいきません。絶対に、離さないっ」
 抱き上げるようにして寝室まで連れて行き、そっとベッドに鳴戸を降ろしてまずはトレンチコートを脱がして、後、首に巻き付いているネクタイを解いて床に落とし、スーツそしてカッターシャツ、アンダーウェアなど次々と脱がしてゆく。
 抵抗はまったく無く、ベルトを外そうとしたところで一瞬、躊躇したが勇気を出してそのままカチャカチャと硬い金属音を立てながらベルトを抜いて、下着ごと靴下まですべて脱がすと全裸の鳴戸のできあがりだ。
「親分は、そのまま布団の中に入っててください。俺もいま服を……」
 ネクタイに手をかけたところで、その動きを止めてしまう。このままだと、鳴戸に全裸を見られることになる。
「……親分、見苦しいものをお見せするので背を、後ろを向いていてください。俺のこと……見ないでくれませんか」
 鳴戸に背を向けてそう言うと、ふうっと後ろから大きな溜息が聞こえた。
「なんでさ、お前はそうなの。どうして想い人の身体、見ちゃいけねえの。なんでだ? 恥ずかしいとかじゃねえよな。自分の身体に自信がねえとか? そんなんでもねえよな。どうしてだ」
「それは……」
「脱げよ、俺の眼の前で裸晒してみろ。一度も、ハッキリ見たことすらねえっておかしくねえ? お前だっておかしいと思うだろ」
「……寒いでしょう。後ろを向いて、待っていてください」
 先ほどの勇気はどこへ行ったのか、また意気地のない自分に逆戻りしてしまっている。それが分かりながら、どうしても服を脱げないでいるとごそっと後ろで鳴戸が動いたのが分かった。
 後ろを向いてくれたのだろうか。だったら、脱げる。脱ぐことができる。
 そう思い、ネクタイに手をかけたところでいきなりの大声が耳を劈いた。
「拗ねるのもいい加減にしねえか!!」
 あまりの声量に、空気がビリビリと震える。思わず身体を竦ませ振り向くと、そこには全裸を晒した鳴戸がベッドに座っており、思わず目を背けてしまう。
「そんなにいやか、男の身体が。何をそんなに怯えてんだ。一体、なにが怖くてそんなになってんだ、お前は。思えは初めからだったよな。俺のことが好きっつっておきながら、いつも何か隠して本当も見せずに、何か押し殺して俺の傍にいることに、気づいてないとでも思ったか」
「おやぶん……?」
「なにを隠してんだ。なにが気になる? 男同士ってことに、今さらながら嫌気が差したか? 俺が男だってことが、そんなにいやか。抱かれたくない? それとも、この不毛な関係を終わりにしたいとか? どうだい、何か一つでも思い当たること、あるか? 言ってみろよ、その口で。言葉にしなきゃ、なにも伝わらんぜ」
「……後ろを、向いてください。ベッドの中で話します。寒いでしょう? 人の体温って、何より温かいそうですよ。早く冷えた身体を解してあげたいので、後ろを向いていてください。俺の答えはそれです」
 すると、後ろでまた大きな溜息が聞こえ、後、布ずれの音がして鳴戸が立ち上がったのが分かった。
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