魘されるほどの愛

 ふっと、意識が浮上してくる。
 雨の音が止んでいて、部屋の中は悲しいくらいの静寂に包まれていてごそっと動き、ペットボトルに手を伸ばして中身を煽る。気づくとベッドの周りは空のペットボトルがいくつも転がっており、もう一度体温計に手を伸ばそうとして止めた。
 感覚で分かる。未だ熱は下がっていないどころか、上がっているような気がするのだ。身体にぐるぐると熱が巡っているような。
 普段、孤独が好きでいつも独りでいたのに何故こういう時だけ人恋しくなるのだろう。けれど、誰でもいいわけではない。
 鳴戸に、逢いたかった。逢って、強く抱きしめて欲しい。この孤独をどうか、今だけでいいから埋めて欲しかった。
 恋しく思う気持ちは止まらず、熱の所為で心が弱っているのか涙腺が故障してしまったのか確かではないが、滂沱の如く涙が溢れ出てきて止まらずベッドの中で泣き続け、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった龍宝だった。
 次に目を覚ましたのは、かすかな物音からだった。
 それは玄関から聞こえ、耳を澄ましてみるとノックの音だった。誰がここへやって来るというのか。大揉め中の牛成会が放ったヒットマンであれば、撃退せねばならない。
 重い身体を起こし、スラックスだけを穿きつけて隠しておいた拳銃を片手に玄関へと行き、低い声で脅すようにして玄関扉へ向かい言葉を放つ。
「……誰だ」
「おう、龍宝。ドア開けてくれよ、俺だ、鳴戸」
「おやぶん!? ……親分……? 何故、ここに」
 戸惑いが隠せない。確かに、鳴戸の顔をずっと見たいとは思っていた。だが、今ここで扉を開けてしまっては、ただ切なさが募るだけではないのか。
 逡巡していると、催促の言葉が扉越しに聞こえる。
「おい、いるんだろ龍宝。安心しろ開けろや、俺だって」
 散々時間をかけて迷った挙句、結果として鳴戸を招き入れることにした。何故かというと、一向に帰らないのだ。ひたすらに扉の向こうから呼びかけてくるものだから、根負けしたといった方が近いかもしれない。
 後ろに手を回してスラックスに拳銃を隠し、扉を開けるとそこにはずっと恋しくてたまらなかった鳴戸が笑みを浮かべて立っており、思わず涙ぐむが慌てて背を向け先導するように部屋を歩く。
「何の用ですか、一体」
 龍宝の問いに、鳴戸は答えずその代わりに手首を取られてしまうと、鳴戸の表情が一変しそのまま部屋へと上がり込んでくる。握られた手首はそのままに、振り解こうとしたところでさらに強く引かれ、力の入らない足は自然と鳴戸へ近寄ってしまう。ゼロの位置に鳴戸の顔があると思ったら、額にこつんと冷たいものが当たり驚いていると、そのまま抱き寄せられてしまった。
「いけねえな。相当高い熱、出てんなこりゃ」
「は、離してくださいっ……! 熱が出ていることが分かれば充分でしょう。つらいから横になりたいんで、帰ってください」
 しかし、鳴戸はずかずかと家の中を歩き大量の空きペットボトルを見て、そして難しい顔を見せた。
「お前、めしはどうした。なんか食ったのか」
「……いいえ。食欲がないんで何も食べたくないんです。もういいでしょう、帰ってくれませんか」
「ちょっと……待ってな。つらいなら布団入ってろ」
 そう言い捨てるなり、さっさと玄関扉を開けて出て行ってしまう後ろ姿を呆然と眺める龍宝だ。
「なんなんだ、あの人は……」
 まったく訳が分からない。しかし、また独りきりになってしまった。つい、意地を張ってしまって冷たく接してしまったが、それも仕方のないことだとごそごそとベッドに潜り込む。
 眠りの波がやってきて、ついうとうととしてしまうと勢いよく玄関扉が開かれ、あんまりにも驚いたので枕元に置いておいた拳銃に手を伸ばし損ねたところで鳴戸が大きな白いビニール袋を手に、龍宝の傍へとやって来る。
「おう、めし食わねえと身体もよくならねえからレトルトの粥、買って来てやったぞ。あと、食べられそうなモンもいろいろ。ちっくら、台所借りるぜ」
「ちょ、おやぶん!? いいです、余計なことはしないでください! 聞いてますか、親分!」
「いいからお前は寝てな。悪いようにはしねえから」
 そう言ってキッチンへと引っ込んでいってしまい、仕方なくベッドへ逆戻りしているとまたしてもうつうつとしてしまい、かすかな寝息を立てているとそっと、肩に手が添えられその手の冷たさに驚いて目を覚ますとそこには鳴戸が湯気の立った椀と匙を持って隣に座っている。
「おやぶん……それは?」
「これは、レンジでチンした粥。たまご粥だってよ。さ、食え。食わなきゃ良くはならんからな」
 しかし、食欲は皆無で一応、匙と椀を受け取って口に運んでみたものの味がまったく分からない。仕方なくポカリで流し込もうとするが、どうしてものどを通っていかない。
 食べあぐねていると、徐に椀と匙が鳴戸によって奪われ、何をするのかと思ったら匙で少量の粥を掬い、龍宝の口元へと運ばれる。
「あーん、ほら口開けろ。これなら食べられるだろ。あーん」
 思わず口を開けてしまうと、中にトロリとしたものが流れ込んでくる。自分では食べられなかったものが、どうして鳴戸の手にかかると食べられるのか。不思議に思うが、鳴戸は辛抱強くゆっくりと食事を補助してくれ、すべてが龍宝の腹へと入ると、わしわしと頭を撫でられる。
「よーし、全部食えたな。えらいぞ」
「よ、止してください。俺の世話なんて焼いていないで……おんな、女のところへ行ってください。いい時間です。部屋から、出て行ってください……」
 すると、鳴戸は黙ってしまい難しい顔をして空になった椀を見ている。その表情は、明らかに迷惑がっている表情だ。迷惑というよりも、困っているの間違いか。
 どちらにしろ、龍宝にとっては鳴戸に迷惑をかけたいわけでも、ましてや困って欲しいわけでもないのだ。
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