冷たい雨

 だがしかし、鳴戸は一向に現れず一体何時間が経ったのだろう。いい加減に時計を見ると、なんと時刻は午前一時を指していた。
 いくらなんでも遅すぎやしないか。なにかあったのかもしれない。
 慌てて洋服を着込み、公衆電話がある一階へと向かう。エレベーターの中で足踏みするようにして一階まで行き着き、早速公衆電話に100円玉をいくつも入れてまずはいつものバーに電話してみることにする。
 まさかそこにいるとも思わないが、もしかしたら酔い潰れている可能性もある。
 電話にはすぐに組の息のかかった支配人が出て、早速鳴戸の行方を聞いてみることにする。
 だがしかし、そこで聞いた内容に龍宝の中で時が止まったようになにもかもが聞こえなくなった。力なく受話器を下すと、使い切らなかった100円玉がいくつも転がり出てくる。それを無視して、エレベーターに乗って宛がわれた部屋を目指す。
 支配人の話によると、鳴戸は独りで店に来て一人の女を連れて、だいぶ前に店を後にしたとのことだった。
 龍宝にキーを渡し、待ってろと言った口で女連れで店を出て行った鳴戸。
 その意味とは。
 キーを使い部屋の鍵を開け、扉を閉めると同時にずるずるとその場に崩れるようにして座り込んでしまう。
「……おやぶん……!」
 熱いものが、頬を伝ってあごに溜まりぽたぽたとスラックスの上に落ちる。最初、何か分からず手の甲で頬を擦るとそれは水分で、自分が泣いていることをそこで漸く知ることができた龍宝は、両手で顔を隠し、嗚咽を漏らして泣き出してしまう。
 泣きたくないのに、涙は勝手に瞳の奥から溢れ出てきて止まることを知らず龍宝は顔を歪めて泣き崩れる。
「ふっ……うう、おやぶん、おやぶん、親分ッ……!」
 こんな捨てられ方をするのなら、初めからばかなことをしなければよかった。そうすれば、こんな惨めな気持ちを抱かなくて済む。鳴戸を心から愛してしまう前に、止めることができたはずなのに、何故だろうか。憎む気持ちは湧かなかった。ただただ後悔ばかりが心に降り積もる。
 無数の涙と共に。
 とうとう泣き疲れてしまい、ドアに凭れて足を投げ出し放心していると、なにか音が聞こえることに気づいた。ふらふらと起き上がり、窓際に行って初めてそこで雨が降っていることが分かり、そういえば部屋の中も冷えていてガラス窓に水滴が何粒も当たり、映る龍宝の姿を曖昧なものにしてゆく。雨はきらいでも好きでもなかったが、今はなんだかさらに惨めさを加速させるような、そんな気分だ。
 そっと窓に手を添えると冷たさが手のひらから伝わってくる。雨音が、遠くで聞こえる。
 鳴戸の、龍宝を呼ぶ声も遠くで聞こえたような気がした。つっと、頬に涙が滑りガラス窓に映る自分の姿は涙で滲んで何も見えなくなった。
 結局、龍宝は朝まで独り、窓際で雨を眺めながら過ごしそしてチェックアウトギリギリの時間になって漸く、ホテルから出た。
 そこでふと、身体が不自然に熱くそしてどこか気怠いことに気づいた。足にもあまり力が入らないし、頭痛も結構激しいものが襲ってくる。
 額に手を当てると、手のひらがすぐに熱くなり脂汗までもが手についてくる。これは質の悪い風邪でも引いたか。
 取りあえず自宅へ帰らなければならない。通りまで出てタクシーを捕まえ、乗り込むと若干の眩暈まで感じ、走らせている車に揺られているとドラッグストアの看板が見え、あまり自分の体調に対して大事にしたくなかったが何かがおかしいと、タクシー運転手に店に入ってくれと言いつけ、ふらつく足で店内を歩き、体温計と後はポカリを一ダース買い求めタクシーに乗り込み今度こそ自宅を目指す。
 マンション近くまでタクシーを寄せ、そこからはいつも徒歩だが今日はなんだか無理な気がして、仕方なくマンションに横付けして部屋へと向かう。その間も、普段ならばなんとも思わないであろう、一ダースのポカリが重く感じて仕方なく、部屋に入って鍵を閉めるなり玄関に思わず倒れてしまった。
 うつ伏せに倒れた身体を何とか動かし、靴を脱ぎ捨てて取りあえずポカリでのどを潤すことにする。からっからに身体全体が渇いていると思う。
 500ミリリットルのペットボトルを二本ほど一気飲みし、購入した体温計を取り出してパッケージを破り、脇の下に突っ込む。
 ぴぴっと電子音が鳴り、体温を確認してみるとなんと39.9℃と液晶に表示されており、こんな熱を出したことも初めてなのでどうしたらいいのか分からなかったが、とにかく横になりたい。
 そう思い、さっさとスーツを脱ぎ捨てて、下着一枚になってペットボトルをベッドの隣に置いてそのまま目を瞑る。意識は、すぐに遠のいて暗闇へと落ちていった。

 夢を見ていた。
 うつらうつらと、寝たり起きたりを繰り返しずっと、鳴戸の夢ばかりを見て過ごし目を覚ましては淋しさに溺れ、それから逃れたくて眠る。
 何時間が経って、そして何日が経ったのかも分からないまま、眠り続けているが不思議と腹は減らず、ポカリだけを飲み眠り続けた。
 そんな龍宝の耳にはいつまでも、雨音が鳴り続けていた。止まない、冷たい雨の音。
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