数多の願い事の代償に

 顔を歪め、まるで今にも泣き出しそうな表情に変わったその顔は痛々しく、とても見ていられない。
 あごから手が離れ、その手はいつもとは真逆でかなり冷たかった。
「そっか、それがお前の答えか。はは、振られちまったわ」
 声は震えており、ビールを持つ手も同じく震えていて動揺しているのが分かった。それを見た途端、何故か目頭が熱くなり頬に涙が伝って零れあごに雫を作ってコンクリートの上に落ちる。
「ふっ……うう」
「涙は、拭わねえぞ。それは俺の役目じゃねえみてえだからな。なんだ、他にいいヤツがいたんだな。気づかなかったぜ」
 それに対し、首を横に振り手で目を擦ろうとするとその手を止められてしまい、きつく握ってくる。その力強さに押されるよう、涙声で言葉を搾り出す。
「ちがう、違うんです……俺、初めて親分にキスされた時、怖かった。なんでこんなことしてくるんだろうって、疑問にも思いましたし、だって俺は男だし……親分がなにを考えているか分からなくて、すごく怖かったんです。でも……」
「でも? なんだよ続きは?」
「俺……やっぱり、親分のことが好き……。初めてキスされてからずっと、親分のことばかり考えてました。唇の感触や、温かさ、親分の気持ち、いろいろ……。でも、そうされる前から俺は、親分のことが好きだったって、認めたくなかったけどやっぱりずっと、俺も親分のことをそういう眼で見てたんだって、今なら言えます」
 繋いでいた手を握りしめ、すんっと鼻を啜り鳴戸を正面から見る。その顔は驚きに満ちていて、言葉も出ない様子だ。
「でも、それと同時にすごく怖くて……。親分はとても、気紛れで自由人だから俺のことも気紛れで、ただ気が向いたからそういう眼で見てるだけで本当は……俺のことなんて好きじゃないんだ、そう思う気持ちもあって……少し、つらいです。でも、俺は親分とキスがしたい。いろいろなことをしたい。愛のある、たくさんのことをあなたとしたい」
「龍宝……」
「おやぶん、あなたに触れてもいいですか……? 触れたい、頬に額に唇、身体……手で、触れてみたい。もっと、あなたを感じてみたいんです。だめ、ですか?」
「いいや、構わねえよ。上等だ、触りたきゃ触りな。止めないぜ」
 龍宝は震える手を伸ばし、そっと手で頬を包み込んでみる。まるで燃えるように熱い肌だ。そのまますりすりと撫で、もっと近づくために膝立ちになって傍へ行きぎゅっと硬く熱い身体を腕の中に閉じ込めてしまう。
「おやぶん……熱いですね、親分は。とても」
 抱きしめていた手で頭を撫で、そのままその場に腰掛けると至近距離に鳴戸がいて、じっと見つめると鳴戸も見つめてきて自然と顔を寄せ合い、ただ触れるだけの口づけを交わす。
 相変わらず、熱い唇だ。だが今はその熱がとても恋しいと思う。
 もっと触れたくなり、角度を変えてもう一度口づける。すると小さく唇を舐められ、反射で口を開くとするっと鳴戸の舌が入り込んできて大きくナカを舐められる。
「んっ……んん、ふっ、は……んン」
 思わず愚図ったような声が出てしまい、顔に血が上るのが分かる。
 花火は未だ上がっていたが、まるで音が聞こえない。耳に届くのは、自分の心臓の音だけでどくどくと血液が巡る早く脈打つ鼓動だけしか、今は聞こえなかった。
 そっと顔を離し、両手で頬を包み込む。暑いところにいるからか鳴戸の肌はしっとりと湿気っていて、そして肌もとても熱かった。
 すりすりとそのまま両手で肌を擦ると、甘えるような仕草で鳴戸が手に擦り寄ってくるそのあんまりにも幼げで、幼稚でそれでいて色っぽい様に思わずのどがこくりと鳴ってしまう。
「おや、ぶん……」
「こういうことすんのも、お前だからなんだぜ」
「そう……そう、ですか。俺だけ……ですか」
 悪い気分どころか、その言葉につい有頂天になってしまう。こんな鳴戸が見られるのは、この世で龍宝ただ一人だけ。なんと気分がいいのだろう。この素晴らしい特権は、自分だけのモノ。
 つい調子に乗ってしまい、手を首の方へと下げてゆきカッターシャツのボタンを三つほど外す。すると、龍宝のものよりも大きな喉仏が露わになり、人差し指でついっと出っ張りを突いてみるとごぐっと大きくのどが動く。
 その様が何処か色っぽく、首を絞めるように手を回しそして擦るとやはり首も熱く、まるで燃えているようだ。
 そこで妙な衝動に駆られてしまい、心の赴くがままに鳴戸の首を少しだけ絞めてみる。喉仏に両手の親指を当て、ぐっと手に力を入れると僅かに鳴戸の表情が歪むが、すぐに立て直ったようで何故か笑顔になり、龍宝を見つめてくる。
「いいんだぜ、このまま絞めても。首、絞めたいんだろ?」
「……苦しいでしょう?」
「お前に絞められて死ぬなら本望よ。ほら、絞めてみろよ。俺は受け止めてみせるぜ。それだけの覚悟はできてる」
「あなたは……強いんですね。すごく、強い……」
「それだけの気持ちを、お前に抱いてるってことだ。裏を返せばな。じゃなきゃ、わざわざ男のお前に手なんか出すかい。こっちだって、並の覚悟じゃねえんだ」
 じわり、と心に染みができる。その染みはだんだんと拡がり、それは涙となって瞳から零れ落ち、泣きながら徐々に手に力を入れてゆく。
「ぐっ……っく、うっ……」
 苦しそうな鳴戸の声。
 自分でも、何故こんなことをしているのか分からない。鳴戸は明らかに苦しがっているのに、どうしても手を緩めたくないという気持ちが強く出ていて、それが制御できないのだ。
 無意識のうちにさらに手に籠める力を強めると、僅かに暗闇ながら鳴戸の顔が血液が滞って赤く染まってきている。
「苦しい、ですか?」
 しかし鳴戸は無言で首を横に振り、脂汗を浮かせながらそれでも笑んで見せてくる。その笑みには慈愛や、愛情に満ちており思わず手を緩めてしまうと、それを許さないとでもいうように鳴戸の手が助けるように重ねられ、ぎゅうっとさらに首が絞まってしまう。
「は、ぐっ……う、っく……うっ」
 明らかな苦しみの声を聞きながら、さらに絞める手の力を強めると鳴戸の口の端から少しだが唾液の流れる跡が見え、それがきらりと光ったのを見た途端だった。
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