凍ったバラ園

 と、そこで大きなビルに出会い鳴戸の案内はそこで途切れ、ゆっくりと駐車場に車を乗り入れてエンジンを切る。
「ホントにここでいいんですか? だって、会場まで行くんでしょう?」
「いいや、ここで正解だ。行ってみれば分かる。目の前にな、華が咲くから。大輪の、華がな。さ、行こうぜ」
 暗闇の中、差し出された手を握り二人でビルの中へと入ると、どうやら鳴戸とそこのビルの守衛とは顔見知りらしい。
「おーう、約束通り屋上借りに来たぜ! 邪魔するわ!」
「ああ、鳴戸さん。遅かったからなにしてたのかって心配してたよ。あれ、後ろの兄ちゃんは随分と男前だね。女が放っとかんでしょう?」
「まあまあ、世間話はいいとして、花火が終わっちまうと困るから先急ぐわ。エレベーターは屋上まで直通でよろしく!」
「はいはい、まったく鳴戸さんにゃ敵わねえな。んじゃ、さっさと色男の兄ちゃん連れて乗りなって」
 鳴戸は笑顔でビールの一本を守衛に渡して、もう一度改めて手を繋ぎ直したと思ったらエレベーターへと連れて行かれる。
 すると目の前ですっと扉が開き、乗り込むとまた静かに閉まり少しの圧を感じた後、エレベーターが停まり、一歩足を踏み出したところで突然だった。
 目の前に、暗闇の中で輝く大輪の華が咲き誇ったのだ。思わず足を止めてその景色に見入ってしまう。
「なっ? ここで正解だろ? さ、ここに座って冷えたビールでも飲みながら花火鑑賞と洒落こもうや。二人っきりで」
「……すごいですね。驚きました。というより、花火をこんなきれいに見たことが無いので本当に、驚きます」
 へたり込むようにその場へと座ると、隣に鳴戸が座り自らプルトップを上げてくれ、ビールが手渡される。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「おう、ゆっくり飲もうぜ。花火大会が終わるまで、ゆーっくりな」
 返事すらできず、目の前で次々と打ち上がる花火の美しさは見事に龍宝の心を捉え、つい夢中になり、輝く夜空を見上げ続ける。
 ビール缶に口をつけずに見ていると、いきなりコンッと缶に何かが当たったその振動で漸く眼が覚めると、どうやら鳴戸がささやかに乾杯したらしい。水滴が屋上のコンクリートにぽたっと落ちる。
「花火鑑賞会、スタートの乾杯な。……ほい、乾杯」
「あ、乾杯……」
 もう一度缶と缶がぶつかり合い、汗をかいた缶からまたしても水が落ち、そのまま煽ってのどに一気にビールを流し込むと極楽がやって来る。冷たいビールののど越しは最高で、一気に三口ほど飲み、こんっとビール缶をコンクリートに置く。
「最高の景色ですね。……こんないいところ、あるなんて知らなかった……」
「ここ、絶対にお前と一緒に来たくてさ。前々から守衛には便宜を図ってやってたんだ。俺の作戦勝ちっ!」
 にかっと笑った鳴戸に倣い、龍宝も笑顔を見せて空を見上げる。
 爆音が轟き続き、暫くその場は無言になる。するといきなりだった。鳴戸が大声を出したのだ。
「たーまやー! かーぎやー!!」
「っ! な、なんですか親分いきなり大きな声出して」
「いや? やっぱ花火っつったらこれだろ。玉屋に鍵屋。へへっ」
 上機嫌に笑った鳴戸は残っていたビールを飲み干し、もう一本に手を伸ばしている。
 そしてまた無言になり、ぼんやりと花火に見入っていると、後ろについていた手に温かなものが重なり、ふと鳴戸を見るとその温かなものの正体は鳴戸の手で、きゅっと少し強く握ってくる。
「お前がなー、言い出すまで待っていようと思ったんだけど……なあ、そろそろ返事、くれてもいいんじゃねえ?」
「へんじ……?」
「お前だって、もう答えが出てるんだろっていう返事。やっぱいやか、こんなおっさんじゃ」
「そ、そんなことない! 違います、そうじゃなくって……」
「じゃあなによ」
 思わず黙ってしまう龍宝だ。相変わらず花火は鳴り響いていて、隣を見ると鳴戸が真剣な表情で龍宝を見ていて、思わず俯いてしまう。
「だって、親分は違うじゃないですか。……その、普通の男っていうか、男が好きな男じゃないじゃないですよね。だから、勘違いじゃないかと、そう思うんです。ただ、懐いてくる俺のことを勘違いしてしまって、そういう気持ちを抱いているって……そう思うんです」
「……何を根拠にそう思うんだ? それはお前の考えた予想だろ? なんで俺の気持ちをお前が決めなくちゃならねえんだい。勝手に決めつけんな」
「だったら、じゃあなんで……俺を、その、好きになんか……なったりするんです。おかしいでしょう」
 その言葉に、鳴戸は大きな溜息を吐きビール缶を傾け中身をのどに流し込んでいる。
「そう言えば、俺が引き下がるとでも思ってんのか。てか、引き下がってもいいのかお前は」
「それはっ……それは……」
 思わず黙り込んでしまうと、鳴戸がにじり寄ってきてあごに手がかかり上向かされる。
「ちゃんと、俺の顔見てから言いな。本当に、引き下がってもいいのかって聞いてんだ。お前のことを、一の子分としてしか見なくなっても、いいのか? キスもねえ、抱擁もねえなにもねえ関係に逆戻りでいいのか」
 いきなりさらに大きな花火の轟音が耳を劈き、それと共に感情が弾けた気がした。
「み、見ないで、ください……俺のこと、もう見ないで」
 小さな声だったが、鳴戸には聞こえたようで恐る恐る目線を上げて隣を見ると、鳴戸の顔は強張っており、後、苦笑いに変わる。
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