言い訳ごっこ

 すると、鳴戸が不機嫌をまるで隠さない仏頂面になり畳をバンバンと叩いてくる。
「……なんだよ、この微妙な離れ具合いは」
「それは、俺と親分の……心の位置です。答えすら未だ出てないのに……そんなに近くへは行けません」
 すると、いきなりずいっと距離を詰められ腕で顔を跨がれてしまう。
「オイ、ぶん殴られてえのか、テメエは」
 至近距離にある鳴戸の顔は真剣そのもので、ついのどがこくりと鳴ってしまう。
「俺の気持ち、本気の気持ちを踏みにじるのがそんなに楽しいか? だとしたら、随分悪趣味だな。そんなヤツ、好きになった覚えなんてねえんだけどな、コッチは」
「おや、ぶん……」
「キスしたら、かわいいお前に戻るのかな」
 言葉と共に顔が迫り思わず硬くぎゅっと目を瞑ってしまうが、一向に唇に柔らかなものが押し当たる感触が無く、恐る恐る眼を開いてみるとそこには悪戯が成功したような、そんな笑みを浮かべた鳴戸が見下ろしており、額に一つ柔らかな口づけが落とされる。
「今日は、てか今はここまでにしとく。さ、寝ようぜ。……隣でな。隣に居ろ、龍宝」
「……はい。おやすみなさい、親分」
「ん、おやすみ。眼が覚めたら花火、見に行くからな。身体空けとけ」
 そう言って、鳴戸が眼を閉じるのを見届け龍宝も寄り添うように鳴戸の隣で横たわるが、眠たいはずなのだが一向に眠れず、遂に寝息を立て始めた鳴戸をじっと見つめる。
 いつもの精悍な顔は形を顰め、今はまるで幼い少年のような顔つきで寝入っている。その頬を、手の甲ですりすりと撫でてみる。
 するとすぐに触れている部分が熱を持ち、意外とすべすべした肌に触れているとこちらまで熱が移ってきてしまいそうだ。
 そろりと手を退かしても、鳴戸は眠り続けており少し残念な気持ちを抱えながら再び見つめていると、今度は唇に触れたくなりそろりっと身体を起こして慎重に近づき、起きていないのを確認しながら唇を頬に当ててみる。
 今度は唇が熱持ったようになり、しかし離れたくなかったのでそのまま触れさせていると「ん……」と鳴戸が小さく寝言を言ったのをきっかけに慌てて離れるが、未だ物足りないと思う。
 そう思ってしまう時点で既にもう、鳴戸が言う答えは出ているのだ。ただ、龍宝が認めないだけでとっくの昔に答えはハッキリ出ている。
「……鳴戸おやぶん……」
 一つ名を呼んでみると、じわっと心に熱が灯ったようになり、温かな気持ちが拡がってゆく。
 唇に触れたい。
 ふと湧いた欲望に逆らうことはせず、寝込みを襲うことに気が引けながらもそろっと唇に唇を押し当てると、なんとも言えない幸福感が身の内に湧き上がり、思わず涙ぐんでしまう。
 こんなに想っているのなら、素直に言えばいいと思えど、どこか怖がりな自分もいてどうしても素直になれない。
 鳴戸を信じていないわけではないが、どうしても言い出せない何かがいつも邪魔をするのだ。
 そっと鳴戸から顔を離し、頬に擦り寄る。
「おやぶん、俺は……俺はね……」
 言葉を切り、そっと目を瞑り、暗闇に意識を投げた。

 ふと、浮上してくる無意識の中で身体がなにか温かなものというか、熱いものに囲われている感覚がして、重い瞼を開くとなんと龍宝は鳴戸の腕の中で眠っており、身体は片手で緩く抱かれており、思わず顔を傾けて隣を見ると、鳴戸は眠っているようだった。そう思ったが、いきなり大きな眼がぱっちりと開き、後それがゆっくりと弧を描く。
「おはよ、龍宝。よく寝てたなー。もう花火始まっちまうぞ。急がねえと」
「ん……おやぶん」
「寝ぼけてるんじゃねえ! 急げ急げ! 起き上がれなければ無理やり起こしちまうぞ!」
 先に起き上がった鳴戸に手を差し出され、慌ててその手を取ると思い切り引かれぱふっと腕の中へと入ってしまう。
「お、おやぶんっ!」
「へへっ、作戦成功! あー、いいにおいがする。甘いにおい……すんげえいいにおいがする」
「あ、汗くさいですよ。今日はたくさん汗かいたんで、離れてくれないと……その、くさいですよ?」
「なにがくさいもんかい。いーいにおいがするぜ。ホント、この甘いにおいってどこから来るんだろうな。不思議でならねえ。コロンとか香水じゃねえし、多分お前のにおいなんだろうけど、いいにおい……」
「おやぶんは……男っぽいにおいがします。でも、あったかくって優しいかおり……落ち着くにおいです」
「そうかいそうかい。俺は、お前の甘いにおいの方が羨ましいけどな。さ、本気で行こうぜ。花火大会が終わっちまう前に」
 そう鳴戸が言った途端だった。いきなり爆音が連続して轟き始め、古い鳴戸組事務所が軋み始める。
「おっ! 花火が始まりやがった! 出遅れたぜ、行くぞ龍宝!」
「は、はいっ!」
 然して、こんな時間に行って場所は取れるのだろうか。
 だが鳴戸はかなり行く気満々の様子で、何処か自信に満ち溢れている態度だ。この自信はどこから来るのか。
 訳が分からないまま事務所を飛び出し、二人して車へと乗り込む。その際、鳴戸は事前に買っておいたというビールを事務所の冷蔵庫から取り出し、六本入りのそれにぬかりない準備で車は鳴戸の案内で道を走る。
 しかし、道案内はいいがかなり入り組んだ細い道路を走らされ、些か面倒な気分になってきたが、車の中でも聞こえるほどに花火の音は確実に大きくなってきている。
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