正反対理想論

 そして二人で中へと踏み込むとジャズが流れており、ワイングラスが並んでワインボトルもいくつも店内に飾ってあり、どうやら夜になると酒が飲めるそういったバーも兼ねた喫茶店なのかもしれない。
 だが要は、龍宝と鳴戸はアイスコーヒーさえ出してくれればなんの文句も無いので、そのまま店の奥へと行き、クーラーが一番効いている場所を見つけ対面で腰掛ける。
 すると、バーテンダーのような服装で口ひげをたくわえたウエイターがお冷とおしぼりを持ってやってきたので早速、注文を言い渡す。
「アイスコーヒー二つ。親分、いいんですよね?」
「ああ、いいよそれで」
 ウエイターはすぐに引っ込んで行き、改めて店内を見渡すとあまり客の姿は見えず、とにかくクーラーが気持ちイイ。
 いい具合に冷えた空気がなんとも心地が良く、手で顔を扇ぎつつ正面に座る鳴戸を見る。
「珍しいですね、親分がサ店なんて言い出すとは。きらいなんじゃなかったんですか?」
「ん? まあ、たまにはな。つか、暑くて何処かに避難したかったんだよな。ここ涼しい。いい感じだ」
「まあ、涼しいですけど……」
「お待たせしました、アイスコーヒー二つですね」
 コーヒーはすぐに運ばれてきて、ガムシロップとミルク、そして豆を置いてウエイターが頭を下げて去ってゆく。
 二人ともガムシロップとミルクには見向きもせず、ストローを刺して氷が山盛りのグラスを手に、冷たいコーヒーをのどに流し込む。
「ん、美味しい。美味いですね、ここのコーヒー。俺は好きですけど、親分は?」
「俺もいいなと思ったトコ。美味いな」
 しかし、鳴戸の表情が冴えない。何故だろうか。慣れないものを飲んで腹でも痛くなったか。心配していると、徐に豆の袋を小さな容器に開け、一つを口に運んだ。
 コリコリといい音がしている。
 しかし龍宝は豆に手をつけずにいると、それに気づいた鳴戸の手が伸び豆は取り上げられてしまい、龍宝の分まで食べ始める。
 また、コリコリと音がする。
「……親分は……何故、俺を選んだんですか。どうして、俺なんです」
 それに、鳴戸はかすかに笑んでこんなことを言った。
「んー? まあ、好きにな、なっちまったんだよ。それだけのことだ。理由なんてねえだろ。人を好きになるのに、理由は必要ねえよ」
「関係が崩れるって、思わなかったんですか、少しくらいそういったことを思わなかった? そんなわけはないでしょう」
「それで崩れる関係なら、お前を選ばねえよ。だって、分かってんだろお前にだって。もう、分かってるはずだよお前は。答えなんて、とっくに出てんだろ?」
 会話はそれで無くなり、龍宝は何故か額に脂汗を滲ませながらひたすらにアイスコーヒーに取っ組むのだった。
 ここでも会計は鳴戸が持ち、夕方の陽が道路に反射し照り返しがひどい駐車場から逃れるように車へと乗り込み、事務所へ向かい車を走らせる。
 車内は何気ない話をして過ごした。当たり障りのない、他愛のない言葉ばかりを選び何とか本題に触れないよう、とことんしらばっくれて鳴戸と会話する。
 いつまでも、こうして眼を反らしていても仕方のないことくらいは分かる。返事を待っているのは、鳴戸だけではないのだ。もちろん、行動を起こした鳴戸の方が答えを待ち侘びているのだろうが、当の龍宝も自分の中の答えを探している。
 鳴戸が好きだ。
 そのことに揺らぎはないが、どういう意味で好きでこれからどうやって鳴戸に接していけばいいのかが分からない。
 折角築いた関係を、つまらない恋心で台無しにしたくない。
 恋愛なんて脆いものなどよりももっと、大切なものがあるのではないか。その大切なものが何なのかが、鳴戸の気持ちを知るたびに邪魔するのだ。
 恋よりも大切なものとは一体。愛よりも重いものがこの世にあるのか。それが、どうしても知りたい。鳴戸に聞けば、教えてくれるのだろうか。
 分からない、今は、なにも。

 事務所へ着くと、当たり前のように鳴戸が二階へと上がってゆくのを下から見ていると、ふとその足が止まり、後ろを振り向いてくる。
「どうした、来ねえのかお前は」
「え、いえ。少し疲れたので、花火までに少し仮眠を取ろうかと。下のソファで寝ます」
「……なんで。上で寝りゃいいだろうが。ちっと暑いけど、畳だぜ」
 疲れたといっても気疲れなので、近くに鳴戸がいない方がいい。そう思ってのことだったが、わざわざ階段を降りてきて、龍宝の腕を引き無理やり二階へと連れ込まれてしまう。
「っおやぶん! 離してください!」
 襖を開け、龍宝が部屋へ入ったのを見届けて襖を閉めてしまい、まずは鳴戸が寝転がる。
「ほい、隣は空いてるぜ。来な」
「……俺は下で寝ますよ」
「いつも一緒に寝てるじゃねえか。なにを今日はそんなに愚図るんだ? そんなに俺がいやか。お前のこと好きな、俺がいやか?」
 その言葉に、カッと顔に血を上らせてしまう。
「そうじゃ、なくて……ただ、俺が傍にいない方が親分が楽なんじゃないかと、そう思って……。だって、苦しいでしょう? 俺といるのは」
「いいや、幸せだけどな。お前こそ、俺といるのはそんなに苦しいか?」
 その言葉に、龍宝は半ば意地になって少し離れた所へと寝転ぶ。
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