孤高のベル

 外に出ると、途端だった。真夏の強い日差しが襲いかかってきてあっという間に頭が熱くなってくる。鳴戸を待っていると、すぐに出てきて二人で車に乗り込む。もちろん、運転席に龍宝。助手席に鳴戸。エンジンをかけて早速クーラーをつけ、車を公道に乗せゆっくりと走らせ始める。
「あっついなあ、夏だな。なんか、年々熱くなるような気がしねえ?」
「ですね。汗が止まりませんよ。親分、大丈夫ですか? 窓開けましょうか」
「ああ、適当にやるからいいけどよ。お前こそ、額に汗かいてんぞ」
 徐に鳴戸の手が伸びてきて、指先で額を撫でられる。そこで自身がどれだけ汗をかいているか分かり、なんだか恥ずかしい。
 信号で車が停まったのを機に、慌ててポケットからハンカチを取り出して顔の汗を拭い、再び車を走らせる。
 不意打ちはよくないと思う。額に触れるのはそういった関係じゃなくても、在り得ることだが今のは反則だ。
 おかげで余計な汗までかいてしまう。
 本当に勘違いをしているのは鳴戸ではなく自分自身なのだと、こういう時に思い知らされる。何とも、もどかしいものだ。
 だから、近づきたくないのにどうしてだろうか。傍に居たいと思ってしまう。鳴戸の隣は居心地が良すぎる。安心できて、心がふわふわとしてしまうのだ。
 本当の道化は鳴戸ではなく龍宝なのだと、こういう時に思う。
 いつまでも誤魔化してはおけない。今日見る花火と共に、何もかもが散ってしまえばいい。どちらの気持ちとも、全部無くなってしまえばいい。
 楽になる以上に、つらくなるのだろうが。恋愛とはなんとも、上手くいかないものだ。寧ろ、龍宝の場合、相手が悪すぎる。
 よりにもよって、なぜ彼なのか。問いたいが、問えない。聞けば、何か答えてくれるのだろうか。
 けれど、どうしても聞けない。聞いたら、きっとだめになる。互いをだめにしてしまう。それが、何よりも怖い。
 鳴戸を大切にしたい。けれど、どうやったら彼を大事にできるのか今の龍宝には分らないのだ。大事にしたい人など、今まで独りとしていなかった龍宝にとって鳴戸は、いわばイレギュラーな存在であり、若干持て余してもいる。
 何故、鳴戸は龍宝を選んだのだろう。
 それは、当人の鳴戸のみ知る。

 定食屋へは難なく辿り着き、真夏の日差しから逃れるように慌てて店内へと駆け込むと、中はさらに蒸しており、扇風機がおざなりに回っていて生温かな風を送ってくる。
 向かい合って座ると早速、汗をかいた中年の女将がおしぼりとお冷を持ってやってきて、にこやかに笑んで「ご注文、お決まりになりましたらお呼びくださいねー!」そう言って奥へと引っ込んでゆく。
 その後ろ姿を眼で見送り、壁に貼ってあるメニューを眺める。すると比較的新しい感じの紙に『冷やし中華やってます』と書いてあり、大いに頷く龍宝だ。
「おい、なに食うか決まったか? 俺なににしよう。なにがいっかなー」
「俺は冷やし中華にしました。親分はゆっくり決めてくださいね。ここまで来たら焦りませんよ」
「ああ、冷しゃぶとかいいなあ。冷たいビールできゅーっとさ。よっしゃ、女将呼んでくれ」
 注文を言いつけると、すぐにビールがやって来る。だが、龍宝に飲む気は無かったのでやたらと勧めてくる鳴戸をかわしつつ、冷やし中華がやって来るのを待つ。
 ここの定食屋は美味い上、出てくるのが早いのが二人のお気に入りだ。大体がして、腹を空かせて店へ入るのだから早く出てくるに越したことは無い。
 するとやはり運ばれてくるのは早く、とととんっと冷しゃぶ、冷やし中華の順番で注文したものすべてを運び終え、早速割り箸を割っていただきますだ。
 冷えた麺は美味く、たれの酸っぱさもちょうどよく箸が進むことといったらない。具も山盛りだ。鳴戸も、冷しゃぶが食べやすいのか豪快にもりもりと目の前で食べており、ほぼ二人とも同時ほどに食べ終わり、龍宝は別口で烏龍茶を頼み、鳴戸はビールでご馳走様をしている。
 店の中は暑いが、冷たいものを食べた所為かいい涼が取れて烏龍茶も冷たくて、身体も心も満たされ、腹を擦って椅子に凭れかかる。
「あー、動きたくねえ。お前もだろ」
「同感です。ここから出たくないですね。でも、そういうわけにもいかないですし……親分のビールが終わったら行きますか」
「だったら、帰りに何か冷たいもんでも飲んで帰らねえ? アイスコーヒーとかさ。サ店で」
 これには驚く龍宝だ。鳴戸はどこか喫茶店を敵視しているところがあり、あまり入りたがらないのに何故か今日に限って喫茶店でアイスコーヒー。
 まったく以って、不思議な人だと思う。
 だが、それには大いに賛成の龍宝だ。やはり、烏龍茶ではどこか味気ないような気がしていたのだ。
 喫茶店ならクーラーが効いているだろうし、涼を取るにはうってつけのように思えた。定食屋の金は鳴戸が支払い、一路喫茶店へと急ぐ。
「親分、行きたいサ店とかありますか? 無ければ、適当に入りますが」
「ああいいよ。べつにどこでも。お前に任せる」
 そこでふと、眼に入ったのは外国のカフェでも模したような洒落た喫茶店で、昔ながらの喫茶店の方が鳴戸が好むとも思ったが、ここは龍宝に任されたのでハンドルを左へ切り、駐車場へと入り白線に沿ってバックでピタリと停めてみせる。
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