潮風に吹かれて

 そして、風呂から上がると部屋の温度はかなり快適な具合に設定してあり、龍宝が淹れた茶を向かい合って二人でゆっくりと飲み、長旅の疲れを癒している最中だ。
 そろそろ食事の時間だろうし、鳴戸が言うには部屋食にしてあるため他の宿泊客とも顔を合わせずに済むと、胸を張っていたのでそれも安心だ。
 部屋食だと好きな話ができる上、何しろ龍宝たちは極道なので、できるだけ堅気の客とは交わらない方がいい。なにが起こるか分からないのが一番困る。
 堅気のフリをしたヒットマンが潜んでいる可能性だってあるのだ。
「はあ、しかし腹が減った。めし未だかな」
「何時に運んでくれる予定になっているんですか?」
 すると鳴戸は徐に外してある腕時計を見て「七時」とこう答えた。
「だって風呂予約してあったしさ、あんまり早くてもって思ったんだけど逆に遅すぎだ。めし!」
「わがままを言わないでください。なんだったら、酒でも飲んで紛らわします?」
「いいや、惜しいが止めとく。今日の晩めしは何しろ豪華だぞー!」
 鳴戸の笑みに、龍宝の腹も控えめにくうと鳴る。そういえば、昼ごはんをすっ飛ばして鳴戸と海や空ばかり見ていて腹になにも入れていなかったことを思い出す。それは腹が鳴ってもおかしくはない。
 そうなってくると俄然、食事の時間が待ち遠しくなってくる。
 そうしたところで徐に扉がノックされ、返事をする前に扉向こうから女性の声がかかった。
「お食事、お持ちいたしましたー!」
 勝手に開けられる扉。いつもの癖で浴衣に忍ばせておいた拳銃に手をかけると、鳴戸が首を横に振る。
 そっと拳銃から手を離し、誤魔化すように茶の残った湯呑みに手を伸ばす。
「はいはい、お部屋食でしたね? お待たせしました、お料理の方、運ばせていただきますね」
「手早くよろしくね、おねーさん」
 おねえさんといった年頃でもないと思うが、どうやらこういうところは年齢に関係なく総じてこういったホテルや旅館などは女性スタッフに対してそう呼ぶものかもしれない。
 女性は作務衣を着ており、何とも動きやすそうな格好でテキパキと動いては、茶を淹れ直してくれたりもすれば今日の夕食メニューの書いた紙を置いたりと忙しく仕事をこなしている。
 その女性によって次々と料理の皿が運ばれてきて手際よく並べられてゆく。もはや生唾ものだ。どれも美味そうで、遠慮なく龍宝の腹が鳴る。
 テーブルの上には金目鯛姿煮付けをメインに鯛姿造り、桜海老のかき揚げなど海の幸盛りだくさんの懐石料理が並び、思わずのどを鳴らしたところで女性が頭を下げ去ってゆく。
「さーて、食うか! あのな、このあわびの焼いたやつは別注で頼んであるんだぜ。やっぱ海っつったらこれかなと。あとは、伊勢海老の刺身! これも別注。たらふく美味いものお前に食わせたくてつい奮発しちまった」
「おやぶん……」
「いいから食おうぜ! あー、腹減った」
「では、いただきますか」
 料理はどれも新鮮で美味く、金目鯛の煮付けは味付けが絶品で薄くもなく辛くもなく、ちょうどいい加減で煮付けてあり、鳴戸が別注で頼んでくれた伊勢海老の刺身も身がぷりぷりしていて歯ごたえもよく、後味に甘みがありこれもまた美味い。
 鯛の姿造りも身が引き締まっていて歯ごたえがあり、他の料理と甲乙つけがたいくらい美味い。
 鳴戸は豪快にもりもりと料理を平らげてゆき、龍宝はきちんと箸を持ってゆっくりと味わいながら皿に盛ってある料理に手を付ける。
 その間も会話は尽きず、鳴戸のユーモアある話を肴に次々と皿に手を伸ばしては、海の幸を味わい尽し、食後のスイーツである水まんじゅうをいただいて食事は終了と相成った。
 すべての料理を平らげ、腹は満腹で動きたくもないが龍宝には少し、やりたいことがあったので重たい腹を抱え、淹れ直した茶の入った熱い湯のみを手に、テーブルをぐるりと回り鳴戸の傍まで行き正座して膝をぽんぽんと叩いた。
「親分、頭はここに」
「おっ! 膝枕ってか。こりゃ龍宝の膝枕は高そうだな。んじゃ、ちょっくら……」
 ごろんと鳴戸が寝転がり、遠慮もなく龍宝の膝へと頭を置き座りのいい位置を探して落ち着いたところでその頭を優しく撫でる。
「いいねえ……龍宝の膝枕なんつーと、贅沢っつうか豪華だな。美味い飯に最高の膝枕。あー、いい気分だ」
「よかったですね。俺もいい気分です。親分に甘えられるのはきらいじゃないんで」
「素直に言えよ、好きってさ」
「ま、まあそうですけど。……親分から、温泉のにおいがします」
 そのまま頭を撫で続けていると、先ほど料理を並べていった仲居がノックもおざなりに扉を開けて入ってきたが、龍宝も鳴戸を退けようとしなかったし逆も然り。鳴戸も退こうとせず、二人の関係をどう思ったのか、二度見されたが無視をしていると困惑した様子の女性だったがすぐに立ち直り笑顔を見せてくる。
「お皿の方、下げさせていただきますね。その後、お布団敷きますので。海の幸はいかがでしたか?」
「ああ、美味かったよ。やっぱり海が目の前にあるっていいもんだねえ」
「そうでございましょう。このホテルは特にお料理が美味しいと評判ですから」
 世間話に付き合う鳴戸の頭を撫でながら、目の前で皿がどんどんと無くなってゆく様を眺める。さすがに慣れたもので、あっという間にテーブルから持ち運ばれたものが消え、そのままの流れでテーブルが隅に退かされ、二組の布団が敷かれ仲居が頭を下げて去ってゆく。

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