蕩けて愛の言葉

 後を追うように沓脱で靴を脱ぎ、きちんと揃えて部屋へと入るとまず目に入ったのは水平線輝く一面の海で、部屋は畳敷きだったが広くて清潔感のある落ち着いた雰囲気で龍宝たちを出迎えてくれる。
「おおー! 龍宝見ろよ、オーシャンビューだぜ! それにいい部屋じゃねえか」
「きれいですね」
 広いテーブルに向き合って座ると、吉田が早速茶を淹れてくれる。二人分淹れ終わると、改めてテーブルの脇に座り頭を下げてくる。
「いらっしゃいませ、当ホテルへようこそおいでくださいました。ゆっくりとしたお時間をお過ごしください。今、お茶菓子を持ってまいります」
 そう言って吉田が出て行き帰ってきたその手には盆があり、透明な器に盛った菓子をテーブルの上に置いた。
「いい季節になりましたので、こちら葛餅を用意させていただきました。お口に合うとよいのですが、ごゆっくりお過ごしください。ご用がございましたらフロントまでお電話くだされば窺います。では、失礼いたします」
 吉田が引っ込むと、今度こそ本当に二人だけの空間が拡がる。
 改めて鳴戸が目の前に座ると、何だか照れてしまう。しかし鳴戸はリラックスした様子で部屋のぐるりを見て回っており、その視線は龍宝へと行き止まる。
「茶ぁ、折角淹れてもらったから飲むか」
「ええ。いいかおりがしてますよ」
 小さめの湯呑みはかなり熱く、指先で持つと痛いほどだ。ずずっと一口啜ると、日本茶独特の渋みがきて、後それは旨味に変わる。
「美味しい……ホテルにしてはいい茶葉使ってますね」
「そりゃお前、いいホテル予約したもんよ。何だったら未だ貸切風呂まで時間あるし茶菓子でも食っとくか」
 それからはゆったりと時間が流れ、茶と茶菓子に舌鼓を打ち二人して思い切り伸びをするとそのままぱたんと後ろへ倒れた。
「遠いところに来たって実感しますね、慣れないもん食ったり見たこともない天井なんて見てると。そう思いません?」
「そうだよなあ……普段、茶なんてあんまり飲まねえし葛餅なんて初めて食った気がする。でもいい時間だな。酒が飲みたくなってくる」
「またそれですか……親分はなんにつけても酒ですからまいります。せめて、風呂に入った後にしてください。それまでは、茶でもなんでも淹れますから。今日くらいはいいでしょう?」
「そうさな、まあいっか。折角旅行しに来たんだから酒も、ちょっとおあずけにしとくか。おっと、いま何時だ?」
 若干億劫だが、腕を上げて時計を確認してみる。
「あと十五分くらいで五時になりますね」
「なにっ! おい、急いで支度だ。五時から貸し切りの露天風呂が予約してある。しまった、ゆっくりし過ぎちまったな」
「そこら辺はしっかりしておいてくださいよ。いいです、親分は座っていてください。用意なら俺がします」
 すっと立ち上がり、床に置いてある鞄の中から下着を二着と後は旅館の名前が書いてある浴衣を用意し、取りあえずスーツのまま向かうことにして拳銃は懐へと忍ばせておく。極道をやっている以上、なにが起こるか分からないための用心だ。
 なにもかもを二人分用意して準備万端にすると、漸く鳴戸も座布団から離れ沓脱へ行き、革靴ではなくイグサでできたスリッパを履いてエレベーターで最上階まで向かう。
 今からはどんな景色が眺められるのだろうか。しかも、何より鳴戸と一緒というのが贅沢だ。
 エレベーターへ乗り込むと一度も止まることなく最上階まで行き着くことができ、案内の木でできているプレートには右側突き当りに行くと展望露天風呂と書いてある。
 浮かれる心を抑え、露天風呂の暖簾を潜り鍵をかけてしまえばもはやそこは龍宝と鳴戸、二人だけの空間だ。
「さーて、待望の風呂だな! いいロケーションを期待してるんだがどうかな」
「親分と二人きりですから。どこでもなんでも、俺はいいです」
 鳴戸が自分のスーツに手をかけたので龍宝も倣い、服を脱ぎ始める。拳銃は、迷ったが風呂場まで持ち込むことにした。用心に越したことは無い。
 全裸になると、鳴戸の背には立派な刺青が見えさすがにこれを背負っての大浴場は無理だと実感する。
 タオルで前を隠すと、さっと取られてしまう。
「おやぶん! 何するんです!」
「べつに隠さなくてもお前のことなんて隅から隅まで知ってるよ。つまんねえことすんじゃねえ。ほら、行くぞ。いざ、展望露天風呂!」
「まったく……仕方のないお人です」
 隠すものが鳴戸に取られてしまったので、仕方なくスリガラスの扉を開けた鳴戸に続くと一気に景色が開け、目の前に夕日と水平線と海が飛び込んでくる。
「おおー! 絶景かな! 早く風呂に浸かろうぜ」
 はしゃぐ鳴戸に苦笑し、掛け湯をして湯船に浸かると途端、熱さが身に沁みる。だがそれも、気持ちがいいものだ。
 絶好のロケーションに、テンションも上がる。
「いい景色ですね。きれいです」
「ここにどうしてもお前と来たくてさ。貸切露天風呂なら俺が刺青しょってても誰も気づかねえだろうし」
「嬉しいです、とても。誘っていただいて。こんな景色を親分と見られるなんて夢みたいです」
「それにここ源泉かけ流しだぜ? 湯が気持ちいいな」
「肌がつるつるしますね」
 水平線に太陽の光が溶け込み、潮風は柔らかく身体を撫でてゆく。そして聞こえるさざ波もまた、いいものだ。
 目を細めて景色に見入っていると、すすっと隣に鳴戸がやってきて片手を龍宝の方へと広げ、まるで自分のモノだと言わんばかりの行動に、くすりと笑ってしまう。

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