ロマンスに乗って

 そして、困惑を浮かべながら提案による嬉しさを誤魔化すよう、背をさらさらと撫で擦る。
「それは……もちろん行きたいですが大概の旅館やホテルは極道は入れないんじゃ。親分の背には刺青が……」
「手は打ってある。貸し切りのな、露天風呂のあるホテルを予約しておいた。大浴場に行かなければいいだけの話よ。部屋に風呂もあるし。なに、金は俺が競馬で勝った個人的な金だ。美味いもんたらふく食って、思いっ切り豪遊しようぜ」
 その魅惑的な誘いに、龍宝は嬉しさのあまりグラスを持った鳴戸に抱きつく。
「すごく、行きたいです。親分と二人きり……夢のような話です」
「だろー? 根無し草の俺をこんな風に繋ぎ止めたのはお前だけだからな。それに、たまには息抜きも必要ってもんよ。今は幸い、どこの組とも揉めてねえし、行くなら今かなと思ってな」
「嬉しいです。すっごく、嬉しい……」
「んじゃ、いっちょ旅行と洒落こむか。いいってことだよな?」
「俺がいやと言うとでも? もちろん、行きたいです。そうですか、二人っきりの旅……ふふっ。極道が二人で旅ってなんだかおかしいですね」
「極道だろうが堅気だろうが、息抜きしたいってのは誰にでもあるだろ。特に、俺たちゃこんな商売だからなあ。行ける時に行っておかねえと、行く機会逃すのも勿体ねえしよ」
 そういってグラスを傾ける鳴戸を眩しい眼で見た後、目の前に拡がる刺青をしょった背に吸いつき、大きく何度も舐め上げる。間違いなく、鳴戸の味だと思う。
「ん、ん……おやぶん、美味しい」
「止せって、風呂にも入ってねえんだぞ」
「だからいいんでしょう? 女しか知らない、おやぶんの味。とっても美味しいです。クセになる……優しい味」
「煽りやがってー……! おい、知らねえぞ俺は」
 そう言うなり、ぐいっとグラスを煽ったと思ったら腰を捻りいきなり覆い被ってきたと思ったら至近距離に鳴戸の精悍な顔があり、驚いていると唇に鳴戸のそれが当たり、反射で口を開いてしまうとこぽっと咥内に酒が流れ込んでくる。
 零してしまってはいけないと、のどを鳴らして口移しの酒を飲み干したところでちゅっと、唇を吸われ思わず笑んでしまうと鳴戸の顔がうなじに埋められ手は肌を這い始める。
「煽ったお前が悪いんだからな。甘んじて、二回戦目受け取りな」
「上等です。先ほどから俺も、足りないと思っていたんで」
「ナマ言ってんじゃねえっての。そんなセリフはセックスが終わってから言いな。散々啼かしてやっからな! 覚悟しろ」
 酒くさい鳴戸の吐息が首に降りかかり、龍宝はその湿った熱さを感じながら鳴戸の持つ激しさという快感の波に攫われていったのだった。

 そして、一週間後。
 龍宝は散々考えた結果、拳銃を一丁は鞄に入れもう一丁は懐に忍ばせておくことにした。何しろ、新鮮組頭の鳴戸と、ナンバー2の龍宝二人が揃って出かけるのだ。なにが起こるか分かったものではないといった用心も、しておかなければならない。
 後は、これも迷ったが自分の下着と余計なことかとは思ったが、鳴戸用に新品の下着も鞄に入れる。どうせ鳴戸のことだ。何の用意もなくやって来るだろうと踏んでのことだ。
 一泊二日とはいえ折角の旅行。そう思い、少しは旅行気分も出したいとカッターシャツも鳴戸の分と二枚入れ、鞄を閉め家を出る。
 鳴戸とは組事務所の前で待ち合わせになっている。事前にそう約束してあるため、遅れないよう早めに向かおうと早速、車に乗り込む。
 運転の最中、浮かれ過ぎている自分に気づきわざと顔を険しいものにさせるが、どうしても緩んでしまう。
 鳴戸と二人だけの旅行。その間の鳴戸の時間はすべて、龍宝のものだ。鳴戸を独り占めできるという贅沢に、どうしても心が躍ってしまう。
 今まで送ってきた人生で、心がここまで薔薇色に染まったことなどあっただろうか。いつも殺伐とした毎日を送って来て、鳴戸に出会って恋をしてそして今からは、特別な場所に好きな人と二人きりで向かう。
 鼻歌をうたう趣味は無いし、歌も知らないが自作の歌でもうたってしまいそうだ。早く鳴戸に逢いたい。アクセルを強めに踏み、事務所へ向かう龍宝だった。
 無事に事務所へと到着し、鞄を持って車を降りる。天気は上々で、ちらほらと雲は出ているものの陽の光は眩しいくらいに龍宝を照らしてくる。
 しかし、今になって緊張してきた。一体、何を話そうか。いつも二人きりにはなっているが、果たして間は持つのだろうか。あまり話が上手くないのは自覚済みなので、余計に硬くなってしまう。
 つまらないと思われたら、悲しい。
 思わず下を向いてしまうと、突然車のクラクションが鳴り響き、龍宝の前に勢いよく車が滑り込んできて、後部座席の窓が開くとそこには満面の笑顔の鳴戸が乗っている。
「おう、遅くなっちまったな。乗れよ、出発だぜ龍宝!」
「おやぶん……!」
 慌てて車を半周し、鳴戸の隣に乗り込むと運転席には組に出入りしている下っ端の小島が座っており、困惑していると鳴戸が身を乗り出して声をかけた。
「よし、出してくれ。行き先、分かってんだろうな」
「へいっ! 地図は頭に入ってますんで。じゃ、車出します!」
 ゆっくりと車が公道に乗り、龍宝は首を捻って鳴戸を見る。するとその手には酒瓶が握られており、何とも鳴戸らしくて笑ってしまう。
 どうやら道中は楽しく過ごせそうだ。何しろ、酒があれば上機嫌な鳴戸。それに、少しくらいアルコールが入れば緊張も和らぐだろう。

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