こいのうた

「最近、龍宝さん機嫌いいよなあ」
 組事務所に顔を出した瞬間、その言葉が耳に入ってきた。
 未だ玄関扉を少ししか開けていなかったので、そのまま中の様子を窺っていると、どうやら下っ端の連中が寄り集まっているらしい。
「そうそう。以前はいつでも不機嫌を絵に描いたような顔しかしてなかったのに、最近、なあ」
「今なんて時々、笑ったりもするんだぜ? 信じられるか?」
「あれも、鳴戸親分の教育の賜物ってやつなんかね。以前は親分に対してしか笑った顔なんて見せたことも無かったのに、あの変わりよう」
「まあ、あれでいてかわいいツラしてるからなあ、龍宝さんは」
「オイお前! そんなこと龍宝さんの前で言ってみろ、ぶっ殺されるぞ!」
「それならそれで本望だぜ」
 そこで大きな笑いが組事務所の中に拡がる。
 わざと大きな音を立てて扉を開けると、慌てふためいたように挨拶の応酬が始まる。龍宝はそれにおざなりに返事をして、仏頂面を下げてさっさと二階へ通ずる階段を上り始め、先ほどの組員の会話について考えていた。
 というのも、上機嫌なのも当たり前だ。
 近頃の鳴戸は以前にも増して構ってくれるようになり、ビリヤードはもちろんいろいろな遊びにも積極的に誘ってくれる上、飲みに出たりしても帰りは龍宝の自宅へ必ず寄って、そして甘い時間を過ごすのが常になっている。
 ホテルにも行ったりはするが、ここのところの鳴戸は龍宝の自宅が気に入っているらしく、やたらと訪問したがるのだ。それに対し、喜びの心しかない龍宝は鳴戸を招き入れてはたっぷりと甘やかしてもらい、愉しい時間を二人で過ごす。
 あまり人との関わりというものを大切にしてこなかった龍宝にとって、鳴戸の存在はその観念を打ち崩すくらい、大きなもので鳴戸を通して組員たちとの付き合いにも鷹揚になり、笑顔を見せてしまったのだと思う。
 決して悪いことではないことは分かるが、噂されるのはあまり気分がいいものではない。噂をするくらいなら、堂々と言えばいいのだ。
 大概、己もひん曲がっていると思う。だが、そんな自分を鳴戸はとても大切に想ってくれている。その事実が、龍宝の心に明るく灯りそれを頼りに日々を生きていると言っても過言ではないほどに、すっかりと鳴戸に溺れている龍宝だった。
 広間へと顔を出すと、やはり鳴戸は未だ来ておらず、いつも寝転がっている場所に正座して座り、ざらざらとイグサを手のひらで撫でる。
 考えるのは鳴戸のことで、昨日も楽しかった。
 事務所ではなんてことはない顔をしていつも通り接しているが、飲みに行くと鳴戸は龍宝にかなり甘くなる。
 組の息がかかったバーへと飲みに連れて行ってもらったのだが、女はいわば隠れ蓑というべきか、バーに来て男二人で飲んでいるというのは不自然極まりないので体面上、女に囲まれての飲みになる。二人きりのサシで飲みというわけにはいかないのだが鳴戸の視線は常に龍宝に、そして龍宝の視線は鳴戸に釘付けで時折、場を盛り上げるために鳴戸が女にリップサービスなどするものの、心は龍宝にあることは分かっている。
 そういった自信がついたのも、つい最近のことだが。
 何故かというと、飲み終わって龍宝の自宅へ行くと必ずと言っていいほどに鳴戸が甘えるのだ。龍宝が甘えるのなら未だ、親分そして子分の間柄なので分かるが近頃は龍宝が甘えだすと鳴戸も同じように甘えるため、二人して甘えて甘やかしてのどっぷりな関係に発展している。
 一度はすれ違い、涙をたくさん流したが今はどうだろう、この幸福な心持ちは。
 ずっと荒んで生きてきて、鳴戸に出会ってこうして甘やかしてくれるし甘えてくれるという贅沢は何の褒美だろうか。
 龍宝は目の前で優しく笑んでこちらを見ている鳴戸に対し、柔らかく笑み返し酒をのどに流し込む。
 本当はすぐにでも自宅へ行って甘い時間を過ごしたいが、何しろ鳴戸の飲みは長い。酒豪だからなのか、いつまで経っても飲んでいるものだから自宅に着くと大抵、日付が変わっていることが殆どだが、それからがまた、長い。
 当然のようにして抱き合うのだが、前戯の時間が確実に長くなっている上、言い方は悪いがかなりしつこく身体を嬲ってくる。
 それに対し、何の不満も文句も無いが、鳴戸と寝ると必ず何度もイかせられるため身体が少々怠いということだけが少し心配なのだ。
 というのも、いつどこで命を狙われるか分かったものではない世界に身を置いている以上、甘えは許されないというのが龍宝の持論だったが、最近はそれが崩れつつある。
 だが、鳴戸と過ごす尊い時間を無くすという選択はまったく無く、怠いと思えば鍛えればいいだけの話。
 最近はトレーニングにも力を入れ、毎日を過ごしている。少しくらいの戒めは必要だ。
 しかし、鳴戸との飲みの楽しさは何事にも代えがたいため、少し酒に強くなった。酔ってしまえば、そこで楽しい時間は終わってしまう。
 ザルの鳴戸に付き合うのはなかなかに大変だが、幸福な時間を送っていることに変わりはなく、目の前でチャーミングに笑んでくる鳴戸を、熱い眼差しで見つめる龍宝だった。

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