口づけは甘い罪の味
すべてが終わり、ナカに熱い飛沫を感じたところで漸く一息吐けた龍宝は、正常位で抱かれていた身体を起こし、ぎゅっと鳴戸にしがみつきながら口づけを強請る。「はあっはあっ、おや、ぶんっ……き、気持ちいッ……! イったのに、未だ気持ちイイ……ん、すき、すきです、おやぶんっ……!」
我を忘れて鳴戸の唇へ吸いつき、舌を無理やり鳴戸のナカへ入れ貪るように舌を動かすと、少々痛いほど噛まれ、思わず唇を離すとすぐに追ってきて、今度は鳴戸が龍宝の咥内へと舌を忍び込ませ、ナカをくまなく探られる勢いで舐めしゃぶられ、口の端から飲み下し切れなかった唾液が零れ落ちる頃、漸く唇が離れてゆきそのままひしっと抱きついて呼吸を整える。
鳴戸の身体は燃えるように熱く、そしてしっとりと湿っていて触れ合った部分から熱持つのが分かる。その心地いい腕の中を堪能していると、ゆっくりと頭を上下に何度も撫でられ、思わずふふっと笑ってしまう。
「気持ちイイ、おやぶんの手」
「お前の髪って結構柔らかいな。硬そうに見えるけど、案外そうでもない。意外な発見だよ。こんなに近くにいるのに、知らないことって未だあるんだな」
「親分の髪も、柔らかいですね。さらさらしてます」
そう言って、鳴戸の括ってある髪を指で梳くと指の股から髪が零れ、指の股が気持ちイイ。
なんとも穏やかな時間だ。
鳴戸が怒りを露わにしてここへ来た時は一体、どうなってしまうことかと本気で心配をしたが、蓋を開けて見たら結局はこんな甘い時間を過ごしている。不思議なものだと思う。
しかし、鳴戸の怒りはもう解けたのだろうか。ふと、そんなことを思ってしまう。
聞くのは怖いが、聞いておかなくてはいけないような気がして、重い口を開いてみようとした時、徐に鳴戸が動き出し、ナカからペニスを引き抜き思わずその衝撃で「んああっ!」と啼いてしまうがそれを宥めるよう、片手で頬を包まれ撫でた後、何を思ったのか、さっさとベッドから出て行ってしまう。
「おやぶん……? 親分!」
出て行ったとはいっても、全裸だ。外へは出られない。そう踏んでベッドに潜っていると、勝手知ったるで冷蔵庫の中から酒瓶を取り出してきてついでにグラスも二個、ちゃっかり持ち出してきてベッドへと戻ってくる。
「飲むか?」
「結構です。……それより、怒りはもう晴れたんですか? というより、そもそも一体なにに対してあんなに怒っていたんです。俺には、知る権利がありますよね」
鳴戸は一度ベッドに潜り込み、床に置いた酒瓶に手を伸ばしてグラスにそのまま注ぎ、一口のどに流し込むと、龍宝のつけた疑似キスマークを指で軽く引っ掻く。
「知る権利、ねえ。そりゃ、お前が一番よく分かってるんじゃねえの? このキスマーク……見るだけで胸がムカムカしやがる」
言い捨てるなり、グラスを床に置きまたしても三箇所に散ったキスマークに吸い付き、ちりっとしたかすかな痛みを残してその場所を舐め、龍宝を困惑させる。
「あの、親分はもしかして……妬いて、くださったんですか? その、女に」
「妬く? 俺がか」
はははっと笑った鳴戸だったが、空笑いだということは分かる。すぐに真顔に戻り、グラスを手にしてじっと、琥珀色を眺めふっと溜息を吐いた。
「妬く、か。……龍宝。誰と寝た。まあ、想像はつくが教えろ。ユミか?」
「教えたら、どうするつもりですか」
「決まってるだろ。女だからって容赦しねえ。殺るんだよ。お前が抱いた女は、片っ端から消していくつもりだ」
なんという物騒な考え方か。知らず、額に冷たい汗を滲んでくる。
鳴戸は、本気だ。
龍宝は俯き、ベッドの上でうつ伏せになって横目でじっと鳴戸を見つめた後、重い口を開く。
「誰とも、寝てないです。キスマークも香水も何もかも、全部自作自演で、あなたに当たってしまおうと思ったんです。女に親分を取られたと、嫉妬してしまって……悔しくて。情けない男です、俺は」
「そうか。それを聞いて安心した。……なあ、龍宝。俺はな、知っての通り自由人だ。だが、お前だけは……」
途切れてしまう言葉。どうやらいいあぐねている様子だ。
鳴戸の言葉端を掬い取るようにして、龍宝は言葉を舌に乗せる。
「……聞いてください、親分。俺は、誰とも寝ません。ただ、あなたに抱かれる時だけただの男に戻ります。それで、親分は納得してくれますか」
「しかしっ……! ……いや、そうだな。俺はお前を縛りたいのかもしれん。お前が俺を慕うように、俺も、お前を……」
「その言葉で充分です。寧ろそれ以上言ってはいけない。親分が口にする言葉じゃないと思います。俺はそれでいいと思ってる。それで、いいんですよね……?」
「龍宝……お前はそれでいいのか。中途半端に俺を想って、俺がなにを考えているかも分からないのに」
「元々、俺から始めたようなものです、この関係は……。でも、後悔はしてませんし、したら終わりだとも思ってます。親分は変に気負わず、抱きたいと思った時に呼んでください。俺はずっと、親分だけを見てます。そういう覚悟も、今できました。だから、親分はもっとなんていうか、俺に縛られることなく、たまに見てくれれば、それで、俺は」
半分嘘で、半分本当の言葉だ。
鳴戸を縛ってはいけない。そんなことをすれば、どちらも苦しくなる。関係は長続きしないだろう。だから、敢えて身を引こうと思ったのだ。
だが、鳴戸は首を何度も横に振ってしまう。
「おやぶん……?」
「いいや、だめだ。そんなヘビの生殺しみたいな真似をお前にはさせられん。俺は、お前をっ……」
言葉は、続かなかった。
グラスを置いた鳴戸と、上半身を起こした龍宝は互いの背に腕を回し一部の隙間もなく抱き合い、体温を分け合うようにずっと、長い間そのままの体勢で切なさと共に時間を過ごした。
鳴戸の身体からは温かなかおりがして、龍宝は少し目元を湿らせた。
この幸福な時間が、永遠に続けばいいと祈りを残してそっと目を閉じ、降ってくる柔らかな口づけを受け止めるのだった。
今は、これだけでいいと想わせてくれるようなそんな、キスを夢見心地に受け止める。
幸せとはきっと、これくらいでいいのだろう。多くを望んではいけない人に恋をした、それがこの口づけなのだ。
鳴戸に恋をした。それが、龍宝の罪の味。甘いキスの、罪の味。
To be continued.