夜明けの月

 というのも、またしても首の付け根をひどく噛まれてしまい、皮膚が破れ、肉に歯が食い込んだのだろう、そこからぶわっと血が湧いてくるのが分かった。シャワーの湯に紛れ、熱い液体が肌を伝い、赤色が目に映る。
「俺の想いを、茶番だと? 本気で怒らせてえのか、テメエは。……殺すぞ」
「お、おやぶん……?」
 寒気が、足元から這い上がって身体が一気に冷たくなり、額には冷や汗がぶわっと吹き上がる。
 龍宝の髪を掴んでいた手が、徐に背中へと回りぎりりっと爪を立てられそこでも血が出たのが分かった。
 怒りの根は、相当深いようだ。というより、抉ったの間違いか。
「テメエが女なんて抱きやがるからだろうが。なんで抱いた」
「だからっ……言ったでしょう、親分が女を抱けと! この押し問答はなんなんですか! 何度も言いましたよね、俺。聞いてないんですか」
「真に受けるばかがいるか? テメエは俺だけ見てりゃいい。それが分からねえのか」
 何たる勝手な言い分か。いい加減腹が立ってくる龍宝だ。わざと平静を装い、鳴戸の背に手を置いた。
「もう、止めましょう親分。こんなどうしようもないやり取りしたって、無意味なだけです。どうやったって、親分は男で俺も、男です。詰まるところ、そういうことでしょう? 今までが不自然だっただけで、どうやったって俺は女にはなれないわけですから。……なるつもりも、無いですし。俺は、男でいたい。男で、親分の傍に居たい」
 すると、龍宝の背に回っていた手が力なく落とされ、鳴戸が離れてゆく。
 その表情を見ると、諦めのような淋しさが漂っていて一気に後悔の波が押し寄せてくる。言ってはいけない言葉を、発してしまったのではないか。
 くるりと龍宝に背を向けた鳴戸は、そのまま浴室の扉に手をかけ開いたところで龍宝は咄嗟に鳴戸の身体に腕を回し、引き止めてしまう。
「離せ、龍宝。話は終わったんだろ? 俺は親分で、お前は大切な一の子分。そういうことだな?」
「ち、違う……」
「なんだ?」
 目頭が熱くなり、涙が滝のように流れてくる。声が震えて仕方ないが、なんとかのどから言葉を振り絞って懸命に伝える。
「待って、違うんです。嘘、うそです。いま言ったのは全部嘘で……俺、やっぱり親分とは特別な関係でいたい。親分は確かに親分です。でも、そういった意味合いじゃなくて抱いて、抱かれてといったそういう、俺だけの場所を親分に作ってもらいたい、そういう意味で一緒に居たい」
「龍宝……」
「わがままを言っているのは分かっています。でも、無かったことになんて……したくない。俺と同じ気持ちを、親分にも持っていて欲しいです。贅沢な願いだとも、分かってますがどうしても、譲りたくないんです、この想いは」
「離しな、龍宝」
 だが、さらにぎゅううっと強く腕を回して抱きつくと、まるで払うように腕を落とされてしまい、とうとう愛想を尽かされたかとそろっと後ろへ下がったところだった。
 勢いよく振り向いた鳴戸は、龍宝が大好きないつもの優しい笑みを浮かべており目の前で両手を拡げてくれる。
「泣くんじゃねえっての。お前は俺のことになると途端に泣き虫になるんだもんな。ほれ、来い」
「おやぶんっ……!」
 あと一歩の距離を詰め腕の中へと飛び込むとぎゅっと抱き込まれ、うなじに首が埋められる。そしてそこを丁寧に舐められる。
「うん、香水のにおいは消えてるな。……龍宝」
「ん……なんです、おやぶっ……んっ!!」
 いきなり肌に熱くぬるついたものが這い、一瞬ぎょっとするがすぐにそれが鳴戸の舌だと気づき、思わず熱い吐息を吐いてしまう。
 何度も往復して首の下から上へ向かい、舐められ吸われ耳の後ろをくすぐるように舌先で抉られたりと、舌による優しい愛撫にまたしても瞳に涙を浮かせてしまう。
「んっ、んんっ、あっ……お、親分……! や、止めてくださいそんな、たくさん舐められると俺っ」
「いいからお前は黙って感じてろ。女のにおいは、俺が落とす」
 出しっぱなしだったシャワーの湯が鳴戸によって止められ、本格的な愛撫が首元から始まる。手は、全裸の龍宝の肌を痛いくらいの強さで撫で擦り、唇は至るところに落とされそして舐め上げられては吸われ、たまらない気持ちにさせられる。
「あ、はあっ……は、は、あっ……! おや、ぶんっ……きもち、いっ」
「そっか、イイか。俺もたまらなくイイぜ。やっぱ、お前のにおいはこうでなくちゃな。興奮する、においだ……お前の、お前だけのにおい、好きだぜ」
「んっ、俺も好きです。親分のにおい、大好きです。あったかくって、優しいにおいがするんです。そのにおいを、一番近くで感じていたいと思うのは、おこがましいですか……?」
「いいや、なにも後ろめたさなんて感じることはねえよ。俺も、お前の傍で甘ったるいにおい嗅いで、毎日過ごせたら幸せだろうと思うが」
「……思うけど、なんです……?」
「いいや、なんでもねえ。幸せだろうなと思っただけだ。しかし、お前は肌もきれいだな。手に吸いついてくるようなきめ細かさで、あったかくて触ってるといい気分だ」
「なら、ずっと触っていてください。親分だけの、特権です。他の人間には決して、許さないことですから」
「気分良いこと言ってくれるじゃないの。そっか、俺だけの特権か。悪くねえ、どころか嬉しいわ、こりゃいい」
 そういった口で、先ほど噛まれた傷口に舌が這い思わず痛みに顔を歪めてしまう。
 だが、鳴戸は止まらずひたすらに舐めてきて、そこからまた血がにじみ出すのが分かった。

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