吐息とオルゴール
そのままお冷を飲んでいるとふと、視線を感じ顔を正面に向けると鳴戸の顔が緩み、口角が上がる。「お前はさ、水を飲んでてもあれなんだな、かわいいんだな。不思議だよな、女みてえに化粧してるわけでも、着飾ってるわけでもねえのに今まで会ったことのある誰よりも、キレーでかわいく見えんだよ」
「それは……」
答えあぐねていると、早速サラダとワインが運ばれてくる。まずはソムリエがワインの説明をして、それを聞き流していると二人分、ワイングラスにワインを注ぎ入れて去ってゆく。
ささやかな乾杯だ。
車を運転しているが、昼間も鳴戸が言っていた通り飲酒運転が怖くて極道がやっていられるかということで大いに楽しむことにし、二人で赤のワインに舌鼓を打つ。
そうしたところでサラダに手を出した龍宝だが、鳴戸は素知らぬ顔してすいっと横にサラダの皿を退けてしまい、ワインを飲み始める。
「親分、いけませんよ。野菜も食わないと。昼間のステーキについてきていたにんじんも、いもも残してましたよね。知ってますよ、俺」
「うーるせえなあ。お前は俺の母ちゃんかよ。野菜は好きじゃねえの」
「一口だけでいいから、食ってください。身体にいいんですよ、野菜は。親分には長生きしてもらいたいんで、俺のためと思って。残りは俺が食います」
すると、しぶしぶ三分の一くらいは食べ、皿を押しやってくるのに苦笑いして鳴戸の残したサラダを片づける。
食事は和やかに進み、笑いが絶えず料理もいつも通りの味で美味くもありワインも最高だ。
最後はレモンのソルベが来て、コース料理は終了となる。
満腹たらふく食べ、腹を擦っているとふと、足に違和感を感じ位置を移動させるとまた、足が何かに小突かれている。
そこで気づいた鳴戸の足クセの悪さに溜息を吐き、ワインを飲みつつ足を引っ込めた。
「こういうことをする時の親分は、なにか言いたいことがある時だってのは知ってます。なにか俺に言いたいこと、あるんですよね?」
「お前は誤魔化せねえなあ。ある意味すげえな、龍宝お前。あのな、競馬場で電話一本入れといた。ホテルが取ってる。朝まで、な?」
「はあ……なにが『な?』ですか。行きませんと言いたいところですが……」
「続きは?」
龍宝はワインの所為ではなく顔を赤らめ、長い睫毛を伏せさせて目を背けさせぽつんと了承の言葉を口に乗せる。
「……お供、させていただきます」
「そうこなくっちゃ! よーっしゃ、んじゃ腹ごなしに一発やってこうぜ! 安心しろ、ちゃーんとクリームは持参済みだ」
「大きな声でそんなことを言わないでください! 恥ずかしい人です!」
結局、朝までコースに付き合わされることになった龍宝だが、内心まったく悪い気はしていなく、寧ろ一緒に居られる時間が増えたと大喜びだ。
こういう時、心底に惚れているということを実感する。
店の会計は当たり前のように鳴戸が支払い、一路ホテルへと向かう二人だ。春の夜の空気はどこか爽やかだと思う。
思い切って運転席側の窓を開けると少し冷たい風が流れ込んできて二人の髪を揺らす。
「気持ちいい風ですね。いいかおりがします」
「いいかおりといえば、お前もいいにおいするな。あったかいにおい」
「へ、変なことを言わないでください。というより、なんでにおいなんて嗅ぐんです。おかしいですよ」
「抱きしめるとよ、やっぱかおるわけだ。お前こそ、俺のにおい嗅いだことねえのか?」
「それは、ありますけど。……好きでも、ありますけどでも」
「いいよなあ、早く抱きしめてえ。おい、龍宝車飛ばせ。ホテルまで待ちきれねえや」
「早走りする人はきらわれますよ」
「んな早漏じゃねえっての。いいから早くホテルで抱きてえ。さっさと運転しろや」
ふうっと諦めの入った溜息を吐いた龍宝は、指定されたホテルへと向かうべくアクセルを思い切り踏み、夜の街を一目散に駆けるのだった。
ホテルへと着くと、そこには見覚えのある鳴戸組の下っ端が二人やってきており鳴戸にキーを渡すと、一人は乗ってきた車へ、もう一人は龍宝たちが乗ってきた車へと乗り込み颯爽と駐車場から出て行った。
どうやら、そういった手筈らしい。
キーを受け取った鳴戸はそれは嬉しそうに笑み、龍宝の目の前でキーをちゃらちゃらと鳴らしてみせる。
それに、顔を赤くしながら睨みつけると肩を抱かれ、一瞬の隙に唇を奪われてしまいさっさと鳴戸は歩き出してしまった。
「おやぶんっ!」
照れと、後はここは未だ部屋ではなく外だというのにあのような行為に及んだことを咎めるよう、名を呼んで後へと続くのだった。
部屋は八階らしくエレベーターに乗り込んだ鳴戸の指が『8』のボタンを押し、二人きりの狭い空間から開けた八階の廊下を歩く。
そして『806』号室の前で鳴戸は止まり、先に龍宝を入れて後ろで扉が閉まる。
途端、二人して盛りのついた犬のように縺れ合うようにして抱き合い、唇を重ね舌を絡ませ合いながら唾液を啜り込む。
「ん、ん、んはっ……んむ、ふむ、んっ、んむうっ……!」
激しく吐息をつき、甘く激しい口づけに溺れる。鳴戸と交わす様々なキスはいつでも龍宝を夢中にさせ、そして快楽を送ってくる。そして、腰砕けにされてしまうのだ。
吐息と吐息の合間に、酸素を取り入れるため口を開くとすぐさま舌が咥内へと入り込んでくる。呼吸も充分にさせてももらえない激しいキスに、次第に足ががくがくと震えまるで鳴戸にしがみつく形で首に腕を回し、がりがりと引っ掻く。咥内が、鳴戸で満たされてゆく。濡れて湿った舌も、温度も、動きもどれを取っても気持ちがイイ。そして、心地がいい。