かわいいひと

 なにか、いいにおいがすると思う。
 温かくて柔らかないいかおりだ。薄っすらと目を開けると、まず飛び込んできたのは男らしい窪みのできた鎖骨で、顔を上げてゆくとそこには目を瞑った鳴戸が龍宝を腕枕して寝転んでおり、慌てて起き上がろうとするががっちりと身体に腕が回っていてそれもできそうにない。
「お、おやぶん……?」
「ん……おお、起きたか。驚いたぜ、いきなりオマエ、寝ちまいやがって。仕方ねえから下半身にはスーツかけといたぞ」
「かはんしん……? スーツって、あぁっ!!」
 不自然に股間にかかっている鳴戸の上着を退けると、そこはなんと下半身丸出し、モノもしっかり出てしまっていて顔を真っ赤に染めて慌ててスラックスを下着と共に擦り上げる。
「ははは、慌てなくても誰も見てねえって」
「そういう問題じゃないんです! 親分が、あんなっ……あんなことをここでするから!」
「かわいかったぜー? オマエ。食っちまいたいくらいかわいかったな」
「いいですからもう黙っていてください!」
 何とか身に着け終えると、やってきたのは急激な羞恥だった。というのも、鳴戸の両手のひらに吐いた乾き切っていないザーメンを見つけたからだ。
 龍宝が眠ってしまったため、きっと手も洗いに行けなかったのだろう。申し訳なさが心いっぱいに広がる。
「あ、の……親分、手、手を洗わないと……その、におうでしょう」
「ああべつに、これくらいは構わねえよ。それに、お前の出したやつって考えるとさほどいやでもねえよ?」
「俺はいやです! 俺なんて放っておいて手くらい洗いに行ってくれたらよかったんです」
「そんなことしてお前が襲われたらどうするっつっても……簡単にねじ伏せられるようなタマでもねえか。ま、いいじゃねえか。そんなに怒んなよ。俺がなんともねえっつってんだから」
 そう言われてしまえば黙るしかない。
「さ、早くどこか手が洗えるところに移動して……あ、もう外は暗いんですね、気づかなかった」
「結構よく寝てたぜ、お前。おっ、水道発見」
 広場によくある立形水飲水栓を鳴戸が素早く見つけ、手を清めているのを何となく見ていると白濁の液体が水に紛れて流れてゆく。先ほど自分が吐き出したものだと思うと、やはりなんとなく居心地が悪くなる。強請って、快感を感じながら吐いた体液。
 何とも、男とは面倒なものだ。
 鳴戸が手を洗い終わると、さっとポケットの中からハンカチを取り出して手渡す。
「なにお前、ハンカチなんて持ち歩いてんのか」
「いろいろ便利ですんでね。親分も、濡れっぱなしじゃ気持ち悪いでしょう? 使ってください。洗濯はしてあります」
「悪いねえ。んじゃ、借りるわ。言っとくが、女みてえに洗濯して返すとかは言わねえぞ」
「期待していないから大丈夫です。それより、そろそろここから移動しませんか。なんだかこう……居心地悪いです」
「ははは、やーらしい声出してたもんなあ、お前」
「そっ、そういうところがいやだって言うんです! もうちょっと考えて喋ってくれませんか」
「また怒りやがった。腹が減ってるから怒れるんだな。よし、今からはあれだな、イタメシ屋にでも行くか。なんて言うんだったか、そう、鮭のカルパッチョだったか、あれ食いてえ」
「では、車を出します。親分、店の場所はいつもの店で良かったですか? それとも、別の場所にでも?」
「いいや、いつもの店でいいや。美味いしな、あそこの店。よし、向かってくれ」
「了解です」
 その後、また池の周りをぐるりと歩き車に帰りついた二人は早速乗り込んで、龍宝はエンジンをかけてハンドルを握り、ゆっくりと車を公道へと乗せる。
 その頃には、辺りは既に夜の帳が降りており車のライトをオンにして勢いよくアクセルを踏む。鳴戸ではないが、些か腹が減った。今日はなんだかいろいろなことが起こる日だ。それも、色事方面ばかり。
 そういうことがあまり得意でない龍宝にとっては、疲れる日だが何処か楽しいとも思える。鳴戸と過ごす時間はいつだって、楽しいものに他ならない。唯一無二の、大切な時間だ。
 店に着くと、駐車場に空きは少ししかなく、仕方なく一番隅の狭いところへ無理やりバックで車をつけ、降りて外の空気を感じると若干寒いくらいだ。季節柄、仕方のないことだが春が待ち遠しいと思う瞬間だ。
 店内を覗いてみるとこれまた結構な混み具合を見せていたがちょうど一組のカップルが会計を済ませたところで、女の方は龍宝を見るなり顔を赤らませている。いつものことなので驚きはしないが、多少面倒くさいと思う。
 少し待つと、店員が席に案内してくれる。
 向き合って席に座ると改めて様々な料理のにおいが鼻をつき、食欲が増してゆく勢いだ。
「親分、なに食べますか? 鮭のカルパッチョは絶対として……他には?」
「あー……面倒だからコースで行くか。カルパッチョは単品で頼むとして、めんどいからコース。酒はあれだ、ワイン適当に」
「了解です」
 こういう時、殆ど龍宝に決定権はない。すべて鳴戸が勝手に決めてしまう。しかし、それならそれで構わないと思っている。好き嫌いは無いし、鳴戸が決めたものならば何でも美味しく食べられる自信はある。
 龍宝は店員を呼び、先ほど鳴戸に言いつけられた通りに注文をしてワインだけは鳴戸お気に入りのワインは知っているのでそれを頼むと店員が引っ込み、二人だけの時間が始まる。
 お冷をのどに通し、外を見つめる。ちょうど窓際の席を指定されたため、景色が良く見えるのだ。とはいっても、目の前は道路なので面白くもなんともないが、解放感はある。

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