恋愛ビギナー!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。


* * *


『付き合ってほしい』

 ラギーにはそう告げられたあの日、同じ想いを抱えていたマリーは満開の笑顔を咲かせて頷いた。しかし、異性と付き合うということは具体的にどういうことなのか。今までと何が違うのか。店の手伝いや、ヘリオストーンの研究の合間に考えてみても、自分なりに納得のいく答えが出せずにいた。
 テレビドラマの主演を演じる恋人たちに姿を重ねてみても、しっくりこない。本屋で恋愛漫画を立ち読みしてみても、自分たちが同じ道を辿るイメージが湧かない。

(付き合うってどういうことだろう)
 
 そうこうしているうちに、ある日いつも通りナイトレイブンカレッジを訪れていたマリーは、ラギーからこう言われた。「今度麓の街に遊びに行かない?」と。
 断る理由もなく二つ返事で頷いたマリーは、約束をした前日の夜に、自室で小さく唸っていた。麓の街に行くのであれば、ラギーはきっと私服で姿を見せるのだろう。マリーが普段着ているのは制服ではないが、ラギーに合わせて普段とは違う服を着たい。そういう考えから服選びを始めて、かれこれ一時間ほど経つ。

「マリー。まだ起きているのかい?」
「お父さん」

 扉の向こうから父親の声が聞こえてきて返事をすると、控えめに扉が開いた。

「まだ研究をしているのかい?」
「ううん。今日は違うわ。明日着る服を選んでいたの」
「服? 明日はなにかあるのかい?」
「ラギーに会いに行くの」
「それはいつものことだろう? どうしてわざわざ服を選んでいるんだ?」
「いつも、とは少し違うかな。明日はナイトレイブンカレッジじゃなくて麓の街で会うから」
「……そ」
「お父さん?」
「……それは、もしかして、デート……というやつかな?」
「……デート」

 父親の言葉を、マリーは肯定も否定もしなかった。デートとは、強く想いあっている恋人たちが逢瀬を重ねるということだと、ぼんやり認識している。その認識を基準に考えると、ラギーとマリーの関係は肯定するほどの甘さを持つにはまだ遠く、かといって否定するほど淡白でもない。
 まだ、名前を付けられない、不思議な関係。
 結局、無難にワンピースを選んで麓の街を訪れたマリーは、約束の場所に向かって足を速めた。寝癖はないだろうか。スカートにしわが寄っていないだろうか。いつもなら気にも留めないことが、なぜか気になってしまう。足を止めて確認すればいいのだが、それよりも今は。

(ラギーに、早く逢いたい)

 街の広場の時計の下。それが今日の待ち合わせ場所だが、約束の時間までまだ余裕がある。きっと、ラギーはまだ姿を現していないだろう。それでもいいから、一刻も早くそこに行きたい。
  逸る気持ちを抑えながら道の角を曲がると、休日だからか広場には思っていたよりも多くの人が行き交っていた。そして、その向こう側に、見付けた。マリーが一歩ずつ近付いていくと、声をかけるよりも早く、ラギーの丸い大きな耳がピクリと動いた。
 そして、視線が絡まった直後。垂れているブルーグレーの瞳がさらに細められ、顔というキャンバス全部を使って笑顔を描いた。

「マリー!」

 とくん、と胸の奥が小さく鳴る。自分の気持ちに鈍いところがあるマリーでさえ、理解できた。今までとなにかが違う、と。

「お待たせ! ラギー。早いね」
「初デートで彼女を待たせる男はいないでしょ? シシシッ」

 照れたように笑い、手を差しだされる。マリーを助けてくれた、大きな手。マリーが好きな、ラギーの手。その手に自分のそれを重ねると、少しだけ『付き合う』ということがどのようなことなのか、わかった気がした。

「行くッスよ!」
「うんっ!」

 付き合うということはどういうことか。彼氏と彼女になると今までと何が変わるのか。それらはきっと、何かを参考にして答えを出すものではない。ラギーとマリーがふたりで手を取り合って、見つけて形づくっていくものなのだ。



2023.08.20

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