新年バトル!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





 ナイトレイブンカレッジが新年を迎えて早くも一週間が経とうとしていた。毎年恒例となったミステリーショップの新年限定セールには、今日も多くの生徒が足を運んでいる。アルバイトとして選ばれたヴィルは晴れやかな装いに身を包み、レジ打ちや品出し、接客や雪かき、さらには5000マドル以上を購入した客とのHAGOITAバトルなど、忙しい毎日を送っていた。
 今日もまた、ヴィルが店内で商品の陳列作業を行っていると、背後でヒールの高い音が止まった。

「ヴィル、来たわよ」
「あら、リリス。いらっしゃ……い?」

 そういえば、今日はリリスが買い物に来ると言っていた。客足が引いた時間に来店する気遣いはさすがマネージャーだと思いながら、振り返る。
 そこには、確かにリリスがいた。しかし、いたのは彼女だけではなかったのだ。

「本当にいろんなものが破格で売られているのね。目移りしちゃいそう」
「リリス、アンタいったい何を連れてきたのよ」
「え? 見てわかるでしょ? 猫ちゃんよ!」
「猫ちゃん」

 猫ちゃん。反復するヴィルの視線の先には、リリスが言った通り、猫がいた。真っ白な毛並みに赤い瞳。そして首輪を付けた可愛らしい猫だ。白猫はリリスの肩に前足をかけて掴まり、店内を興味深そうに見回している。
 いったいこれはどういう組み合わせなのだろうか。ヴィルが反応に困っていると、店の奥の扉が開き、段ボール箱を抱えたラギーが顔を出した。

「あ、カモ……じゃなくて、リリスさん来たんスか〜?」
「あけましておめでとう、ラギーくん」
「マ!?」
「ま?」

 ラギーの視線はすぐに、リリスの肩にいる白猫を捉えた。店内に獣人属の生徒ではなく本物の動物がいるのだから、ラギーが目を見開き耳をピンと張ってしまうのも無理はない。しかしその驚きようはヴィル以上で、アルバイト中にも関わらず思わず大声を上げてしまうほどだった。
 リリスが首を傾げると、我に返ったラギーは乾いた笑顔を浮かべた。

「ま、まぁ〜。なんて可愛い子猫ちゃん……はは」
「可愛いでしょう? この子、私を見ても逃げないのよ。それに、中に入りたそうにしてたから連れてきちゃった。獣人属が働いているくらいだから、動物が入っても問題ないでしょう? オンボロ寮の魔獣ちゃんだって買い物に来るんだし」
「……それもそうね。それで、リリスは何を買いに来たの?」
「特に欲しいものはないんだけど、あれがしたいのよね。HAGOITAバトル」

 リリスは悪戯っぽく、しかし好奇心を潜ませながら笑うと、板を持って振りかぶる素振りをしてみせた。物よりも、そのときしかできない体験を買う。好奇心が旺盛なリリスらしい来店理由だ。

「ふふふ。なかなか自信がありそうじゃない。アタシたちのHAGOITAの腕前は、噂で聞いているわよね?」
「もちろん。でも、負けるつもりはないわ。勝算だってあるんだから。……はい、これだけ買うわ」
「また甘いものを買い込んで」
「美容グッズもちゃんと買ってるから大丈夫。さあ、いくら?」
「合計11000マドルね」
「じゃあ、HAGOITAバトルができるわね! やりましょう!」
「受けて立つわ。……あら? セベクはどこに行ったのかしら」

 ヴィルは店内をぐるりと見渡したが、セベクの姿はどこにも見当たらない。代わりに、店の奥からサムが顔を出した。

「緑の小鬼ちゃんならお使いを頼んだからいないよ」
「じゃあオレとケイトさんが……と思ったけど、ケイトさん確か休憩に入ったばかりだったッス」
「仕方ない。HAGOITAバトルは二人でやってくれるかい?」
「え? でも、アタシとラギーじゃチームが違うでしょう?」
「今回だけはポイントを分割ということにしたらオッケーさ!」
「サムさんが言うならいいんじゃないッスか」
「それもそうね」
「ヴィル、ほら早く!」
「わかったわよ」

 リリスは早くもHAGOITAを受けとり、店の外から声を張り上げヴィルを呼んでいる。ヴィルは使い慣れたHAGOITAを手にすると、リリスの後を追って店を出た。ラギーもそれに続き、リリスがいる正面にヴィルと並んで対峙する。

「二対一だけれど問題ないのね?」
「いいえ、二体二よ。だからHAGOITAも二本借りているわ」
「え?」

 確かに、リリスはHAGOITAを二本持っている。リリスはそのHAGOITAを、肩に乗っている白猫の口元に持っていった。白猫はHAGOITAとリリスの顔を見比べた末に、HAGOITAの持ち手部分をぱくりと咥えた。
 リリスは満足げに笑うと、HAGOITAをヴィルに向かって突きつけた。

「私は猫ちゃんと組むわ!」
「はぁ!? なに言ってるんスか!」
「いいでしょう? 金額的に挑戦権は二回分なんだから、私の一回を猫ちゃんにあげるってことにしたら問題ないでしょう?」
「そうかもしれないッスけど……」
「ラギー、大目に見てあげて頂戴。リリスは……」
「え? ああ、オトモダチがいな……」
「うるさいわね! 猫ちゃんだってやる気満々なんだからいいじゃない!」
「ニャア!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るリリスの傍らで、白猫が高らかに鳴いた。心なしか、ルビーのような瞳が光を閉じ込めてキラキラと輝いているようにも見える。無理矢理どころか、確かにやる気満々のようだ。
 ラギーは大きなため息をつくと、板で羽根を高く飛ばし上げた。

「どうなってもしらないッスからね! それっ!」

 高くまで打ち上がった羽根は放物線を描き、白猫のもとへ落ちていく。白猫は四本の足に力を込めると、羽根に負けないくらい高く飛躍した。

「ニャンッ!」

 そして器用にも体を回転させて、板を羽根へと叩き付けた。羽根はラギーの顔のすぐ横を通り過ぎ、地面に半分埋まるように突き刺さっている。瞬いている間の出来事だった。

「は、速い!?」
「やったわ! 猫ちゃんすごいじゃない!」
「ま、まぐれッスよ!」
「今度はリリスたちのほうからどうぞ」
「了解! 行くわよ、猫ちゃん!」

 リリスが羽根を軽く投げ上げると、先ほどと同様に、白猫は羽根と同じ高さまでジャンプして板で羽根を打った。

「ニャ!」
「ラギー!」
「任せてくださいっと!」

 ラギーの元へ真っ直ぐに飛んできた羽根を、わざとリリスたちの後方に向かって打つ。HAGOITAバトルの経験を積んだラギーとヴィルにとって、羽根の軌道を操ることくらい朝飯前だった。このまま、背後に飛んでいった羽根にリリスも白猫も追い付けず、羽根は地に落ちる……そう、ヴィルもラギーも思っていたのだが。

「ニャン!」

 サーブを打って着地した白猫は、その体勢のままバックジャンプし、羽根を打ち返した。すぐに反応したヴィルが、今度は試合場の右端に向かって羽根を打ち返すが。

「ニャッ!」

 やはり、隅に向かう羽根にも白猫は反応した。白猫が打ち返した羽根は、今度はラギーへと飛んでいく。まさか返ってくるとは思ってもいなかったラギーは、羽根が落ちる寸前で拾い上げるように板を振り上げた。

「ニャーッ!」

 高く打ち上がった羽根と、太陽の光が重なる。そして、羽根の影に白猫の姿までもが重なったとき……まるで弾丸を撃つように、羽根はまたしてもラギーの頬を掠めて地面に突き刺さった。
 落ちてきた白猫を抱き止めたリリスは、高い高いをするようにしながらその場でくるくると回ってみせた。

「すごいすごい! ヴィルとラギーくんを相手に押してるわ!」
「……油断しないほうがいいようね、ラギー」
「……はい。『動物の』動体視力と瞬発力を侮ったらいけないってことッスね、ヴィル先輩」

 ヴィルとラギーは口角を上げて、にたりと笑った。店員としてお客様を楽しませる時間は終わりだ。

「接待プレイは終わりッス!」
「本気で行くわよ」
「望むところよ! 行くわよ、猫ちゃん!」
「ニャー!」

 そしてまた、羽根が空高くに打ち上げられた。

 それから、三十分ほど経った後。

 カラン。ヴィルの板が音を立てて地面に落ちた。衣装の乱れも、髪型の歪みも、メイクが汗で滲むこともなかったが、ランニングしたあとのように呼吸が追い付かない。それはチームを組んだラギーも同じで、額に滲む汗を拭いながら落ちている羽根を拾い上げた。

「な、なんとか勝った……」
「ええ。ギリギリだったわね」
「後半、私のほうばかり狙うなんてずるいわよ! まあ、楽しかったからいいけど。猫ちゃんも今日はありがとう」

 結果として、HAGOITAバトルはヴィルとラギーの勝利だった。見ての通り、辛勝ではあるが。白猫を狙っては勝てないことを悟った末に、リリスに狙いを定めたという大人げない戦法だったが、リリス本人は機嫌を損ねるどころかHAGOITAバトルに満足しているようである。
 リリスは労るように白猫を抱き上げると、乱れた毛並みを整えてやりながら、ヴィルとラギーの元へ歩み寄った。HAGOITAバトルをする前と同様、その表情は好奇心に満ちて輝いている。

「それにしても、素敵な衣装ね。新春の衣っていうんだったかしら? 東方のKIMONOっていう衣装よね」
「ええ。よく知ってるじゃない」
「本で読んだことがあるの。ヴィルに良く似合ってて綺麗」
「ありがとう。でも、リリスにも合いそうね。アルバイトが全部終わったらアンタも着てみる? サイズは……魔法で手直しできると思うわ」
「いいの? 私、それを着て外を歩いてみたいわ」
「……まあ、ポムフィオーレの敷地内ならいいでしょう」
「ありがとう、ヴィル! ルークやエペルくんに自慢しようっと!」

 ひとしきりはしゃいだ後「そうだわ。マジカメ用の写真を撮らなきゃ」と言って、リリスは仕事用のスマートフォンを取り出した。その拍子に、白猫はリリスの腕の中からスルリと抜け出すと、ラギーの元に駆け寄って今度はその腕の中におさまった。
 「そういうのはHAGOITAバトルをする前に言いなさい」と言いながらも、ヴィルは次々にポージングを決めていく。プロってすごいなと頭の片隅で考えながらも、ラギーは先ほどのヴィルとリリスのやり取りを思い返していた。

「ヴィル先輩、結構堂々とするタイプなんですね」
「なんのことかしら」
「KIMONOをリリスさんに着せてみんなに見せるんでしょ? 美しいものは全部独り占めするタイプと思ってました」
「ふふ。それも悪くないけど、アタシのものだと主張しておくのも悪くないでしょう?」
「そういうものッスかねぇ。……オレなら誰にも見せませんけど。ぜーんぶ独り占めしたいッス」

 ラギーの腕に力が込められたことを知るのは、その中に閉じ込められている白猫だけだった。


 * * *


「じゃ、休憩行ってきまーす!」

 太陽が傾き始めた頃。サムに断りを入れ、ラギーはミステリーショップの裏口から外に出た。すぐそこに広がっている森の中をしばらく進んでいくと、昼間HAGOITAバトルの相手となった白猫が雪の上で遊んでいた。前足を器用に使って雪だるまを作ろうとしているようである。遠目から見るとどちらが雪か判別がつかないな、と小さく笑いながら、ラギーは小さな雪玉を作り白猫が作った雪玉の上に重ねた。

「もういいッスよ」

 ラギーの一言で、白猫は自らにかけていた魔法を解く。小さな破裂音が響いたのと同時に、白猫を隠すように光の靄があたりに立ち込める。靄が晴れたとき、そこにいたのは白猫ではなく白い髪を持つ一人の少女――マリーだった。

「お疲れ様、ラギー」
「本当ッスよ! 来るなら前もって言っててほしいッス! しかもヴィル先輩やリリスさんとHAGOITAバトルをすることになるなんて!」
「邪魔になると思って迷ったんだけど、やっぱりラギーのアルバイト姿を見てみたくて。ふふふ、HAGOITAバトル楽しかったなぁ。あ。猫の姿のときは言えなかったけど……その衣装、かっこいいね」
「……どーも」

 もし人間であることがばれてしまったら、とHAGOITAバトル中に何度思ったことだろう。あれだけ心臓が止まりそうな思いを何度もしたというのに『かっこいい』の一言で、全部許してしまいそうになるのだから調子が狂う。

「私も着てみたいなぁ。KIMONOはたまに店にも仕入れるの」
「あー、なるほど。KIMONOも骨董品に入るといえば入るか……でも、マリーはKIMONOを着て店に出たらダメッスよ」
「え!? どうして!?」
「どうしても! ……そういえば、東方にはMANEKINEKOなんてのがあるらしいッスよ。なんでも人を招くように前足を上げた白猫の置物らしいッス。KIMONOを着るより白猫になったマリーがレジの横にいたほうが、福が入ってきて大儲けするかもしれないッスね! シシシッ!」
「なるほど。そっちのほうが店も商売繁盛するかも……? 猫といえば、勝負の後はあの人たちと何を話してたの?」
「あー、あれね」

 ヴィルと話していたあのとき。腕に込められた力の意味をマリーは知らないだろうし、言うつもりもない。マリーがKIMONOを着たところを想像した上に、誰にも見せたくないと独占欲を滲ませてしまったなんて、絶対に教えない。

「好きなものは一人で全部食ったほうが美味いって話ッスよ」

 ハイエナが他人に獲物を分け与えるなど、あるはずがないのだから。



2023.01.17

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