祝福マリーゴールド!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





『あと一週間で誕生日だわ』

 いつものようにナイトレイブンカレッジを訪れたマリーがそう呟いたのは、つい一週間前のこと。つまり、今日がマリーの誕生日のはずなのだ。
 はず、というのはラギー本人が確信しているわけではないからである。マリーはプレゼントをねだるためでもなく、ふと思い出したことを確かめるように独り言として零しただけで、ラギーに直接言ったわけではないのだ。
 しかし、ラギーの大きな耳はマリーの独り言を拾ってしまった。その結果、ラギーは魔法解析学よりも難解な問題に挑むことになったのだ。

(女の子に誕生日プレゼントを贈るって、何を選んだらいいんだ!?)

 今日も今日とて、サバナクローの自室でラギーは頭を抱えていた。
 誕生日にプレゼントを贈らなければならないという決まりはない。お祝いの気持ちを伝えたいなら、一言「誕生日おめでとうッス!」と言うだけでいい話なのだ。
 しかし、ラギーは知っている。誕生日だけに食べられる美味しいドーナツの味を。寮生総出で開かれるパーティの楽しさを。普段はあまり話さない生徒からも贈り物をもらえる嬉しさを。
 だから柄にもなく「マリーにもいい誕生日を過ごしてほしい」と思ってしまったラギーは、ささやかなお祝いをするために会う約束を取り付けた。そして、お祝いにはやはりプレゼントが必要不可欠となるわけで、この一週間悩んでいるのだが。

(女の子にプレゼントなんてあげたことないから、わかるわけないんスよね)

 例えば、ジェイドの誕生日には山菜を使ったレシピを贈ったことがあるし、カリムの誕生日にはコブラのクラフトを贈ったことがある。いずれもほぼタダ同然のプレゼントだが、女の子相手にそれはどうだろうという懸念がさすのラギーでも生まれてしまった。
 だから、基本的に学生が手を出せる金額設定の購買部ならば、と何回か足を運んでみたのだが、今度は何を贈っていいのかわからない。
 マジカメで流行りをチェックしたりもしているが、誕生日プレゼントのハッシュタグにマリーと同年代の女の子が載せているものといえば、名の知れたブランドのコスメやアクセサリーばかりで、ラギーはそのたびにアカウントを閉じることになった。

(そもそも、みんな載せてるのは彼氏からのプレゼントばかりなんだから参考にならないんスよね。マリーはオレの彼女でもないし……)

 自身の耳が力なく垂れていることにラギーは気付かない。やけになってマジカメのタイムラインを一気にスクロールさせると、ラギーの目に鮮やかな色が飛び込んできた。

(花! なるほど、その手があったか! そんなに高くなさそうだし、花を喜ばない女の子なんていないでしょ。小さい花をいくつかまとめて花束にしてもらうのもいいッスね。決まり!)

 偏見を抱えたまま、ラギーは寮を飛び出して購買部へと駆け込んだ。
 ――しかし。

「たっか!? えっ、花ってこんなに高いんスか!?」

 花なんて高くても一輪100マドル程度と思っていたが、表示されている値段は想像の倍以上ある。花束ともなればなおさらのことで、贈り物と呼べる立派な花束を作ろうとするなら……いくらになるか考えたくない。

「何でも揃うミステリーショップなら花もあると思ってたけど、こんなに高いとは思わなかったなぁ。そもそも、男子校なのにこんなに高い花を一体誰が買うんスかね……」
「あら。偏見はよくないわよ、ラギー」
「あ、ヴィル先輩……そ、そうッスねー。あはは……」

 購買部に入ってきたヴィルを見たラギーは、彼が所属している寮内を思い出して乾いた表情で笑った。豪華絢爛を体現したかのようなポムフィオーレ寮には、年中花が飾られている。いつ行っても生き生きとしている花を見る限り、寮生が交代で世話をしているのだろう。男子校でそんなことをするのは、美しさを追求するヴィルの管轄下であるポムフィオーレ寮だからだと納得する。

「ハーツラビュルだって薔薇の苗木を買っていくことがあるし、スカラビアも宴の飾りに花を使うことがあると聞いたわ。でも、サバナクローの、しかもアンタが個人の財布を持って花の前をうろうろしているなんて……贈り物かしら?」
「な!?」
「ふふふっ。ハイエナも肉食獣だものね」
「べ、別にそんなんじゃないッス! ちょっと世話になったことがあるからそのお礼も兼ねてというか……!」

 嘘ではない。バイトととして住み込みで働いたときに、食事の面など世話になったのは事実なのだから。

「でも、難しいッスね。花がこんなに高いなんて思いませんでした。いいプレゼントだと思ったんですけど、振り出しに逆戻りッス」
「あら。花にもいろいろあるわ。例えば、値段が下がった売れ残りの花だって押し花にすれば長く楽しめるし、規格外の大きさの花を紅茶のジャムにするのもいいわね。野花だっていくつか摘んだものを、ちょっとしたリボンでまとめたらとっておきの花束になるわ」
「へー……」
「なによ、その顔」
「ヴィル先輩がそういうことを言うなんて意外だなと思って。豪華な花束しか興味ないと思ってました」
「……そうね。確かにアタシがもらうのは華やかな花が多いわ。薔薇とか、カトレアとかね。……でも、花の価値よりも、送り主の気持ちがこもっているプレゼントなら何でも嬉しいものでしょう」
「そんなもんですかねぇ。オレは高けりゃ高いものほど嬉しいッスけど」
「まったく……」
「でも、野花を摘んで花束にするのはいい案ッスね! 助かりました!」

 今のラギーには薔薇の花束なんて用意できないけれど、でも、マリーなら。小さく可憐な花を集めて、彼女の瞳と同じ色のリボンで結んだだけのラッピングだとしても、目を輝かせて喜んでくれるような気がする。

「そうだ、ヴィル先輩。確か植物園で花を育てていましたよね。少し分けてもらえませんか」
「いいけど、まさか毒草を渡すつもりじゃないでしょうね!?」
「そんなわけないでしょ! ……マリーゴールド。あれを分けてもらいたッス」
「ああ。あれは軟膏やハーブティーを作るのに育てているけれど、数本なら構わない。その代わり、アタシが育てている花壇全部の草むしりをよろしく」
「うっ、仕方ない。わかりました。じゃあ、行ってきまーす!」

 もうすぐマリーがナイトレイブンカレッジに来る時間だ。待ち合わせに遅れては、小さな頬が風船のように膨れてしまうかもしれない。
 ラギーは赤いリボンを一本だけ買うと、短い尻尾を揺らしながら上機嫌に購買部を後にした。マリーが喜んでくれる笑顔を、何度も頭の中で思い描きながら。



マリーゴールとの花言葉:可憐な愛情
2022.08.20

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