白黒パピー!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





「ラギー! 新しい動物に変身できるようになったの、見て!」

 そう言って、マリーはユニーク魔法を発動させた。
 マリーの頭のてっぺんからつま先までを、光の粒子が包み込む。出会った当初こそ驚いた変身だが、今やラギーにとって見慣れた光景になっていた。
 光の靄が晴れたとき、マリーは小さな犬に変身していた。白い体に黒いぶち模様のある子犬だ。ラギーにとってはあまり馴染みがない犬種だが、その変身が相変わらず見事だという感想が素直に浮かび、思わず両手を叩いて「おおお!」と声を上げた。

「子犬ッスか」
「ワン! ワンワンッ!」
「ふーん。家の近所を散歩しているところを触らせてもらった、と。なかなか上手に変身できてるッスよ。お手」
「ワン!」

 動物言語学が得意なラギーにとって犬の言葉を理解するのはそう難しいことではないが、犬に変身しているマリーは人間の言葉を理解できなくなる。しかし「お手」というシンプルなコマンドと、ラギーが手を差し出す動作にピンと来たのか、小さな前足をそっとラギーの手のひらにのせた。「正解ッス」と言って、小さなたれ耳が両側についた頭をわしゃわしゃと撫でてやると、マリーは得意げにまた「ワン!」と鳴いた。
 そのとき、パキン、という枝が折れる音をラギーの耳が拾った。

「今、犬の鳴き声が……ん? ブッチか」
「あ、クルーウェル先生……!」

 そこに現れたのは、高級感のある毛皮のコートを身にまとったナイトレイブンカレッジの教師――デイヴィス・クルーウェルだった。白と黒の毛皮の色にどこか既視感を覚えながら、ラギーはさりげなくマリーを背後に隠し、話をすり替えようと試みた。

「ど、どうも〜。クルーウェル先生がこんなんところに来るなんて珍しいッスね」
「魔法薬学で使う野草を採りに来ただけだ。そうでなければ学園裏の森までわざわざ来ない」
「ですよねー」
「ところで、その犬はどうした?」

 万事休す。シルバーグレーの鋭い眼光からは逃れられなかったようである。
 観念したラギーがそこを退くと、子犬に変身しているマリーの姿が露になった。クルーウェルが学園関係者であることを理解しているマリーは四足で直立不動しており、誰が見ても緊張していることが明らかなほどだった。
 しかし、クルーウェルの視線は思いのほか和らいだ。

「ダルメシアンか。まだ若いな。人間だとブッチとそう変わらない年頃だ」
「へ、へぇ! さすがクルーウェル先生、犬種だけじゃなくて年齢までわかるんスね〜!」
「しかし、ダルメシアンがなぜこんなところに? 使い魔やペットにしている学園関係者はいなかったはずだが……」

 クルーウェルは膝を折ると、教鞭を脇に置いた。

「シット!」

 有無を言わせない鋭いコマンドが飛んでくると、マリーは反射的に後ろ足を曲げ、腰を落とした。

「ダウン!」

 次に腹をぺったりと地面にくっつけて伏せの姿勢を取る。完璧な返しだった。
 マリーってこんなに機敏に動けたんだな、と頭の中でラギーがぼんやり思いながらその光景を見守っていると、クルーウェルは満足そうに笑い、マリーの頭をくしゃりと撫でた。

「グッガール。いい子だ」

 ――ざわり。なぜか心臓の奥が小さく疼いた気がして、ラギーは無意識に左胸に爪を立てた。
 クルーウェルはいつものように『本物の子犬』に接するのと同じようにしているだけだし、マリーもこの場を切り抜けるために大人しく従っているだけだ。
 わかっているのに、見たくないと思ってしまうこの気持ちは、どこからやって来ているのだろう。

「首輪をしているな。麓の街から迷い込んできた可能性も考えられる。連れて行ってみ……」
「あ、あー!!」
「! ブッチ、無駄吠えするんじゃない! 仔犬が驚くだろう」
「いや、ほら、オレが街まで連れて行ってくるッス! この後、麓の街までバイトに行く予定でしたし、先生は忙しいでしょ?」
「確かに、このあと魔法薬学室に用事がある。そうしてもらえると助かるが」
「了解ッス! オレに任しといてくださいよ! 動物言語学は得意なんで、マリーが何を言っているのかわかりますし」
「マリー?」
「あ、あー……この犬の名前ッス。会ったときに聞いたんですよねー……ははは」
「……仔犬は好奇心旺盛だからな。くれぐれも目を離さないように」
「は、はーい」

 さすがに苦し紛れか? とラギーは諦めかけたが、クルーウェルは教鞭を手に取ると森の奥へと消えていった。
 革靴の底が整備されていない大地を踏む、なんともアンバランスな音が次第に遠ざかっていく。
 自慢のハイエナの耳でも音が拾いきれないところまでクルーウェルが離れたことを確認すると、ラギーは一気に脱力した。

「何とか誤魔化せた……」
「ラギー」

 ポンッという小さな破裂音とともに、光の粒子があたりに散る。
 元の姿に戻ったマリーは、前のめり気味にラギーに問う。その瞳はどこか期待に輝いているようにも見えた。

「今のって、確か錬金術の先生よね?」
「え? ああ、まあそうッスね。専門は魔法薬学ッスけど」
「ねえ、あの人の授業をこっそり聞けないかしら? 犬に優しそうな人だったし、窓から覗くくらいなら見逃してくれるかもしれないわ!」
「……ダメ」
「え?」
「マリーは今後、学園で犬に変身するのは禁止ッス!」
「え、ええ!? どうしてよー!?」
「どうしてもッスー!」

 マリーが何度疑問を重ねても、ラギーは口を割らなかった。まさか、言えるわけもないだろう。「他の男に撫でられている姿を見てガラにもなく嫉妬した」なんて。



2022.06.10

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