共有フェイバリット!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





 ナイトレイブンカレッジの、とある木の上。その木の周りには他にも木々が生い茂っていて、人の視線を邪魔してくれる。学園外から忍び込んでくるマリーと、生徒であるラギーが落ち合うとき、ふたりはこの木の上を待ち合わせ場所にすることも多かった。
 太い木の枝の上に腰掛けたラギーは遠い空を見つめながら、マリーがいつも変身しているフクロウの姿を探す。

(遅いッスねぇ。約束の時間はもう過ぎてるのに)

 今日の授業は午前で終了だったので、授業が終わった頃にという約束だったはずだが、太陽はすでに大きく傾き始めている。
 まさか、もう来ないのだろうか。ラギーの脳裏にそんな考えがぼんやりと浮かぶ。
 ヘリオストーンを錬成するための手がかりを探して、マリーはナイトレイブンカレッジに忍び込み、ラギーに協力を仰いでいる。しかし、それもだんだん行き詰まりつつある。
 もし、いい手がかりを探すことができる場所が他に見つかったら?マリーはここに来るよりも、きっとそちらに行くのだろう。
 外部の人間に恩でも売っておけば将来的にいい話が転がり込んでくるかもしれない。そのくらいの気持ちでマリーの協力要請を受け入れた、はずなのに。

(……あ、来た)

 青空の中に、小さな点が見える。その点が、フクロウに変身したマリーだと知っているラギーはホッと息を吐き、同時に我に返った。
 安堵しているのは、何も言わずにいなくなられてはさすがに納得がいかないからだ。今まで散々協力してきたのに、急に姿を消されてはただのボランティアになってしまう。そうならなくてよかった。そういう意味での安堵だ。きっと、きっとそうだ。

「……ん?」

 自分自身にそう言い聞かせたラギーは、いつもと違うマリーの様子に気付いた。
 フクロウの姿になっているマリーは、いつもだったら真っ直ぐに飛んでくるはずなのだが、今日は違った。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。まるで酔っ払いが千鳥足で歩いているようだ。
 近くまで飛んできたとき、ようやくその理由がわかった。マリーは二本の足にバスケットを持って飛んでいたからだ。
 軽い爆発音と同時に魔法が解けて、フクロウはいなくなり、代わりに人間の少女が現れた。マリーはへとへとだと言わんばかりに、ラギーの隣に腰を下ろす。

「疲れた〜」
「そりゃそうでしょ。フクロウの体でこんな荷物持ってきたらまっすぐに飛べない……」

 ふわり。甘い香りが鼻孔を擽り、無意識にラギーの鼻がピクピクと動く。マリーはにやりと笑うと、バスケットを膝の上に抱え直した。

「今日はラギーにお礼を持ってきたの」
「お礼?」
「そう。いつもお世話になってるお礼。大したものじゃないんだけど……」

 バスケットに掛けられていた布をするりと退ける。すると甘い香りが一層広がり、カラフルな色がラギーの視界を覆い尽くした。
 バスケットの中に入っていたのは色とりどりのドーナツだった。プレーンはもちろん、チョコレートがかかっているものや、フルーツソースがかかっているものもある。まるで宝石を見たとでもいうように、ラギーはブルーグレーの瞳を輝かせた。

「うわ!どうしたんスかこのドーナツ!うんまそ〜!」
「味は保証しないよ?私が作ったやつだから」
「マリーが作ったの?なんでドーナツ?」
「ラギーがいつか好きだって言ってたし、美味しそうに食べてるところを見かけたことがあったから」

 いつ見られていたのだろうか。照れ隠しに頬をかいたあと、ラギーはバスケットの中に手を伸ばした。まずはプレーンだ。売られている一般的なドーナツより幾分か小ぶりのそれを、大口を開けてパクリとかじる。

「いただきま〜す!……ん、うまっ!」
「ほんと!?よかった〜」
「ほんとほんと!にしても、結構作ったッスねぇ」
「だって私も食べたいもん」
「なんスかそれ。これ、オレへのお礼でしょ?」
「なんでだろう。ラギーのドーナツ好きがうつっちゃったのかな?ふふ」

 可笑しそうに笑うマリーに、自分の頬も緩んでしまいそうになるのを必死に我慢する。
 自分の「好き」がうつってしまうくらい、一緒に過ごしていたのだろうか。食い意地の張っている自分が「好き」を共有するのも良いかもしれないと、そんなことが思えるようになるなんて。
 でも、まだ素直に言ってはやらないけれど。

「まぁ、作ったのはマリーだし?少しならいいッスよ」
「ふふふ、ありがとう。ねぇ、ラギー」
「ん?」
「これからもどうぞよろしくね」
「……仕方ないッスねぇ」

 自分に向けられたマリーの微笑みに、ラギーは今度こそ誤魔化しようのない安心感を覚えてしまった。
 もし、本当に、いつかマリーがナイトレイブンカレッジに来なくなる日が来るとしても、それは近い未来ではないし、彼女は突然ラギーの目の前から消えたりはしないだろう。
 ならば、いつか来るかもしれないその日までに。この小動物が逃げないように。他のところに行ってしまわないように。上手いこと、策を考えておけば良い。

(ハイエナの狩りは頭を使うんスよ。シシシッ)

 マリーの小さな手のひらにおさまるサイズのドーナツを、ラギーは口の中に放り込み、喉を鳴らして飲み込んだ。



2021.08.29

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