海賊パロット!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





「ラギー!」
「! マリー」

 サバナクローのスタンプラリー会場であるコロシアムにて。客にセットの説明をしたり、写真撮影のシャッター係を行っていたラギーは、雑踏の中から聞き慣れた声を拾い上げた。
 思った通り、振り向いたそこにはマリーがいた。しかし、いつもナイトレイブンカレッジに忍び込むときのようにユニーク魔法を使って動物に変身している姿ではなく、人間の姿だった。パールホワイトの髪からは偽物の猫耳がひょっこり覗いている。他の客同様、カチューシャかヘアピンでつけているのだろうと判断したラギーは、口元を緩ませた。どうやら、マリーもハロウィーンを満喫しているようだ。

「来てくれてたんスね」
「もちろん。変身しなくても学園の中を歩けるいい機会だし、それにナイトレイブンカレッジのハロウィーンはすごいって話題になっているから、絶対に来たかったの」

 話題になっている、とはおそらくマジカメのことだろう。ニュースでも取り上げられてはいるようだが、ネットの拡散力はその上をいく。そのせいで厄介な客が増えつつあるのが気がかりではあるが、マリーのように、純粋にナイトレイブンカレッジのハロウィーンを楽しみに来てくれた客のほうが圧倒的に多いのは確かだ。
 来てくれた人の笑顔が、ハロウィーンを運営している生徒たちの力になる。もちろん、ラギーにとっても。
 目の前にいるラギーに上から下まで視線を送ると、マリーは首を傾げてみせた。ラギーは古い海賊の衣装を身に纏っており、細かい装飾や小道具までよくできている。

「ラギーの格好は……?」
「ああ、これ? うちの仮装! 陸の獣が海賊のゴーストっていうのも、皮肉っぽくていいでしょ」
「うん! セットの沈没船も本物みたいに凝っていて素敵だし、衣装もすごくかっこいいわ! ねえ、よく見てもいい?」
「いいッスけど」

 ラギーが首を縦に振るよりも早く、その右足を一歩踏み出して距離を詰めると、マリーはルビーレッドの瞳でラギーを見つめた。
 ふわり。好物のドーナツとは違う甘い香りがラギーの鼻先を擽る。今、どれだけ自分かラギーに近付いているのか、マリー本人は気付いていないのだろう。

「まったく、無防備もいいところッスよ……」
「え? なに?」
「なんでないッス」
「ねぇ、ラギーって運営委員だったっけ?」
「違うッスよ。この衣装は最終日のお楽しみのための動作確認ッス!」
「お楽しみ?」
「お客さんには教えられないッスねー、シシシッ! あ、この衣装で表に出てるのが見付かったらヴィル先輩から怒られ……」
「すみません、写真撮ってもらっていいですか?」
「ラギー先輩、お願いします!」
「あー、はいはい! お安い御用ッスよー!」

 ラギーは女性客からスマートフォンを受け取ると、そのカメラを向けた。女性客はジャックを挟んで並び「Boo」のポーズをしている。普段は絶対に他人と馴れ合おうとしないジャックも、ハロウィーン期間中は別のようだ。海賊らしく剣を肩に担ぎ、もう片方の手で「Boo」のポーズをとっている。
 礼を言って去っていく女性客を見送ると、ジャックはスタンプラリーの当番に戻っていった。その一連のやり取りを見ていたマリーがポツリと呟く。

「忙しいみたいね」
「おかげさまで、話題になっているみたいッスからね」
「……ねえ! 私も何か手伝うわ!」
「へ? いや、でも仮にもマリーはお客さんだし」
「あ、そっか。ラギーは貸を作るのが嫌なのよね。じゃあ、手伝う代わりに明日学園の中を案内してくれる?」
「それは構わないッスけど、手伝うって何を?」
「いい考えがあるの! 海賊と言ったら……これでしょ!」

 錬金術が成功したときのような、小さな破裂音がしたのと同時に、マリーの体を光の靄が包み込む。そして、その靄が晴れたときに現れたのは、カラフルな鳥――オウムだった。
 オウムに変身したマリーは得意そうに鳴くと、ラギーが被っている海賊帽の上に降り立った。

「オウム!?」
「わー! このかいぞくさん、オウムといっしょだー!」
「本格的ね。うちの子と写真を撮ってもらってもいいかしら?」
「つぎはぼくとも!」
「あたしも!」
「あー……仕方ないッスね。はいはい、順番! 順番ッスよ!」

 ラギーが着ている衣装のクオリティはジャックが着ているそれに比べるとだいぶ粗っぽい作りだが、遠くから写真を撮る分には本物と大差ないだろうと判断したラギーは頷いてみせた。マリーが考えた「お手伝い」という名の客引きはどうやら成功のようだ。海賊とカラフルなオウムの組み合わせは写真映えもする。
 海賊をモチーフにした映画や物語の中に出演している動物といえば、オウム、サル、ワニあたりだろうか。その中でもマリーがオウムを選び変身してくれたのは、運がいい。
 一通り写真を撮り終えたラギーはにたりと口角を上げ、オウムになったマリーと共にセットの裏に身を潜めた。

「オウムといえば、ッスね。マリー」
『?』
「あ、そっか変身中は言葉がわからないんだっけ。いい? オレの言うことを繰り返すんスよ。『マドル!』」
『??』
「『マドル!』」
『アドウー!』
「惜しい! もう一回! 『マドル!』」
『マドルー!』
「完璧! さ、オレの肩に乗って」

 ラギーが左肩を持ち上げる。マリーはぴょこんとそこに飛び乗り、一鳴きした。動物言語が堪能なラギーは「よくわからないけど、任せて!」という頼もしい言葉に満足し、再び表に出る。そこにいた客の視線がマリーに集まっている隙きに、ラギーはさり気なく海賊帽を取るとひっくり返して地面に置いた。

『マドルー! マドルー!』
「わあ! このオウムしゃべった! マドルだって!」
「芸達者だな〜。ほら、マドルだぞ」
「いやぁ、ありがたいッスねぇ。シシシッ」

 ラギーの思惑通り。人間の口真似が上手いオウムを見た子供たちは大はしゃぎ。その芸に満足した大人は、言葉通りマドルを海賊帽の中に投げ入れる。一マドルや十マドルといった小銭ばかりだが、この客数だと海賊帽の中身はたちまちいっぱいになるだろう。

「ちりも積もればなんとやら。明日は案内ついでに購買のワッフルでも一緒に食う?」

 マリーは動物に変身したときに人間の言葉を理解できなくなる。しかし、笑顔を見せてくれる客と、満足そうなラギーの顔を見て、マリーは歌うように高く鳴き声を上げたのだった。



2022.01.21

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