メルティ・ラブ

※捧げ物
※キバナさん×エスカちゃん描写があります。


* * *


 恋心を隠すことには慣れているつもりだった。長い間ずっと、実らせるつもりのない片想いをしてきたし、その事実をつい最近まで秘めたままにしていられたくらいなのだから。
 この想いを氷の中に閉じ込めていたように、この感情の温度をそっと下げて、気付かれないようにする。だから、ふと。

(キス、したいな)

 そんなことを思ってしまっても、大丈夫だという自信がエスカにはあった。ソファーで隣同士に座って、スマホロトムでバトルの研究をしているキバナに悟られないように、視線は料理本に落としたまま、なんでもないようにそのページを捲る。
 大丈夫、大丈夫。何年と片想いをしていた頃に比べたら、このくらい、秘めることは容易いはず。

「エスカ」
「なに?キバナ……」

 名前を呼ばれて条件反射で顔を上げたそのとき、エスカの唇に熱が触れた。柔らかく、あたたかく、甘い熱だ。たった一瞬の出来事だったはずなのに、それは凍りつかせたエスカの感情をふつふつと温めていった。
 頬を染めて目を見開いているエスカの目の前で、手のひらをひらひらと振りながら、キバナは首を傾げる。

「おーい。エスカ」
「……えっ?」
「なんだ?違ったのか」

 ふるふる、とエスカは首を横に振る。自分の中の甘えたい願望を見透かされていたということよりも、隠していたはずのそれがなぜ暴かれてしまったのか。そちらのほうが、不思議だった。

「どうして、わかったの?」

 だって、今まで通りにしたつもりだったのだ。熱心にバトルの研究をしているキバナの邪魔にならないよう、想いを秘めて、甘えを我慢した。いつだって真剣にポケモンバトルのことを考えるその横顔がエスカは好きだった。だから、なおさら隠したかったのに。
 次に、不思議そうな表情を浮かべたのはキバナだった。しかしすぐに、特徴的な垂れ目をさらに下げながら。

「どうしてって、オレ様がエスカの彼氏だからだろ」

 キバナは自信満々にそう言ったあとに「あ。彼氏っつーか、婚約者だったな」とはにかんだ。その姿を見て、エスカの頬が恋の色に染まる。
 エスカの恋心は、彼女が自分で思っている以上に熱を帯び、その輪郭を溶かしている。そうさせたのは他の誰でもない、キバナのエスカに対する想いだ。
 もう、エスカは恋心を隠さなくてもいいのだ。溶け出したこの想いを受け止めてくれる人は、ここにいるのだから。


2021.08.26

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