遭遇ラビット!

※『Hekiraku』らなさんへ捧げもの。
※マリーちゃん(お相手:ラギー)が出てきます。





 リリスにはお気に入りの場所がある。図書館側に立ち並ぶ木の下だ。借りてきた本を読んでみたり、購買で買ったものを食べてみたり、うたた寝をしてみたり。過ごす方法は様々だが、リラックスしたいときに訪れることが多い。
 今日もまた、リリスはそこを訪れていた。太陽の光を受けた木の葉が木陰を作り、木漏れ日がキラキラ輝いている。太い木の幹に背中を預け、根本に腰を下ろしてうんと背伸びをする。
 しかし、寄せられた眉の間には深いシワが刻まれている。

「うーん、どうして動物と仲良くなれないのかしら……こんなに勉強しているのに」

 動物言語学の本とにらめっこしながら、リリスはそうぼやいた。
 リリスはよく、生徒に混じって動物言語学の授業を聞いて勉強している。理由は単純に動物と仲良くなりたいからだった。しかし、本人の意に反して動物たちはリリスが近付くとその分だけ遠ざかってしまう。何もせずとも動物から気に入られて、動物の方からそばに寄ってくるシルバーとは雲泥の差だった。
 中庭でくつろいでいるルチウスに「にゃーご」と猫語で話しかけてみても、ツンとそっぽを向かれるばかりである。

「仲良くなれるのは蝙蝠とかカラスとか蛇ばっかり。もう少しふわふわもふもふした可愛い動物と仲良くなりたいわ。猫とか、犬とか、ウサギとか……」

 リリスがため息を吐いたその時、草むらがガサガサと揺れたかと思うと、小さな影が飛び出してきた。

「え!ウサギ?」

 パールホワイトの毛並みとルビーレッドの瞳を持つウサギは、リリスの声にビクッと震えて硬直してしまった。リリスは慌てて口元を手でおさえる。
 ナイトレイブンカレッジには教師の使い魔や、森に住み着いている鳥やリスなど多数の動物を見かけることができるが、ウサギに会うのは初めてだった。

(可愛い……抱っこさせてくれるかしら……そうだわ!話しかけてみてお友達に……)

 しかし、リリスはここでひとつの問題に気付いた。それは。

「ウサギの鳴き声って……何……!?」

 ウサギの鳴き声をリリスは聞いたことがなかった。そういえば、授業でも聞いたことがない。そもそも、ウサギは鳴くのだろうか。
 悩みに悩んでいたリリスだったが、鳴り響いたチャイムの音を聞くと弾かれたように顔を上げた。

「いけない、授業が終わっちゃう。ヴィルとの打ち合わせの準備をしなくちゃ」

 立ち上がろうとしたが、名残惜しむように、最後にもう一度ウサギの瞳を見つめる。

「またね、ウサギちゃん。次に会うときまでに貴方の言葉を練習しておくから、お話してね」

 微笑みをひとつ残して、リリスは鏡舎の方へと走り去ってしまった。
 それをジッと見ていたウサギに、近付く影がひとつ。

「マリー?いるッスかー?」

 ハイエナの耳と尻尾を持つ少年──ラギー・ブッチの声が聞こえると、ウサギはピンと耳を立てた。
 煌めく光の粒子が集まり、弾ける。すると。

「ラギー!」

 ポンッという音を立てて現れたのは、パールホワイトからグレーへとグラデーションしている髪と、ルビーレッドの瞳を持った少女──マリー・ダンバースだ。
 やっぱり、ウサギの姿になっていて正解だった。声をすぐに聞き取ることができるから。
 マリーはラギーの姿を確認すると、パッと笑顔を浮かべた。

「よかった。ひとりだとなかなか変身を解けないから困っていたの」
「いや、オレと一緒でも同じでしょ?マリーは部外者なんスから」
「でも、ラギーと一緒なら安心だもの」

 さらりと紡がれた言葉から自分に対する信頼が滲み出ていることを感じ取ったラギーは、照れ隠しに視線をそらした。

「おだてても何も出ないッスよ」
「別におだててるつもりはないけど……」
「じゃ、ここはちょっと目立つから場所を変えるッスかね」
「あ、ラギー」
「ん?」
「ラギーって動物言語学が得意だって言ってたわよね?」
「そうッスね。成績は良いほうかな」
「じゃあ、今度私にウサギ語を教えてくれる?」
「はぁ!?ウサギ語?なかなかマニアックっすね。ウサギ語なんか覚えて何するんスか?」
「ちょっと話してみたい人がいるの」
「ふーん……まあいいッスけど、報酬はもらいますよ。シシシッ」
「ふふ。もちろん」

 ウサギに変身していた自分を優しい眼差しで見つめてくれたあの人の前でも、目の前の少年といるときのように自然体でいられるようになれたらいいな。マリーはそんなことを思いながら、ラギーの隣を歩くのだった。



2021.04.03

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