※捧げ物
※カブさん×アオイちゃん
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空気が湿り、熱を帯びる季節がやって来た。温度と湿度のせいもあって少々蒸し暑く感じるこの季節は雨が多く、今も小雨が降っている。晴れるだろうかと、軒下から空を見上げるカブの額にはじんわりと汗が滲んでいた。
しかし今、汗をかいているのも、体が微かに熱くなっているのも、暑さのせいだけじゃない。
着慣れないタキシードに身を包んで、緊張しているのだろうと、カブは自己分析して苦笑する。これから、ウエディングドレスを纏った愛しい人と、アオイと顔を合わせるのだから当然だった。
ファーストミート、というものがあると知ったのは、アオイがウエディング雑誌を読んでいるのを一緒に横から眺めているときだった。なんでも、花嫁と花婿がそれぞれ別々に準備を進めて、挙式の直前に初めてウェディング姿を見せ合うという、一種のサプライズらしい。
それを今回、アオイの希望もあってすることになったのだが。
(まさかこんなに緊張しているなんて、いい歳して情けないな)
アオイは一体どんなドレスを選んだのだろう。どんなヘアメイクをして、どんな表情で、目の前に現れるのだろう。そして、その瞳に自分自身は一体どんな風に映るのだろう。
小雨が上がった。雨粒が光を受けて、景色がキラキラと輝いている。ポケモンバトルも含めて雨は苦手だったが、今だけは、とても美しいものに思えた。
この景色を今、彼女も見ているだろうか。
「……アオイ」
確かめるように愛しい人の名前を呼んだ。雨水が足元を汚さないように慎重に、でも早くなる鼓動は誤魔化せず足を速める。
早く、早く会いたい。
石畳の道の先にあるチャペルの目の前に、アオイはいた。純白のウエディングドレスも。愛らしい花かんむりも。いつもより華やかなヘアメイクも。全て、いつものアオイとは違う姿で、でも。
「カブさん!」
自分の名前を呼んでくれる声と、陽だまりの笑顔は、間違いなく、彼女自身のものだった。
「アオイ……」
「カブさん、タキシード似合うやん!惚れ直したなぁ……わっ!?」
感情的に動くなんてらしくない。わかってはいても、抱き上げたくなった衝動を止められなかった。
「すごく、綺麗だ」
かろうじて、それだけなんとか口にできた。こみ上げてくる愛おしさと幸せに、飲み込まれてしまいそうだ。
改めて、実感する。自分とアオイは夫婦になるのだ、と。
雨が上がった空には、ふたりを祝福するかのように大きな虹がかかっていた。
2021.06.18