time goes by...

たまに、これが現実なのか夢の中なのか分からないことがある。見知った顔がよく登場する、見知った場所が舞台の夢は、起きてからようやく夢だったと気付くことが多い。
でも、今見ているものは完全に夢であると確信出来た。現代にはない服装、現代にはない建物、現代にはない言葉。どれも中世時代と思われるものだった。

そう。これは夢。正しくは『私』の記憶。私が『シャイン』であった頃の記憶だ。

「……さん……シャインさん……」

『私』の名前を呼んでいるこの子は誰だろう。今までの記憶には登場したことがなかった子だ。黒い髪に、金と赤のオッドアイを持った小さな女の子。城下の街の子でもない気がする。
そう。もっと、特別で、大切な。

「シャインさん!見てください!」
「なぁに?これ、ツァイトちゃんが書いたの?」

ツァイト。それがこの子の名前かしら。確か、異国では時間を意味する単語だった気がする。
あれ?どうして私はそんなことを知っているのかしら?
名前とその意味がどうであれ、ツァイトという名前はその子にとても馴染んでいる気がした。

「はい!シャインさんにお手紙です!」
「わぁ……!ありがとう!とっても嬉しいわ!それに、少し前に文字を読めるようになったと思ったら、もう字を書けるようになったのね。ツァイトちゃんは本当に努力家なのね」
「早く、アーロン様みたいな波導使いになりたいですから」
「そうね。ツァイトちゃんに負けないように、私も頑張らなきゃ」
「シャインさんもすごい波導使いです!」
「ふふっ。ありがとう。あら?もう一通お手紙を持っているのね。もしかして、アーロン様へ?」
「あ、はい。アーロン様も喜んでくれたらいいんですけど……」
「もちろん!きっと喜ぶわ!」
「シャインさん。一緒に渡しに行ってくれますか?」
「ええ。もちろんよ」
「ありがとうございます!シャインさん、大好きです!」
「私も、ツァイトちゃんのことがとても好きよ」

柔らかい笑い声を響かせながら『私』とツァイトちゃんは、お互いの師であるアーロンの元へと向かった。
二人の背中が遠ざかり、白い靄に隠れていく。
ああ、もう夢から覚めるのかしら。もう少し、もう少しだけ見ていたい。この幸せで温かい光景を、見守っていたい。
そんな願いとは裏腹に、私の意識は浮上していった。







『レインさま』
「……リオル。おはよう」
『おはようございます。あの、大丈夫ですか?』
「え?」
『涙が……』

起こしてくれたリオルの言葉で、私は自分が泣いていることに初めて気づいた。濡れた頬が冷たくなっている。だいぶ長いこと泣いていたのかもしれない。
私は体を起こして、不安そうにしているリオルを抱き締めた。

「大丈夫よ。どこか痛かったり、悲しかったりして流れる涙じゃないから」
『じゃあ、どうして泣いているんですか?』
「どうしてかしら……愛しさと懐かしさ、かしら」
『?』
「……もっと見ていたかったな。あの夢」

本当に、懐かしく、優しく、愛しい夢だった。

まだ行動するには早い時間だったので、起こしてくれたリオルを連れて散歩に出掛けた。リオルが波と戯れはしゃぎながら歩いている少し後ろを、ついて歩く。
目の前にいるリオルのように、純粋で優しくて賢そうだったあの女の子。あの子が誰なのか思い出せないままなのが、少し心残りだ。

「ツァイトちゃん……私に、シャインにとってどんな存在だったんだろう……」
『レインさまー!』
「どうしたの?」
『見てください!きれいな石が落ちてます!』

リオルが指差す先の砂浜に、青い石が打ち寄せられている。どこかで見覚えがある気がして、それを拾い上げた。
まるで海のように、深い青色の石。私やゲンさんが使う波導と同じ色の石。
波導の、石?

「……波導石……?」
『誰かいるのですか?』

偶然か必然か。その石から聞こえてきたのは、懐かしくも記憶より少し大人びた声で、私はまた一筋の涙を流した。





2019.10.19

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