ブルーローズの祝福

※ダイゴさん×シアナちゃん描写があります。





それは、珍しくオレがレインの部屋に遊びに来ていたときのことだった。

「当たった!」

部屋にあったポケモン雑誌を眺めていたオレの隣で、自分宛の郵便物を見ていたレインは、ある封筒を開けると、珍しく大きな声を上げたのだ。たおやかで穏やかな仕草と態度を常日頃から崩さないレインにしては、とても珍しいことだった。何か余程のことがあったのだろう。

「どうしたんだ?」
「あっ……大きい声を出してごめんなさい。あのね、今度ヨスガシティで開催される、ポケモンコンテストの観覧チケットが当選したの。このコンテストはホウエン地方から有名なポケモンコーディネーターを招いてエキシビションが開催されるから、倍率がすごく高くて」
「ああ。この前、ジムリーダーの会合でメリッサが出るって話してたよ。けど、レイン。こういうのに応募するほどコンテストが好きだったっけ?」
「えっとね、水ポケモン使いのミクリさんがいらっしゃるから、そのパフォーマンスを生で見てみたいということと……あと、ホウエン地方から来られるポケモンコーディネーターの中でも、特にずば抜けた実力を持つコンテストマスターの彼女が、私、大ファンなの!」

レインはおもむろに、オレが読んでいた雑誌のページを捲り出して、あるページで手を止めた。それは、各地方のポケモンコーディネーターの特集が組まれたページだった。
コーディネーターの中でも数本の指に数えるほどしか存在しないのが、コンテストマスターだ。その中でもレインがいう人物は、コンテストに関する知識が乏しいオレでも知っていた。
太陽のように鮮やかなプラチナブロンドと、澄んだ空のような青い瞳。空に浮かんだ雲のような白い肌。華奢でいて女性らしい体つきは、コンテストのためにまとうきらびやかなドレスを纏っても見劣りしない。一見、人形のように完璧な容姿は近寄りがたさすら感じられそうだが、ひとふさだけクルンと癖のある前髪が親しみやすさを出しているようにも感じる。
まるで、青空そのものを人で表したかのような、その女性は。

「ポケモンコンテスト界のティターニア!シアナさん!テレビや雑誌でしか見たことがないけど、本当に妖精さんみたいに綺麗で……でも綺麗なだけじゃなくてコンテストの腕ももちろん素晴らしくて……」
「なるほど。レイン、こういう有名人が好きだもんな」
「好きというか憧れというか……ううん、憧れなんて例えるのが烏滸がましいのだけど……妖精みたいに綺麗でコンテストマスターとしての腕も確かで……私と同じ歳くらいでこういう人もいるんだなって思えちゃうの……この目で彼女と彼女のポケモン達の演技を見られるなんて夢みたい……」
「おーい。レイン、戻ってこーい」
「デンジ君。このチケットは二人まで有効だから、よかったら一緒に行きましょう?」
「あ、ああ」
「この雑誌もあとからファイリングしなきゃ。見て、シアナさんの記事、こんなに溜まったの」

こりゃダメだ。話が全然聞こえていないらしい。この恍惚の表情といい、これはしばらくこっちの世界には戻って来ないな。

レインは割と有名人に夢中になりやすく、ミーハーなところがある。が、一度強く熱したら、余程のことがない限りその熱が冷めることはない。
水ポケモン使いとして世界的に名が知れているミクリのファンということは知っていたが、ティターニアのファンであることは初めて知った。しかし、雑誌の切り抜きをファイリングしてある量から察するに、割とファン歴が長いことが窺える。

ふと、レインを喜ばせることが出来るであろう名案が浮かんだ。確か、ティターニアには婚約者がいたんだっけ。その婚約宣言は、シンオウ地方でもニュースになったくらいだから覚えている。相手はオレもよく知っている人物だ。
飲み物のおかわりを持ってくると、レインが席を外したところでスマホを取り出し、ずいぶん前にかかってきていた着信履歴を探しだし、タップする。忙しいやつだから出るかどうか怪しかったが、幸運にも繋がったようだ。

「ダイゴか?オレ、デンジ。突然だけど、頼みがあるんだ」









レインが楽しみにしていたポケモンコンテスト当日。ヨスガシティのコンテスト会場は超満員で、全ての観客の視線がステージの上に集中している。
ステージの中央では、その通り名の通り、妖精が舞っている。青いマーメイドドレスを着て、ミロカロスと共に海の中のような幻想的な世界を作り上げている。
一言で言えば、圧巻、だった。見た目の華やかさ、技を出すタイミング、体の先までの細やかな動き、全体的な完成度。どれをとっても、普段見ているようなポケモンコンテストのレベルを凌駕していた。
これが、ティターニアと呼ばれるコンテストマスターの実力。これが、世界を魅了する演技。レインが虜になってしまうのも頷ける。

全てのプログラムが終了し、コンテストは幕を閉じた。コンテスト会場の出口へと向かいながら、レインは今日のパンフレットを胸に抱き、未だに惚けた表情をしていた。

「はぁ……っ……すっごかった……!なんだかそれしか言えないくらい……本当に素敵だったなぁ、シアナさん……」
「オレもコンテストには詳しくないけど、それでもあの演技が別次元だって分かったよ。本当に海の中にいるみたいだったな」
「ええ!シアナさんはまるで人魚姫みたいで……童話のワンシーンを見ているようだった……」
「そういえば、レイン。なにか家から持ってきてたろ?」
「ああ。これ?」

レインが肩から下げている紙バッグには『フラワーショップいろとりどり』というロゴが入っている。中からは微かに甘い香りが漂い、紙バッグの口からは時おり青色が見え隠れしていた。

「ソノオタウンから取り寄せたブルーローズとカスミソウの花束なの。もうすぐシアナさんがコンテストデビューした記念日だからって、コンテストの運営会社がプレゼントを受け付けているらしくって、出口で回収してもらえるみたいなの。シアナさんに届いたらいいなって思って……」
「ふーん」

なんでもないように装い、口角が上がる口元を隠す。記念日を祝いたいくらいの相手が、もし目の前に現れたら、レインはどんな反応をするだろうか。
ああ、確か、その扉だな。

「デンジ君?」
「ん?」
「出口、こっちだったかしら……?」
「あー。少し寄りたいところがあるんだ。着いてきてくれるか?」
「ええ、もちろん。あ、そういえばシアナさんのミロカロスが繰り出した最初の技……」

ノックを三回して扉を開き、レインを前へと押し出した。さっきまで饒舌だった口はどこへやら。レインの目は大きく見開き、口はあんぐり開いたまま固まってしまった。
実は出口に向かっておらず、どこへ誘導されていたかも分かってなかったくらい、夢中になって話していたんだな。そんな相手がいるなんて、少しだけ、妬ける。でも、相手は女性だし、良いとしよう。

「こんにちは!」
「……」
「私に逢いたいと言ってくれている人がいるって、ダイゴから聞いていました。貴方がレインさん?初めまして!シアナです!」
「……」
「……あのー?」
「おーい。レイン。ティターニアが困ってるぞー」

扉の向こう側にいた人物は紛れもなく、先ほどまでステージ上にいたその人。ポケモンコンテスト界のティターニア。コンテストマスターのシアナ、本人だった。

レインが今回、コンテストのチケットを入手したときに、オレの頭に浮かんだこと。それは、ティターニアの婚約者であるダイゴを通して、レインをティターニアに逢わせてあげられないか、ということだった。
ダイゴに確認してもらったところ、少しの時間なら大丈夫そうだと、ティターニアは二つ返事で快く頷いてくれたらしい。なんというか、見た目や地位だけじゃなく性格まで良いなんて、レインが知ったらますますファンになってしまうんだろうな、と思った。

そういう経緯があり、今回の対面が果たされたわけだが、レインは硬直したまま動かない。あまりにも反応がないので、少しだけ心配になり目の前で手をヒラヒラと振ってみる。
すると、レインの目から、ポロリと、透明な雫が溢れ落ちたのだ。

「え?えええっ!?」
「うっ……ふぇ……うぇぇぇ……」
「マジかよ。泣くほどか」
「わ、私なにかしちゃいました!?レインさん、泣かないでくださいー!」

困り果てるティターニアと、ボロボロと泣くレイン。なかなかカオスな光景だが、オレのサプライズは成功したと思って良いだろう。ようやくレインが泣き止み、おめでとうの言葉とブルーローズの花束を贈って記念写真を撮ることが出来たのは、それから数分後のことだった。







レインにとって、あの時間はまるで奇跡のようなものだったのだろう。でも、その奇跡はコンテストが終わってしばらく経った今も続いている。

「デンジ君!今度、シアナちゃんがプライベートでシンオウに遊びに来るみたい!その時、ポケモン達を紹介してくれるんですって!」
「そっか。レインはあのミロカロスの演技に魅入ってたもんな。よかったな」
「ええ!」

ティターニアとの通話を切ったレインは、通話していたときと同じように声を弾ませながら、そう話してくれた。なんだか、オレまで嬉しくなってしまう。今度は泣いた後ではなく、友人となった二人の笑顔の写真が撮れそうだ。





2019.12.18

- ナノ -