「つーかまえた!おれの勝ち!」


 生まれつき運が良い方であることをエリィは自覚していた。
 とはいえ、雑誌の懸賞によく当たるとか、カードゲームで負けなしだとか、テストの山が当たりやすいとかとか、そういったことではない。
 通学路に通り魔が現れたときにちょうど学校を休んでいたとか、学校で喧嘩を売られているところにちょうど警備員が通りがかったとか、普通なら足を折る怪我を掠り傷で済んだとか、物理的、身体的な面においてだ。
 エリィ自身に危険が生じようとしたとき、彼女の強運は発揮される。

(あれ?あれって怪物チーム用の補給箱、だよね……?)

 ナイトレイブンカレッジのハッピービーンズデーが始まった直後のこと。スタート地点である植物園の温帯ゾーンにて、エリィは紫色の補給箱を見つけたのだった。

(ラッキー!スタートしたばかりで農民チームに待ち伏せされることもないだろうし、いただいちゃお!)

 布を取り払い中身を開ける。中には相手チームを欺くための魔法の迷彩ジャケット『ビーンズ・カモ』が一着。双眼鏡の役割を果たすゴーグルがひとつ。そして、農民チームを捕獲するためのクロスボウのような装備まで入っている。これは大当たりだ。
 エリィは素早く木の上によじ登ると、葉の陰に隠れながらビーンズ・カモを身に纏った。これで、農民チームからは見つかりにくくなったはずだ。
 そのとき、ふと話し声が聞こえてきた。息を潜めて、枝の隙間から地上を覗き見る。農民チームのワッペンを付けた生徒が喋りながら歩いてくるところだった。

「この歳で鬼ごっこなんてダセーよな」
「植物園は隠れやすそうだし、適当に時間まで過ごそうぜ」
(……よーく、狙って)

 ゴーグルを装着して、10本あるうちの小さな矢をクロスボウにセットして、標準をためらいなくふたりの生徒へと向ける。クロスボウとは本来狩りやスボーツなどに使われる武器だが、学生向けの大会の装備にそのような殺傷能力は持ち合わせていないだろう。だとしたら、怪物チームが有利になる別の仕掛けがあるはずだ。

(……今だ!)
「うわっ!?」
「な、なんだ!?」

 エリィが放った矢は真っ直ぐに農民チームへと飛んでいき、1mほど手前で、蜘蛛の巣のような網状の粘液に変化した。それに触れた農民チームは、体が網と地面の間に貼り付けにされて動けなくなってしまったのだ。
 他に農民チームがいないことを確認したエリィは木から飛び降りて、にっこりと笑って農民チームの肩を叩いた。

「つーかまえた!おれの勝ち!」
「げえっ!?マジかよ!怪物チームがいたのか!?」
「しかもこんなに早く装備を入手してるし、なんて運が良い奴なんだ」
「えへへ。これ、遠くから狙えるし良いかも!走りを助けてくれるブーツも、遠くまで見えるゴーグルも、迷彩ジャケットだってあるし、頑張って竪琴を守ろうっと!」

 そう、エリィは運が良い。彼女に身の危険が迫る前に、彼女は運を味方につける。それは天性のものなのか、それとも。

(これからどうしよっかな〜。木の上に隠れながら農民チームを狙うのもいいけど……そんなんじゃ、面白くないよね)

 勝負をするのは好きだ。勝者であることはエリィに高揚感を与え、自己肯定感を高めることになる。勝者になるまでの過程はさほど重要ではない。最後に笑っていられるかどうか。エリィにとってはそれが全てだった。
 しかし、ナイトレイブンカレッジで過ごす時間は、エリィを少しずつ変えていった。最後に笑っていられるのなら、別に敗者でもいいのかもしれない。そう思えるほどに、ここでの生活は楽しく充実していた。
 植物園を出たエリィは、目の前に広がる森の中にテラコッタとミストグリーンの髪を持つふたり組が消えていくのを見かけた。足に力を込めて駆け出す。元々の足も速い方だが、走行速度を補強してくれるブーツのお陰も相まって、あっという間にエースとセベクに追いつくことができた。

「エース!セベク!」
「うわ!?」
「敵襲か!?!?」
「って、エリィか。セベク、あと声でかいって。農民チームに居場所を教えるようなもんだからな?」
「む、そうだな。若様にお会いするまでこのセベク、脱落するわけにはいかないのだ……!」
「ごめんごめん。ビックリさせちゃったね」
「つか、良いもん持ってんじゃん〜!」
「でしょ?さっきこれで農民チームを捕まえたんだ!」
「マジか!装備持ちが味方だと心強いし、どんどん行こうぜ!手始めに、ここに行こうと思うんだけど」
「ここ……ってこれ、農民チームの補給箱があるところだね」
「そうだ。僕とエースはそこを目指している」
「補給箱の近くに隠れて待ち伏せして、農民チームを捕まえようって作戦!」
「なるほど!ナイスアイデアだね、エース!」
「きっとデュースあたりが馬鹿正直に突っ込んでくるからさ、そこを狙おうぜ!」
「了解!そうと決まったら行こっ!」
「あ、おい!待てって!」
「声を上げると農民チームに見つかるぞ!!!!」
「いや、セベクの方が声デカいって」
「あははっ!」

 やはり、勝負に勝つことはもちろん重要だけれど、その過程も大切なのかもしれない。だって、勝負に勝ったときに笑っていることよりも、今このとき心の底から笑っていられることのほうが、とても価値のあることだと思えるようになったから。



2021.05.29
- ナノ -