「あたしたちも花火やろうよ!」


「あたしも花火を見たい!!!!」
「うるさいぞ!!!!エリィ!!!!」
「いや、ふたりとも声でけぇから」

 放課後の教室に集まったいつものメンバー──エース、デュース、ジャック、エペル、セベク、エリィは、課題を片付ける会と称して駄弁っていた。いつもだったらいるはずのユウとグリムがいないのは、先ほどのエリィの嘆きの通り、花火大会に行ってしまったからだ。

「ユウとグリムはいいよね〜。カリム先輩たちに頼み込んで、熱砂の国のお祭りに連れて行ってもらえるなんてさ〜」
「おおかた、グリムがごねたんだろうな」
「ふふ。想像がつく、かな?」
「だな。なんか知らねーけど、トレイ先輩とケイト先輩も行ったみたいだし、ずりーよなー」
「僕だって護衛として若様のお側にいたかった……っ!」
「いいな〜!いいな〜!……あ!」

 机の上に顎を乗せて駄々をこねていたエリィは、閃いたとでも言うように目を輝かせた。気のせいか、彼女の特徴的なアホ毛がピンと上を向いたようにも見える。

「ね!あたしたちも花火やろうよ!」
「えっ?」
「購買に絶対売ってるでしょ!サムさんがOUT OF STOCK!って言ってるところ聞いたことないし、絶対あるって!あたし買ってくる!」
「それ、いいじゃん!花火とか久しぶりだわー」
「学園の敷地で花火なんてやって大丈夫なのか?」
「大丈夫だって!ハーツラビュルのなんでもない日のパーティーでは毎回花火をやってるし」
「へぇ。ハーツラビュルって楽しそう」
「なぁ、エペル」

 デュースはエペルを呼ぶと、とあることを耳打ちした。それを聞いたエペルの表情がみるみるうちに明るく、わくわくしたものに変わっていく。

「ねぇ、みんな!」
「どうかしたの?エペル」
「せっかくだから、いい場所で花火をやらない?」

 その『いい場所』をエペルの口から聞くと、エリィたちはふたつ返事で頷いたのだった。


* * *


 太陽がどっぷりと沈み、夜空には月が浮かんでいる。海岸沿いに灯っている電灯だけでは少々頼りない明るさだが、エリィたちは暗がりが気にならないほど胸を高鳴らせていた。
 胸いっぱいに潮の香りを吸い込み、波の音を聞く。歩くだけで靴の裏がざらついた音を奏でる。そして今は夜だ。寮の門限までまだ時間はあるが、暗くなってからの外出は少しだけ悪いコトをしているような気になってわくわくする。

「海だーっ!」
「日が落ちていることもあって、誰もいないようだな」
「ここなら花火を思いっ切り楽しめそうじゃん」
「エペル、こんなとこよく知ってたな」
「ふふ。前にちょっと、ね?デュースクン」
「ああ。ちょっと、な?」
「ねぇねぇ、早くやろー!あたしロケット花火ー!」
「エリィ、お前そういう派手なやつは最後だろ!?」
「たくさんあるしいーじゃん!火の魔法が得意な人ー?」

 これが漫画だったらビシッ!と効果音がついてしまいそうなくらい、エリィは素早く手を挙げてみせた。
 このような場合、遠慮や謙遜して手を挙げない人がひとりくらいは出てきそうなものだが、そこはみんなナイトレイブンカレッジの生徒である。全員が自信満々な顔で手を挙げた。
 エリィは顎に手を当てて、ふむふむとわざとらしく考える素振りを見せながら、彼らの前を行ったり来たりする。そして、セベクの前でピタリと立ち止まり、ロケット花火を高々と上げた。

「セベク、よろしく!」
「オレらは無視かい!」
「えへへ。やっぱりこの中で一番魔法が得意なのはセベクかなって!」
「なぜ火の魔法について聞くのかと思ったら、そういうことか。僕のマジカルペンはマッチではないのだぞ!!」

 そう言いつつも、セベクはロケット花火を受け取ると胸ポケットからマジカルペンを引き抜いた。
 「む、ロケット花火を固定するものがなにもないな」「砂に挿したらいいんじゃね?」「本当に大丈夫か?」
 セベクとエースとジャックがそんな会話をしているとは露知らず、デュースとエペルとエリィは離れたところで点火の様子を見守っている。

「ドキドキするね……!」
「たーまやー」
「エリィ、それはなんだ?」
「花火が上がったら叫ぶんだって。ユウが言ってた」
「よし、点けるぞ!」

 セベクがマジカルペンの先を導火線に向けて、魔力を込める。しかしその時、強い風が海から浜辺へと吹き付けてきた。 

「む、風が……」

 そして、導火線に点火したのと、風でロケット花火が倒れたのは同時だった。ロケット花火は約45°の角度で空に向かって飛んでいくはずだったが、その飛行先はどう見てもエリィたちの方を向いている。
 あとは、察しのとおりだ。

「風でロケット花火が倒れた!?」
「うわぁぁぁぁ!?」
「こっちに飛んで、ぎゃっ!!」
「あはははは!」

 勢いよく発射されたロケット花火は、火花を散らしながらエリィたち目掛けて飛んでいった。デュースは絶叫し、エペルは目を見開き、エリィは涙を浮かべるほど笑った。
 幸いなことに、運動神経が良い三人だったので全員がロケット花火を避けることができたが、説明書通りに遊ばないと怪我をするということを痛感させるには充分だった。

「大丈夫だったか!?」
「し、死ぬかと思った……!」
「どうせならロイヤルソードアカデミーのほうさ飛んでいげばえがったばって」
「オレもエペルの意見にさんせー」
「僕も」
「お前らVDCのこと根に持ってんだろ」
「あはは!楽しー!ねぇ、次は手持ち花火をやろうよ!」

 エリィは袋の中から細長い手持ち花火を取り出した。エースは何かを企むようににやりと口角を上げて、手持ち花火を受け取った。

「よーっし。二本貸してみ。セベク」
「ん」
「っしゃ、二刀流だ!かかってこいよデュース!」
「そっちがそう来るなら、僕はもっとたくさんの花火をまとめて……」
「そら」
「どうだ!!」
「わ!ガトリング砲みたいでかっけぇ!」
「ふたりとも、怪我しないようにね〜!」

 片や両手に花火を持って、片や花火の束に火を付けて、振り回しながら浜辺を走り回っているあたり、先ほどの教訓は忘れてしまっているらしい。男子校生らしい無茶な遊び方に注意を促しつつも、エリィは楽しそうだ。

 そんな時間も、あっという間に過ぎていく。燃え尽きた花火をバケツに張った水にじゅっと浸すたびに、楽しい時間は終わりへと近付いていく。
 一本、二本と花火が減り、あんなに持ってきていた花火も残すところ一本ずつになってしまった。

「だいぶ減ったな」
「あとは……あー、線香花火か。忘れてたわ」
「線香花火……林檎みたいに真ん丸になって最後は落ちちゃうあれ、だよね?」
「よし。花火の先をこっちに向けるといい」
「えへへ。セベクはすっかり火付け役になっちゃったね!ありがと!」
「ほら、エリィのぶん」
「ありがと!デュース!」

 セベクがマジカルペンを一振りすると、花火の先に火が灯る。先は赤く丸くなり、小さな火花をパチパチと鳴らしながら燃えていく。
 その場にいる六人中五人が男で、そのほとんどが170cm超えの身丈で、そんな彼らが小さく背中を丸めて可愛らしい花火を見つめている姿はシュールな光景だった。本人たちもその自覚があるらしく、なんとも言えないようなむず痒い表情をしている。

「わかってたけど、すっげぇ地味だよな」
「そう?あたしは好きだよ、線香花火。綺麗だもん」
「ああ……綺麗だな」

 エリィの言葉に同調したデュースだったが、その視線の先にあるのは線香花火ではなかった。線香花火の柔らかいオレンジ色の明かりに照らされたエリィの横顔を見て、デュースは心に思った言葉をほろりと溢したのだ。その言葉の真意に、エリィは気付いていない。デュース本人すらも、気付いていなかった。
 誰かが「あ」と言ったその時、ぽたり、と線香花火が落ちた。静けさと薄暗さに包まれた中で、誰も花火の亡骸をバケツに放り込もうとはしなかった。誰も、終わったからもう帰ろうとは言わなかった。
 しんみりとした空気を振り払うように、最初に立ち上がったのはエリィだった。終わりを名残惜しく思う気持ちはあるものの、門限の時間は迫っているのだ。

「みんなと花火ができて本当に楽しかった〜!今年の夏は今まで生きてきた中で一番素敵な夏になったよ!あたしの提案に乗ってくれてありがとうね、みんな!」
「エリィの思いつきは今に始まったことじゃねぇからな」
「それに、まだ最後じゃないぞ」

 全員の視線がセベクの手元に集まった。
 これが、本当の最後だ。小型の打ち上げ花火を、今度は説明書通りにきちんと設置する。不発になって残念な終わりになってしまわないように。

「たーまやーって言うんだっけ?」
「うん!そうそう!」
「結局それってどういう意味なんだ?」
「知らね。ユウが帰ってきたら聞いてみようぜ」
「ユウサン、今頃もっとすごい花火を見てるのかな」
「でも、あたしたちの花火も素敵だよ!」
「上がるぞ!」

 マジカルペンを振り下ろしたセベクが急いでその場を離れると、口笛のような細く高い音が響いた。その直後、夜空に光が散る。それはまるで夜空に向日葵の花が咲いたような、夜空に太陽が浮かんだような、そんな美しさだった。

「「「「「「た〜まや〜!!!!」」」」」」

 売店で買った安い打ち上げ花火は尾を残すことなく消えてしまった。しかし、その儚い美しさは友人たちの声とともに、エリィの胸の中には鮮明に刻まれた。
 楽しくて少しだけ切ない夏の日の夜の思い出は、一瞬で夜の暗闇に吸い込まれていった花火とは違って、きっと、一生消えることがないのだろう。



2021.07.26
- ナノ -