幸せを結ぶ魔法
 ふわり、と柔らかな真っ白い蒸気が、せつなの目の前に広がった。炊き上がったばかりの白米は一粒一粒がふっくらとしていて艶があり、それだけで食欲をそそる。杓文字を使って白米を小さなおひつへと移し、団扇で風を送り粗熱を取る。そして冷水でよく手を洗い、清潔な手拭いで手のひらの水気を拭き取ったらようやく準備完了だ。
 人差し指と中指、そして親指の三本の指を使って、塩をひとつまみ取ると両手にしっかり広げていく。そこに、粗熱がとれた白米をのせて、はじめは柔らかく握る。徐々に角を作るように転がしながらしっかり握っていくが、粒が潰れないように力の入れ方には注意しなければならない。
 ふんわりと握ることができたら、側面を一度ずつ慣らすように握り、形を整えたら一つ目の完成だ。

「そんなに真剣に見られていると、なんだか恥ずかしいな」

 トーマはそう言いながらはにかむと、二つ目のおにぎりを作るために白米を杓文字で掬った。おにぎりを作ってくれているトーマを凝視していたことに、言われて初めて気が付いたせつなは、赤面してばつが悪そうに目を泳がせた。

「あ、ごめんなさい。お行儀が悪いことしちゃった……」
「アハハッ! せつながおにぎりを食べることを楽しみにしてくれてるって伝わってくるから、全然構わないよ」
「ふふふ、ありがとう。トーマさん。わたし、トーマさんが握ってくれるおにぎりが大好きなの」

 いつだったか、手際よく次々におにぎりを生みだしていくトーマを見たせつなから「まるでお伽噺に出てくる魔法みたい」だと言われたことを思い出した。なんでも、トーマが作る料理はどれも美味しいだけではなく、あたたかくて、食べると幸せな気持ちに満たされるからだという。
 そんな理由ならきっと、せつなにだって料理の魔法は使える。

「オレもせつなが作ったおにぎり、食べたいな」
「わたしが作ったおにぎり?」
「ああ。せつなの得意料理の月見蕎麦も絶品で好きだけれど、今は作れないだろうから」

 トーマとせつなが休みの日を使って、それぞれ槍と刀の鍛練をしていたところ、せつなのお腹が空腹を奏でたことで急遽始まった料理の時間だ。夕食を作るための使っても影響がでない食材といえば米くらいだったが、塩むすびにして常備しているスミレウリの漬け物を添えたらそれだけでちょっとした逸品が出来上がるのだ。
 せつなは少し考える素振りを見せたあと、頷いて杓文字を手に取った。

「いいけれど……たぶん、トーマさんが作るよりずっと不格好ですからね」
「どんな形でも構わないよ。オレはせつなが握ってくれるおにぎりを食べたいんだから」

 杓文字を使って白米を手のひらにのせて、最初は軽く握る。そして三角を作るようにしながら、転がして形を整えていく。トーマがしているのと同じようにしたつもりだったのに、トーマが作ったおにぎりの隣にちょこんと並んだせつなが作ったおにぎりは、ややまあるい形をしていてずいぶんと小さい出来上がりだった。
 せつなは「ほら」と恥ずかしそうに赤面した。

「まるくなっちゃいました……」
「あれ? この前、木漏茶屋で昼食を食べたときに作ってくれたおにぎりと少し違う気がするけど」
「お店で出すものは誰が作っても均一になるように、型にはめて作っているから……」
「ああ、なるほどね」
「あっ」

 トーマはせつなが握ったばかりのおにぎりをつまみ上げると、大きな口を開けてかぶりついた。一口目を噛み締めて飲み下すと、続けてもう一口を開けて残りを口の中に入れてしまう。確かに、木漏茶屋で給仕として出すものとは少し違うようだ。塩は控えめで、少しまるっこくて、せつなの手のひらに馴染む小さなサイズ感。

「うん、美味い! オレはこっちのおにぎりのほうが好きだよ!」

 『木漏茶屋の給仕』であるせつなが握ったものではなく、『トーマの恋人』としてのせつなが握ったおにぎりを食べられるのは、きっと自分だけの特権なのだろう。それを口にして満たされる多幸感は、きっとせつなの料理を食べることでしか味わうことができない、せつなだけが使える料理の魔法なのだ。



2023.06.18

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