相思相愛性理論


ナックルシティ。中世の城壁を生かし、造られた、歴史ある街。
石材を積み上げて建てられた城壁はナックルシティを象徴する建造物であり、今でも威厳を失うことなく街を見守るように建っている。ガラル地方の歴史が眠っている宝物庫には、歴史的価値の高い書物が保管されている。道は石畳で街灯はアンティーク調だ。中世の面影が残るこの街は観光客からの人気も高い。
そんな傍ら、高級ブティックやお洒落なヘアサロン、SNS映えすると話題のカフェなども多く並んでいる。都会らしく街の中は広いため、ポケモンセンターだって3ヶ所存在する。何よりも目立つのが、街の中心にそびえ立つ巨大タワーだ。これは発電装置の役割を果たしており、ねがいぼしを吸収して地下のプラントに送ることで発電を行い、ガラル地方全土に電気を供給する役割を担っている。

私とキバナ君が訪れたのは今までも何度か訪れたことがある、夜も営業しているカフェだ。私達が二人で外食するときは、それぞれの好みの店を交互に行くことが、長年一緒にいて自然に生まれたルールになっている。もちろん、今回のお店のチョイスは私。

「はぁ、お腹空いた」
「腹減ったと言うわりには、よくそんなの頼んだよな。デザートじゃん」
「いいの。今日はあまーいものが食べたい気分なの」
「しかもパフェにパンケーキってなんだよ。見てるだけで胸焼けしそうだぜ……」
「どっちも食べたかったんだから仕方ないじゃない」
「太るぞー」
「それ以上に動いてるから大丈夫ですっ」

私が頼んだのはそこそこのボリュームのストロベリーパフェとフルーツたっぷりのパンケーキ。このお店に来るのは初めてではないけれど、デザート系のメニューが新しくなったとSNSで話題になっていて、食べてみなければと思っていたのだ。
キバナ君が注文したのはハンバーグカレーだ。もちろんご飯大盛、ハンバーグ増量、ルーは辛めといういつもの3点セット付き。これでも恐らく足りないだろうから、いつものようにハンバーガーセットを追加注文するんだろうな。
注文した品が運ばれてきたときから、ピンク色をした私のスマホロトムは、自らバッグから出てきて傍で待機してくれていた。私がいつも、食べたものを写真に撮ってSNSにアップしているので覚えたらしい。

「さ、写真撮って食べちゃおうっと。キバナ君、すこーしだけ下がって。写り込んじゃう」
「いいじゃん」
「よくないわ。またコメントに『キバナさんとデートですか?』なんて書き込まれちゃう」
「別にいいだろ。オレさまだってクロエとの写真は堂々と載せるぜ。クロエとの仲はファンからもスポンサーからも公認されてるようなものだからな」
「え!?」

私とキバナ君の仲。それは、いわゆる『恋人同士』というやつだ。それが公認されていることは知っている。だからこそ、有名人であるキバナ君とこうして堂々と外で夕食を食べることが出来るのだから……まぁ、キバナ君が有名になる前から一緒にいた身としては、一緒に外出することに気を遣わないといけないことが不思議なのだけど。
そもそも、私が心配しているのはそこではない。私との写真をSNSに載せているって、一体どの写真のことを言っているのだろう。訝しげな視線を送る私に、キバナ君は涼しい顔で返す。

「もちろん、ちゃんとクロエに了承を得てるやつだよ」
「それならいいけど……」
「というか、オレさまのSNSくらいチェックしてくれよ」
「見てるしフォローもしてるわよ。確かに、見られて困る写真は載せてないみたいだけど」
「だろ?オレさまはその辺、ちゃんと考えてるからな」
「でも、キバナ君と違って私は一般人なんだから、あまり顔出ししたくないのよね」
「ルリナと一緒にたまにモデルの仕事もしてるやつは一般人じゃねぇよ。それより、溶けるぞ?」
「あ!そうだった!」

パフェとパンケーキを急いで写真におさめ、いただきますと手を合わせる。まずはストロベリーパフェ。スプーンひとさじ掬い上げて口の中に運び込むと、イチゴの酸味とバニラアイスの甘さが口の中一杯に広がった。ああ、幸せ。
ふと、目尻を下げて笑っているキバナ君と視線が合った。

「ほんっと幸せそうに食うよな」
「そういうキバナ君こそ、美味しそうに食べるわよね」
「食ってみる?」
「んー……辛いんでしょう?一口だけ」
「じゃ、オレさまにも一口くれよ」
「いいわよ」

一口ずつスプーンにとり、互いの口へと運ぶ。その瞬間。

「辛っ!」
「甘っ!」

同時に噎せ、同時に水を飲んで、同時に笑った。ずっと一緒にいる私達だけど、食べ物の好みはなかなか一致しない。

「クロエ、キバナ」

聞きなれた声に顔をあげる。そこには先程話にも出た私の親友であり、キバナ君と同じくジムリーダーの一人であるルリナが立っていた。
セットされた髪を見る限り、仕事……といってもジムリーダーではなくモデルの仕事帰りのようだ。今日のキバナ君もそうだけど、ジムチャレンジ以外の期間はジムリーダーはポケモンバトルに関する仕事が少ないので、別の仕事をしていることが多いのだ。

「ルリナ」
「よぉ」
「二人とも久しぶり」
「仕事帰り?」
「ええ。食事をして帰ろうと思ったら二人が見えたからお店に入ったの。ご一緒していい?」
「もちろん」
「ありがと。それにしても、相変わらずね」

テーブル下にあるカゴにバッグを入れて、私の隣に座りながら、ルリナは言った。なんのことか分からずキバナ君と同時に首を傾げると、ルリナは笑いながらメニューを開いた。

「相変わらず仲良いねって言ってるの。こんな誰が見てるか分からないところで『あーん』してるなんてね」
「だって……いつものこと、というか昔からしていることだし……ねぇ?」
「オレさまはルリナが言いたいことも分かるけど」
「なにそれ」
「ふふっ。キバナも大変ね?」
「まぁな。オレさまも人のこと言えたわけじゃないけど、公認はいえクロエはある意味オレさま以上に人目を気にしないからな」
「だから、なにそれ」

店員を呼んだルリナはシーフードパスタセットを注文した。オーダーを取りに来た店員が少し挙動不審ぎみになっていたけれど、無理はない。ナックルスタジアムとバウスタジアムのジムリーダーという、二大スターが揃っているのだから。
ガラル地方のポケモンバトルは一種のスポーツとなっているので、ジムリーダーやチャンピオンは一般人から何かと注目されることが多いけれど、この二人は特にスター性が高いのだ。片やSNSで大人気のインフルエンサー。片や超有名ファッションモデル。注目するなという方が無理な話だ。

「昔からこんな風に恋人同士みたいなことをずっとしてきて、よくちゃんとした恋人同士になったよね。なあなあな関係が続かなくてよかったと言うか」
「……?私は生まれたときからキバナ君と一緒で、一緒に成長してきたから、恋人になるのも結婚をするものキバナ君と、って思ってたわよ?」
「ぶっ!!」
「キバナ君、汚い」
「誰のせいだ、誰の。まぁ……オレさまも当たり前のようにそう思ってたし、これからもそうだと思ってるんだけどな」

口元をナプキンで拭いながらキバナ君は言った。彼が口にした『当たり前』という単語に心が少しだけざわつく。
ちょうどそのとき、ルリナが注文したメニューが運ばれてきた。ルリナは手を合わせたあと、シーフードパスタをフォークにくるくると巻き付けながら、呆れたように笑った。

「ほんと、二人と話していると恋人っていう定義が分からなくなりそう。ねぇ、改めて二人が恋人同士になったときのことを教えてよ。まだ二人とも食べ終えてないんだし、いいでしょう?」

私とキバナ君は世間でいう『恋人同士』。そして、キバナ君が言ったとおり、彼のファンやスポンサー、私達の友人や家族も公認だという。改めてその事実を反復すると、公認もなにも、キバナ君との関係は昔からなにも変わっていないのに、そう定義付けられることに少々違和感はあるけれど、別に悪い気はしない。むしろ、自然な流れだとさえ思う。生まれたときから今までも、これからも、私の隣にいるのはずっとキバナ君以外に想像がつかないからだ。
そんな私達がいつ『恋人同士』になったのか。それはキバナ君の口から語られ始めた。





2020.1.6


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