25.Together

ルナが投げるチャクラムが、ルカの剣を押し切り彼自身を裂く。体中のありとあらゆる場所から血を吹き出しながらも、ルカは戦うことを止めなかった。彼の中には今、愛する者を傷つけられたことに対する激情しか残っていない。

「バカだね、ルカは。感情に囚われて冷静な判断を失ったら、万に一つも勝ち目はないよ」
「!」

ルカの影が伸び、もう一人の彼となった。ルカの影はルカ自身を羽交い締めに拘束した。手首をとられ、彼は剣を落としてしまった。

「さようなら。私の太陽」

ルカの喉元にねらいを付けて、ルナはチャクラムを投げた。しかし。

「!?」

ルカの足下から突然現れた壁が、チャクラムを弾いた。戻ってきたチャクラムをキャッチしながら、ルナは舌打ちした。ルカの属性による能力でないことは明らかだった。光の属性にこのような使い方は出来ない。だとしたら、他にこの場にいるのは。

「‥‥これが目的だったの」

壁が砕けて現れたルカは、笑っていた。彼の背後には、杖を構えたアリスが立っていた。ルナから受けた傷は、跡こそ残っているものの動ける程度までに回復していた。

「水使い。体に含まれている水分を操り、治癒力を高める。へぇ、きみのメイドはなかなか高位の属性使いだったんだ。感情的になっている不利をして、私を自分に引きつけて、彼女が回復する時間を稼いだ、と」
「それだけじゃない」

アリスは不思議な形状をした杖の先を、宙に絵でも描くかのように動かした。彼女が描いたのは、鋭く尖った槍だった。アリスの想像は創造されて実体化する。槍は何十と分裂し、それらは一斉にルナへと飛んでいった。それらを避けながら、ルナは笑う。

「噂には聞いていたけど、初めて見たよ。想像を創造させる力。でも、その力を使うには集中しないといけないのが難点だね」

ルナは手を床についた。その瞬間、アリスの影が伸び、彼女を拘束した。アリス自身の影が、彼女の首を締め付ける。

「あ……っ!」
「これで集中できないでしょう?」
「……いい、え」
「強がりを」
「私の、本当の創造は……完成している。ルカ様が、お時間を作ってくださったから」
「……なにを」
「直径1,392,000 km、半径6.96 ×108 M、表面積6.0877 ×1012 km2、体積1.411 ×1027 m3、質量1.9891×1030 kg、密度 1.411 g/cm3、表面重力 274 m/s2、相対表面重力 27.9 G、脱出速度 617.7km/s、光度 L:3.85 ×1026 W、表面温度 5,778 K、中心温度 15.7 ×106 K、輝度 3.846 ×1026J/s。組成、水素 73.46 %、ヘリウム 24.85 %、酸素 0.77 %、炭素 0.29 %、鉄 0.15 %、ネオン 0.12 %……」

不可思議な数字の羅列がアリスの唇から紡がれる。その数字が示す意味を理解したとき、ルナはまさかと思った。微かに、彼女の表情に焦りが見えた。

「……まさか」

その瞬間、ルカは自身から眩い光を放った。ルカを捕らえていた影も、アリスを捕らえていた影も、光にかき消される。太陽の化身ともいうべき存在であるルカが、夜にここまでの力を使うことが出来ないのはルナ自身よく知っている。しかし、確かにルカのテラーは先ほどとは比較できないほど上昇しているし、逆にルナのテラーはそれに反比例して減少しだした。外を見てみても、夜明けが訪れたわけではなかった。しかし、ルナが、まさか、と恐れた物体がそこにあった。

「太陽……!」

バベルの上空に、月と対峙するように浮かんでいるのはプラズマの集合体。すなわち、太陽だった。本物の太陽とは比べものにならない大きさだが、アリスが創造した人工太陽は確かに本物と同等の力を持っており、それがルカの力を取り戻させた。

「……恐れ入ったよ、メイドのお嬢さん」
「ルナ。決着をつけよう」

ルカは片手をつきだして、そこに光子を集めた。大量の熱と光が、ルナに向けて放出される。ルナは自身の目の前に冷たい影の壁を作り、光を飲み込んだ。光が勝つか、影が勝つか、勝敗は十数秒後についた。光の矛が、闇の盾を突き破り、ルナ自身を飲み込んだ。

「ルナ!」
「ルカ様」
「大丈夫だ、アリス」

アリスを制止し、ルカはルナに近付いた。瓦礫に半分埋まるように背を預けているルナは、虚ろな目でルカを見上げた。

「ルナ」
「……結局、正しかったのはきみだったって事か」
「……僕もさっきまではそう思ってた。でも、違うんだ。僕もルナも、どちらも正しくて、どちらも間違ってる。文明は進化しすぎても滅びる。でも、いつまでも過去に囚われたままでもいけない。バランスが大切なんだと思う。今、フィラ・デル・フィアに必要なのは調和だ」
「……」
「もう一度、共に国を導こう。確かに、僕もルナも違う正義を掲げて対立してきた。でも、国を想う気持ちだけは同じだったんだ。きっと、昔みたいに手を取り合える」

ルカが差し出した手をじっと見つめ、その数秒後、ルナは彼の手を握りしめた。まるで、何かから解き放たれたような穏やかな笑みを二人は浮かべていた。バベルの上空では、太陽と月が寄り添うように浮かんでいた。
トン、と静かな空間に着地音が響いた。ガラスが割れ、風が流れ込んでくる場所に、アサヒに肩を貸した小狼が立っており、その向こうにはエアカーに乗ったレンとファイがいた。ルナは全てを悟り、息を吐いた。

「アサヒ」
「……ルナ、すまない」
「いいよ。負けたのは私も同じ。でも、これが終わりじゃない。始まりなんだ。だから、アサヒにはこれからも私の隣にいてほしい」
「……愚問だ」
「ありがとう」

おかえり、お疲れさま、ありがとう。全ての気持ちを込めて、ルナはアサヒを抱きしめた。そして、ルカとアリスも、互いの手を取って新たに誓いを立てていた。

「アリス。本当にすまなかった。きみに辛い思いをさせて」
「ルカ様……」
「きみがいなければ、僕はここに立っていられなかったし、ルナと和解することも出来なかった。全部きみがいてくれたお陰だ。ありがとう」
「そんな、もったいないお言葉です……私の全てはルカ様のものです。ルカ様のために、私はここにいるのです」
「だったら、僕の願いを聞いてくれるか?」
「願い?」
「ああ。出来ればきみの意志で、これからもずっと、僕の隣にいてほしい。僕の一番の理解者として、そして、一人の女性として」
「!」
「信頼できる部下という以前に、きみは僕の一番大切な人だから」

目に涙を浮かべながらも、アリスは微笑んでしっかりと頷いた。そんなアリスを、ルカはそっと抱きしめた。
ファイとレンも、エアカーからバベルに降りたった。レンはどこか遠い目をしている。

「なに?私たちアウェイな感じ?」
「オレ達もやるー?ぎゅーって」
「そういうのいいから。で、戦うの?……なんて聞くまでもないわね。この場にいるのは四組。ゲートを通過できるのは三組」

レン達はそれぞれ武器を構え、戦闘態勢に入った。ルカとアリス、そしてルナとアサヒは、自身のテラーを一気に放出させた。しかし、それは攻撃のためのものではなかった。光と闇、水と雷、対をなす属性達が混ざり合い、オーロラのように美しい波を作りながら、この空間を包む。

「貴方達は……」
「僕達はここで戦いを終えるよ。元々、僕は国を在るべき姿へ導くためにバトルロイヤルに参加したんだ。でも、ルナと和解できた今、それも必要ない。僕達は僕達の力で国を導く」
「私も、まぁね。当初の目的は必要なくなったわけだから」
「ルナの目的も僕と同じだったのか?」
「……まぁそんなところにしといて」

それどころか殺そうとしていたなど言えるはずもなく、ルナはわざとらしく目を逸らした。四人は最後までテラーを使い切り、光に包まれてサイバースペースからログアウトした。小狼達それぞれのモニターに、四人がゲームオーバーになったというメッセージが流れる。その時、扉が開いてアオイがフロアに飛び込んできた。

「シャオラン!」
「アオイ。よかった。無事だったか」
「ないの!」
「え?なになに?」
「どうしたのー?アオイちゃん」
「バベルの最上階のどこのフロアにも、ゲートがないの!」
「まさか、ゲートがあるのはここじゃないのか?」
「でも、バベル以外に、思い当たる場所なんて」

そのとき、全員のモニターにメッセージが流れた。『スペシャルミッション。次のステージへ続くゲートを隠した『アンノーン』を探せ。ミッションをクリアできない限り、サイバースペースからログアウトすることはできない』。

「え……?」
「なに?このとってつけたようなミッション」
「でも、クリアしない限り先に進めないならやるしかないよねー」
「まずはそのアンノーンを見つける必要があるのか」
「その必要はないわよ」

ねっとりとした女の声が聞こえてきた瞬間、小狼達の体は宙に放り出されていた。









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