20.Bond

「なんだ……!?分裂、した?」

戦いを第三者の視点で見ていた黒鋼の目には、そう映った。レン達と戦っていたゼロの周囲にダイヤモンドダストのような細かい氷に粒が集まったかと思うと、それらは形を成しもう一人の『ゼロ』となって現れた。そして、ゼロが操っていた両刃剣を柄の部分から切り離し、自身の武器として持ち、ファイ達と対峙したのだ。
『ゼロ』が剣を振りかざすと、宙に浮いている無数の氷柱が一斉に小狼へと襲い掛かる。ファイは気を失っている小狼を担ぎ、氷の壁を召喚しながら逃げ惑うしかなかった。反撃する暇を与えない程、『ゼロ』の攻撃は凄まじく、荒々しかった。

「なんだ、あの分身は……本体と全然性格が違うじゃねぇか」
「でも、彼も確かにゼロ君です」

モニターから目をそらさずに、ルイが言った。

「ゼロ君は普段から少し変わった部分があったんです」
「変わった部分?」
「はい。二重人格、と言えばいいでしょうか。彼は普段から感情を抑えている部分がたびたび見られました。でも、負の感情が限界を超えると、ああやって荒々しい一面を持つ彼が現れていたんです。僕達は『裏ゼロ』って言ってたんですけど」
「完全な二重人格だな。そりゃ」
「だから、あの戦い方はその名残だと思うんです。氷の分身を作り出して、自分の負の感情を投影し、もう一人の自分として戦わせる」
「なるほどな。しかし」
「ええ。すごく強いでしょう?彼があの顔を見せるのは、たいていユイに何かがあったときでした」

モニターに映っているユイは、気を失ってこそいないものの、未だにダメージが回復していないのか、ハンマーにもたれかかったまま、『ゼロ』が戦う様子をぼんやりと眺めている。

「ゼロ君はユイをとても大切にしてくれているんです。僕から見てもわかるくらい。だから、ユイを傷つけた貴方の仲間たちを、ゼロ君は必ず倒すでしょう」
「どうだかな」
「……でも」
「あ?」
「僕もまだまだですね。ユイ達と、貴方の仲間たちと、戦ってほしくないなんて」
「……それは俺も同じだ」
「え?」
「両方が無事に戻ってきてくれたら良いと、思ってた」
「……どちらかが、ボロボロに傷ついて……最悪、命を落として……戻ってくるんですね」
「そうだな……」
『いい加減、楽になったら?』

モニターからゼロの声が響いた。

『早く死んでよ。ユイを傷つけたんだから、死ななきゃ気が済まない』
『そう、死ねと言われて、易々と、死ぬわけには、いかないんだよね……っ!』
『ボロボロの状態で言われても説得力皆無だね』

氷のような嘲笑を浮かべたかと思うと、ゼロは剣を天へと振り上げた。すると、ファイ達の頭上に巨大な氷の塊が出現した。

『ユイの願いの邪魔はさせない』

剣を振り下ろすと、巨大な氷の塊は支えをなくしたかのように宙を落ち、ファイ達を押し潰した。ルイは息をのみ、黒鋼のこめかみを冷や汗が伝った。

『死んでないんだ?』

『ゼロ』の背後ではゼロと戦っている双方のパートナーが未だ生きている。ゲームからログアウトしていない。ということは。

『おれ達にも……譲れない願いがある』

氷の塊が真ん中から真っ二つに割れた。押し潰される瞬間、意識を取り戻した小狼が刀を振り上げて、氷の塊を斬ったのだ。

『大切な人達ともう一度会うために……おれは死ねないし、負けられない』
『それはこっちも同じ。ユイの為に、負けられない』
『ねぇ、キミはユイちゃんが本当に大切なんだよね?だったら、まずはこのゲームに参加すること自体を止めるべきだったんじゃないのかな?』
『……ひょっとして、ユイの願いが本当にあれだと思ってるの?』
「え?」

ゼロの発言に、ルイも首を傾げた。彼女はユイの願いを前々から聞かされていた。一生林檎が生り続ける木が欲しいですってお願いするんだ、とゲームに参加すると決めてからユイは口を開けばそればかり言っていたからだ。彼女の林檎好きは幼少時からのことだったし、ユイの能天気な性格も双子の姉として嫌というほど知っていたので、ユイの願いに何の疑問も抱かなかった。

『林檎が生り続ける木が欲しいって言ってなかったっけー?』
『……本当にそう思ってたんだ?』
『じゃあ』
『ルイのためだよ』
「え……っ!?」
『姉様は』

ハンマーを体の支えにして、ユイがゆっくりと立ち上がった。

『姉様は生まれた時から霊が見える目を持っていた。この世界で霊は存在を否定される異質なもの。そのせいで、姉様はずっと周りから蔑まれて生きてきたんだよ。こんな目がなければいいのにって、姉様、何度も泣いてて、自分で自分の目を刺そうとしたことだってあった』

黒鋼はルイの肩に手を置き、ぐっと握った。ルイは、一瞬ビクッと肩を震わせたものの、モニターに映るユイから目を離さなかった。ユイの言葉を聞き漏らすまいと、耳を傾けた。

『だから、テラーを持たない姉様の代わりにユイがこのゲームに参加して、勝つの。勝って、マザーにユイの本当のお願いを叶えてもらうの。姉様が本来持って生まれるべきだった目をください、って』
「……ユイっ!僕の、ため、だったんですね……僕の……っ」

ルイの眼帯の下から、一滴の涙が頬を伝い落ちて行った。支えておかないと崩れ落ちてしまいそうなルイの肩を、黒鋼はもう一度強く抱きしめた。ユイは焼けた手でハンマーを握り、痛みに顔をしかめながらも、瞳の奥には力強い炎を宿している。

『だから負けないよ!!!』

全てを燃やし尽くすような灼熱の炎が、ユイを中心にして渦を巻く。ユイを守るためのフェイクだった『ゼロ』の役目は終わり、熱に存在をかき消された。遊具までもが高温に融解していく。この炎に触れれば、火傷では済まない。炎の渦から四方八方に放たれる火柱を避けながら、小狼は思考を巡らせた。これでは近付くことすら敵わない。
トン、ふと誰かと背中合わせになった。アオイだった。アオイもまた本物のゼロ相手に苦戦しているようだった。攻撃をすれば分厚い氷の盾に防がれ、届かない。

『アオイ。勝機はあるか?』
『あの氷の盾を破ることが出来れば』
『そうか……』
『ねぇ、シャオラン』
『なんだ?』
『なんでゼロとユイは別々に戦ってるんだと思う?』
『?おれ達が二組だからだろう?それ以外に……』

そこまで言うと、小狼は目を見開いた。アオイが言わんとしていることが伝わったからだ。二人はこくりと頷き合うと、またそれぞれの相手に向かっていった。
アオイはナイフと右手に握り、高く振りかざした。それが放たれるであろうと予測したゼロは前方に氷の盾を作り出したが、アオイはナイフを振りかざしただけではなってこなかった。正しくは、振りかざしたナイフの先に光を集めただけだった。ゼロが剣を握る手とは逆の手で目を覆ったときはすでに遅く、彼の目は光にやられて一時的に機能が低下した。

『シャオラン!』

アオイが叫んだと同時に、ゼロは体の右側に強い引力を感じた。剣を握る右手を中心に、強い力で何者かに引き寄せられていく。その先には小狼がいた。そこで、ゼロは引力の正体に感付いた。磁力だ。雷の属性を持つ小狼が磁力を操り、ゼロの剣を自身の方へと引き寄せているのだ。何が目的かは分からない。しかし、小狼の意図を理解した時、ゼロは反射的に剣を投げ捨てた。これで、磁力に囚われることもない。
すぐそばまでゼロを引き寄せていた小狼は、刀を振りかざしてゼロに斬りかかった。ゼロはいつも通り氷の盾を作ろうとしたが、氷が形を成さない。それはなぜか、自身の頬を伝い落ちる大量の汗が答えを物語っていた。ユイが生み出す炎の熱が、ゼロの能力を殺しているのだ。

『貴方達は分かれて戦わないとそれぞれ最大限の力を出せない』
『っ』
『パートナー同士、絆は強くても属性相性が悪かったな』

小狼の刃が、ゼロの心臓を突いた。同時に、炎の渦が解けて中からユイが姿を現した。彼女もまた、ゼロが刺された場所と同じところから血を流していた。

『ユイちゃん』
『えへ……負けちゃっ、た……勝ってね。ユイ達の分まで』

『No.Z051815、No.S250115180114によりゲームオーバー。それに伴い、パートナーのNo.Y2109、ゲームオーバー』という文字がモニターに現れた瞬間、ルイはモニターを投げ捨てて走り出した。黒鋼もすぐにその後を追ったが、彼女がどこへ行こうとしているか想像はついていた。

「ユイ!ゼロ君!」

ユイとゼロは無事にリアルワールドへと戻ってきた。ルイはボロボロと零れる涙を拭いもせずに、ユイへと抱き着いた。

「ふみゃっ!!!」
「ユイ!ユイ!!」
「ね、姉様痛いよー!心臓がまだズッキズキする……」
「知りませんそんなこと!」
「ヒドイよー」
「馬鹿です!本当に、ユイは大馬鹿者です!僕の為に……こんなに痛い思いまでして……っ!」
「あ、そっかぁ。姉様も放送見てたんだよね。忘れてた……ごめんね、姉様」
「いいです……っ、ユイが、ユイが生きていてくれるだけで、それだけで……っ、何も、いらないです……っ」

いつの間にか、ユイまでも泣いていた。姉妹が抱き合ってわんわんと泣く姿を、ゼロは少し離れた場所から申し訳なさそうに見つめていたが、ルイの呼びかけに目を見開いた。

「ゼロくん……っ」
「え?」
「ずっと、ユイのことを守ってくれて、ありがとうございました」

自分のせいでユイまでゲームオーバーとなった。それを責と感じていたゼロだったが、ルイの言葉に少しだけ笑顔を見せた。そして、彼らの耳に館内放送が届く。『サードステージの条件クリア。現在の生存者はフォースステージへ』と。








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