21.Skyscraper

けばけばしく光るネオンのライト。空を突き刺すようにそびえる摩天楼。その間を幾重にも架かるハイウェイ。地上の光にかき消されて、星は見えない。ただ、青白く不気味に輝く満月だけが、天で己の存在を主張している。
小狼は一瞬、サイバースペースからログアウトしてしまったのではないかと不安を覚えた。次のステージへと進んだ先が、真夜中のリアルワールドと酷似しているからだ。
しかし、彼の隣にはパートナーであるアオイがいるし、ファイとレンもいる。どうやら、ここが次のステージで合っているらしい。
それぞれのモニターに、伝達が届く。フォースステージ『真夜中の摩天楼』。リアルのフィラ・デル・フィアと酷似したこの世界でのミッションは。

「『摩天楼の頂上を目指せ』だって」
「……この空間の最も高い場所に、次のステージへと進むゲートがある。それを見つけ出し、フォースステージをクリアせよ」
「えーっと、尚、次なるステージに進むことが出来るのは三組のみである……えー」
「……いきなり、絞られるな」

現在、フォースステージまで進むことが出来たペアは何組いるのか、小狼達には知る術がない。しかし、三組という数字がとてつもなく厳しいクリア条件であるということは分かる。小狼とアオイ、そしてファイとレン、これだけで二組なのだ。もし、一組でもゲートを通過するペアが現れたら、通過枠に余りがなくなる。今回のミッションは、一刻の猶予も許されない。
弾かれたようにアオイが走り出した。彼女を追いかけるように、小狼達も後を追った。ここはリアルワールドに酷似した世界だ。ならば、この世界に住むアオイは、どこがこの空間で最も高い場所であるか、想像がついているだろう。

「アオイ。どこに行けばいいか、分かるか?」
「ええ。飛行機なんかで行ける場所を除いて、フィラ・デル・フィアで最も高いとされている場所は、あそこ」

アオイが指差したのは、彼らが現在いるハイウェイより遥か遠くにある建物だった。数キロと離れた場所にあるであろうというのに、それは圧倒的な存在感を醸し出し、天に向かってそびえ立っている。その頂上は雲に突き刺さり、見えない。まるで、地上と天空を繋ぐ橋のようだ。しかし、アオイはその先に、ゲートがあると言う。

「あれは……」
「確か、バトルロイヤルの会場になっているビルじゃない?」
「そう。タワー・オブ・バベル。私達はバベルって呼んでいるけど、あれが、この世界で最も高い建物」
「改めて見ると、頂上が見えないよねー。良く倒れないなぁ。あれって何階建てなの?」
「聞きたい?」
「やめとこうよ、ファイ。なんか挫けそうだから」
「だねー。でも、走って向かっていたら、誰かに先を越されちゃいそうだよ」
「それなら」

小狼が突き出した掌から、バチリ、と電気が弾けた。すると、宙を飛んでいた無人のエアカーが磁石で引かれるようにハイウェイへと降りてきて、自動的に扉が開いたのだ。

「小狼君、やるう!電気で動いているものまで操れるのね!」
「ああ。でも、引き寄せることは出来たけど、これ以上は複雑で、どう操作すればいいか」
「私がやる」

自ら運転席に飛び乗り、アオイはモニターを叩いた。このエアカーには、ピッフル国で乗ったドラゴンフライに付いていたようなハンドルはない。アオイがモニターにアルファベットと数字の羅列を打ち込むと、エアカーは浮上し、バベルに向かって進みだした。

「目的地の座標を入力すれば、勝手に進んでくれるの。もちろん手動でも運転できるけど、自動運転の方だと勝手に最短ルートを選んでくれるから」
「便利だな」
「ええ。ただ、これだとスピードの調整が出来ないから、突発的な事故に対応しにくいっていうのがあるのだけど」
「んー、じゃあ、手動運転ってやつに切り替えた方がいいかもー」
「え?」
「やっぱり、考えることはみんな同じってことね」

このエアカーに屋根はついていない。なびく髪をおさえながら、ファイとレンはエアカーが走る方向とは逆方向を向いている。彼らが乗るエアカーが宙を走るあとから、三台のエアカーが競うようにスピードを上げて走ってきているのだ。サイドミラーでそれを確認したアオイは、すぐさま運転を自動から手動に切り替えて、ピアノを弾くようにモニターを叩いた。すると、エアカーはすぐさま時速100キロを超え、それからも速度は見る見るうちに加速していく。安全な最短距離に設定されていたルートも、変わった。背後から迫るエアカーに乗っている者達が放つ銃弾や、氷の刃、かまいたちを避けるため、ハイウェイの下をくぐり、ビルを旋回しながら、バベルを目指す。風にかき消されないよう、レンは声を張り上げた。

「アオイちゃん!運転は任せたから!」
「ええ!」
「よーし!ここはオレ達で何とかするよ!小狼君!」
「ああ!」

小狼は車体を蹴り、地上数百メートルの宙に飛び出した。自殺行為ともいえる行動に、敵の動きは一瞬だけ止まった。その隙をつき、小狼は自身の体と敵が乗るエアカーの間に磁場を作り出す。すると、小狼の体は磁石のようにエアカーへと引き付けられた。エアカーのボンネットに着地した小狼は、電気で動いているそれに容赦なく、膨大な電圧を叩き込む。エアカーは飛行機能を失い、ただの箱になってしまった。乗っていたプレイヤーと共に、エアカーは地上へと落下していく。小狼は、磁場を使って近くのビルに張り付き、他の二人の戦いを見守った。
ファイはエアカーに残ったまま、武器である笛を吹き、セルシウスを形成した。一体だけではなく、二体、三体まで作り出したところで、再び笛を吹き彼らに指令を出す。セルシウスたちは、翼を羽ばたかせて氷柱を降らせたり、氷の牙で噛みついたりして、敵のエアカーを墜落させた。
残るエアカーは一機だ。レンも小狼と同じく、宙に飛び出した。そして、数十メートル下に架かるハイウェイ目掛けて水を放射し、反動でさらに高くまで上昇した。敵はレンを追ってエアカーの進路を上に向け、座席から身を乗り出し、銃を撃つ。レンは銃弾が届く前に体全体を水の膜で覆い、それを緩衝剤にして銃弾の威力を殺した。仕返しだと言わんばかりに、水の膜から細いレーザーのようなウォーターガンを撃つ。それは、敵のエアカーを貫通し無数の穴を車体に開けた。このエアカーも、あとは落下するばかりだ。
レンが落下する前に、アオイは彼女の真下までエアカーを走らせた。レンが後部席に着地したところで急旋回。次に、ビルに張り付いている小狼の真横を駆け抜ける。再び、小狼は磁場を使ってエアカーに戻って行った。

「うんうん!ナイスコンビネーションだったわね!」
「それは良いんだけどさ、二人ともお願いだから心臓に悪い行動はしないでよ。見ているこっちがハラハラするんだからー」
「いいじゃない。何とかなったんだし」
「良くないよー」
「それより、ほら、近付いてきたわ」

バベルはもう目の前まで迫っている。アオイはエアカーの進路を上へと向けて、一気に頂上を目指そうとした。しかし。

「!?」
「え?なにー?なんだかバチバチ言ってない?」
「どうしたの?アオイちゃん。というか、火花散ってない?」
「運転出来ない……モニターを叩いても何の反応もないの」
「え?それってまずいんじゃないの」
「ものすごく」
「えー?なんでいきなりー?小狼君の属性にあてられたわけじゃないよねー?」
「いや、おれは何もしていない。恐らく……近くに雷属性を持つプレイヤーがいて、その妨害か」
「ダメ!爆発する!」
「「「!?」」」

切羽詰まったアオイの叫びを聞き、小狼はとっさにテラーを働かせた。エアカーを自身の電気の力で無理やり動かし、進む方向を変えたのだ。過度な電力が加えられ、暴走状態に陥ったエアカーは、バベル目掛けて一直線に飛んでいく。バベルのガラスを破り、中に侵入した直後、エアカーはけたたましい音を立てて爆発した。
小狼のとっさの判断によりバベル内部に強行侵入したことで、彼以外の雷属性を持つ何者かの干渉により制御不能となったエアカーの墜落からは免れた。その代りに、落下の衝撃ではなく爆炎に包まれることとなってしまった。しかし、数秒の判断でファイが氷の卵を作りだし四人それぞれの体を覆い、さらにその内側にはレンの力で水が満ちた。二重のクッションに守られた四人は、爆炎の中、なんとか生き長らえた。

「死ぬかと思った……今度こそ死ぬかと思ったよー……」
「さすがにヒヤッとしたわね」
「すまない。とっさに、これしか方法が思いつかなくて」
「ううん。シャオランがそうしていなかったら、たぶん、空中で爆発していて、みんな助からなかった」
「アオイ……ありがとう」
「さあて、っと」
「これからは、自力で頂上を目指すしかないみたいね」

レンの言葉に、小狼とアオイは深く頷いた。そして、今一度それぞれの武器を握りしめ直し、この摩天楼の最上階を目指すのだ。








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