19.Emotion

落ちる、落ちる、落ちていく。鉄が叩き込まれた体はみしみしと嫌な音をたてたが、レンは何とか宙で体を反転させ、ファイの首根っこをひっつかみ、反対の手で地上目掛けて水を放出した。水が緩衝材となり落下速度は落ち、二人が地に衝突しても死にはしなかった。しかし、全身を強く打ったファイは眩暈を覚えながらゆっくり立ち上がった。

「あいたた……完全に油断してたねぇ」
「小狼君とアオイちゃんは」

バチリ、レンの背後で電気が弾ける音がした。振り向くと、そこにはアオイを肩に担ぎ、反対の手足を街頭の柱にくっつけて、衝突を免れている小狼がいた。そのまま、彼は重力に逆らい、柱を伝うように歩きながら地上に降り、アオイを下ろした。

「ありがとう、シャオラン」
「あー、なるほど。小狼君は電気の属性を得たものね。金属とかにくっつけちゃうんだ」
「ああ」
「オレも小狼君に助けてもらいたかったー」
「次に何が起きてもファイは絶対に助けない」
「あー、冗談。冗談だってー」
「軽口はそのくらい、だっ!」

小狼は、壊れたゴンドラの瓦礫を磁力で持ち上げると、それを思い切りユイに向かって飛ばした。すると、ユイはひらめいた!とでも言うような表情で笑い、巨大ハンマーを構えた。それを大きく振り回すと、巨大ハンマーに当たった瓦礫は速度を増して、小狼達のところに落下した。全員が散り散りになって避けたが、ユイはさらなる攻撃を仕掛けてきた。

「ねぇ!ゼロ!いい考えを思いついちゃった!氷出して」
「……いいよ」

ゼロは空気中の水分を凍らせ、直径一メートルほどの氷の塊を作り出した。それを、ユイは先ほどの要領で飛ばしていく。当たれば怪我では済まない。巨大な氷の礫は、絶え間なくレン達に降り注いだ。

「楽しい!これって、やきゅー?みたい!ほら、昔流行ってた遊び!」
「ああ……そういうのも、あったね」
「っ、そろそろ、反撃させてもらうよー」

ファイは地面に片手をついた。すると、目の前に鋭い氷柱が出現し、ユイが飛ばした氷の礫を貫き、壊した。しかし、二人の攻撃はそれだけではなかった。

「!?」
「ファイ!」

氷の中に隠されていた炎が、ファイの目の前で爆発した。レンはすぐさま、ファイの頭上から水をかけたが、大事には至らなかったもののファイの服や髪は一瞬で焦げてボロボロになってしまった。

「あー、もう、オレなんかこんな役ばっかりー」
「油断なんてするからよ」
「って言いつつ、やっぱり助けてくれたんだー?」
「だ、だって、ファイがゲームオーバーになったら私まで道連れじゃない」
「来るわ!」

アオイが強く叫んだ瞬間、二人に大きな影が落とされた。頭上を見上げると、先ほどの何倍にも大きくなったハンマーが、振り下ろされようとしているところだった。それは何とか避けることが出来たが、また次がすぐに振り下ろされる。逃げ惑う四人からは見えないが、ユイが楽しそうにはしゃいでいる声は聞こえた。

「これも、昔ゲーセンにあった、なんだっけ?」
「モグラ叩き」
「そう!それみたい!えーいっ!」
「「!」」

小狼の頭上に、ハンマーが落ちた。彼が立っていた場所は粉々に砕け、ハンマーの下に潰された小狼の生存は絶望的かと思われた。しかし、ユイがハンマーを持ち上げたとき、そこに小狼の遺体はもちろん、影すらもなくなっていた。

「え?なんで?だって、今……」
「あれはアオイが作り出した幻影だ」
「「!」」
「雷帝招来!」

電撃が、ユイとゼロが立っている氷柱を崩す。氷柱の崩壊に巻き込まれながらも、二人は何とか着地した。これで、イーブン。否、人数が多いだけ、レン達の方が優勢だろうか。それでも、ユイもゼロも、狼狽えたりはしなかった。

「えっと、確か会場に来るまで一緒になってたよね?」
「うん!ユイだよ!こっちはゼロ!」
「……どうも」
「なんというか、あえて自分たちの倍いる私達にバトル仕掛けなくてもいいじゃない」
「関係ないよ」
「え?」
「関係ない」

声色を変え、ユイが静かに言い放つ。彼女の瞳に、先ほどまで浮かんでいた明るさはなかった。戦う者の、目をしている。

「このステージのクリア条件は、今いるプレイヤーを半減させること。ユイ達には今、何人が生き残っているのか分からない。だったら、勝つためには数を減らすしかないもん。それが……どんな相手でも!」

ユイの背に、炎の翼が現れた。それを羽ばたかせると、飛翔こそしなかったが、炎の球が何十にも連なり、ファイと小狼に襲いかかった。ファイが氷の盾を作って防御を図るも、氷と炎だとどちらに分があるかは一目瞭然だった。

「あっちは、色々と不利みたい」
「そうね。でも、こっちだって助ける余裕はないわよっ!」

レンは強く踏み込み、ゼロに接近した。武器であるナックルを装備した拳を叩き込もうとすると、ゼロの持つ二本の剣の片方の柄に止められる。不意を突いて回し蹴りを繰り出すと、ゼロを守るように現れた氷の柱に止められる。ゼロの背後に回り込んだアオイがナイフを飛ばしたが、彼に突き刺さる前にそれは凍りつき、地に落ちた。ゼロはまるで、石ころでも見るように冷え切った目で、二人を見ていた。

「どこを狙ってるの?」
「あー……ゼロくん、だっけ。この子、どっかの誰かさんより氷属性の使い方がうまいわ。サイバースペースで戦い慣れてる」
「全身から常に冷気を放出させて、いつでも氷の盾を作り出せるようにしてる。この守りを突破しないと、勝てない」
「そうね。じゃあ、氷の盾と水の鉾、どっちが強いか、勝負と行こうじゃないの!」

レンの掌から、水が勢いよく噴射された。それを、ゼロは分厚い氷の壁を作って止めた。水は速いスピードで氷を削り、貫いていく。しかし、完全に貫く前に、ゼロは抉られた壁に冷気を足し、壁を復元させていく。どちらも一歩も譲らない。この状態を打破すべく、最初に動いたのはレンだった。

「っ、別に、ウォーターカッターだけが攻撃方法じゃないのよ!」
「!」

水の噴射を止めたかと思った次の瞬間、ゼロは全身を水に飲み込まれた。強大な水滴の檻、というべきだろうか。別に、この攻撃がゼロの身を貫くでもないし、押し潰すでもない。ただ、確実に生命力が失われる一つの要因がある。酸素だ。

「あんまりやりたくなかったけど、窒息死っていう手もあるのよ」
「ううん。まだ、終わってないみたい」

アオイは小さく首を振った。ゼロを包んでいる水滴が、中心部から急速に固まって行っているのだ。数秒ほどで、それは水ではなく、氷の塊に変化した。そして、それを内側から割り、ゼロは外に飛び出した。

「水を凝固させて自分のテリトリーにしたところで、危機を免れた……?」
「……ユイの願いの、ジャマはさせない」

氷のように冷たい声で、ゼロは静かに言い放った。

一方、ユイの炎による攻撃はまだ続いていたが、一方的な攻撃に変化が起きようとしていた。火の玉の嵐で二人が動けなくなっているところに、ユイはハンマーを振り下ろしたが、それに押し潰される直前で小狼がテラーを発動させ、磁力を使ってハンマーを押し返した。しかし、ユイにとってはそれもが囮だった。ハンマーに隠れて二人に接近していたユイは、何故か、全身でタックルするようにして小狼に抱き着いた。

「っ!?」
「燃えちゃえー!」

ユイの全身から、大量の熱が放出される。火柱は高く燃え上がり、ファイを襲った時以上の熱を持つ炎が小狼を飲み込んだ。

「小狼君!!」
「あぁあ゛、あ゛……っっ!!!」

力を振り絞り、小狼は全身から放電した。吹き飛ばされたユイは、放り出されたハンマーの近くに倒れこんだが、彼女もまた全身に火傷を負ってしまった。相撃ちかと思われたが、アオイもゼロもまだ生きている。ということは、小狼とユイもまだ息はあるということだ。もちろん、長いこと身を焼かれていた小狼の方が重傷だ。気絶した小狼に駆け寄り、ファイは冷気で火傷を冷やそうとした。しかし、二人の間に出現した氷柱により、それは阻まれた。

「っ!?」
「ユイを傷つけた……?」

ファイは目を疑った。ゼロが、二人いたからだ。一人のゼロは、変わらずに冷めた表情でレン達の相手をしている。しかし、現れたもう一人のゼロは、剣の先をファイに向けて荒々しい表情をしていた。

「本気で殺すよ。おまえ」

宙に何十と出現した鋭い氷柱の切っ先は、全て小狼に向いていた。









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