18.Get back

回る、廻る、クルクルまわる。ファイとレン、そして小狼とアオイが乗った観覧車は、軋みながら空へ昇っていく。

「観覧車なんて久しぶり。この遊園地。結構廃れてるけど、動くアトラクションもあるみたいね」
「だね。観覧車で上まで上がれば、周りの状況を掴みやすいと思ったけど、この辺に人はいないみたいだねー」
「ええ。ただ、戦いの痕跡はたくさん残っているけれど」

空から見下ろせば、地上からでは分からなかった現状が分かることもあった。ジェットコースターのレールは途中で切断され、メリーゴーランドは屋根から押し潰されており、水上アトラクションの水が赤黒く濁っている。遥か遠くでは、雷が煌めいたり、火柱が昇ったり、轟音が重々しく響いたりしている。
現在、プレイヤーが何人残っているか分からない現状の中で、残っている者達は自分以外のプレーヤーを減らすことに必死だった。プレーヤーの数を何人まで減らすのか分からない。それに、定められた制限時間さえも伝えられていない。プレイヤーたちは、いつタイムオーバーになるか分からない現状に気を張りながら、出くわすプレイヤーと戦いを重ねていくことしか出来なかった。
小狼とファイ達二組も、出くわすプレイヤーを容赦なく退けてきた。戦いになれば、もちろん周辺に損傷が出る。激しい戦いになればなるほど、だ。その中で、小狼はアオイの様子をずっと気にかけていた。サイバースペースでの身体能力やテラーはもちろん、彼女は心も強かった。戦いを見ていても、強い意志を持って参加していることが伝わってきた。
しかし、彼女の中に微かな痛みが垣間見える時が、ある。それは、このステージそのものが破壊された時だった。セカンドステージでミヤビ達と戦った後、彼女は荒れ果てた庭園を見て、目を伏せ悲痛な声を絞り出した。その理由を、小狼は知っている。彼女のパートナーになった時、ある約束を交わしたからだ。
小狼は、正面に座って窓の外をぼんやりと眺めているアオイに向けて、口を開いた。

「このゲームの舞台を、なるべく壊さないように戦う」
「「ん?」」
「!」
「パートナーになった時にアオイと約束したことだ」
「そうなの?」
「……シャオラン」
「おれはアオイに、おれがこのゲームに参加している訳も、経緯も、話した。アオイも、おれに話してくれた。それを、この二人にも話してくれないか?」
「……この二人には関係ない」
「でも、何も知らないままだと、二人は周りを巻き込んで戦う。普通の参加者は、周りの被害なんて関係ないからな」
「……」
「良く分からないけど、アオイちゃんは周りの物を壊して欲しくないってことなのかな?」
「確かに、ちょっと気になってたのよね。戦う強い意志は感じる。でも、アオイちゃん、たまに哀しそうな顔してるの」
「!」
「自分では気付いてなかった?」
「……想い出を壊されたくない。それだけよ」
「想い出?」
「……」

アオイは目を伏せて、言葉を探しているように見えた。小狼とパートナーを組んでいる限り、彼の仲間であるファイとレンとも行動を共にすることになるだろう。それならば、話していた方が良い事もあるかもしれない。小狼は言わんとしていることももちろんだが、それ以上に、アオイ自体がフェアではないことを嫌う性格でもあるからだ。自分は彼らの事情を知っている。しかし、彼らは小狼を除き自分のことを知らない。
行動を共にするのであれば、話しておく必要があるのかもしれないと、アオイは結論付けた。こんなゲームの中でも、否、だからこそ、信頼出来る関係を持っておくことが必要かもしれないから。

「……今回のバトルロイヤルのステージに、何か違和感を感じなかった?」
「あ、それは感じたよ。フィラ・デル・フィアって電脳都市と呼ばれるくらい科学技術が発達している都市だし、サイバースペースも電子の集合体って感じの空間だけど、バトルロイヤルのステージはどちらかというと、今より少し文明が遅れた世界をイメージしている気がした。遅れてると言っても、他の国よりは進んでいるけど。古い屋敷とか、本物の花が咲く庭とか、この遊園地とか」
「そう。今回のバトルロイヤルは、十年程前のフィラ・デル・フィアを舞台にしているの。急速にサイバースペースが普及する前の、ね」
「なるほど。だから、今よりちょっとレトロな感じがするわけね」
「でも、それとアオイちゃんと、何か関係があるのかな?」
「あるわ。ファーストステージの館。あれは、十年前まで私が住んでいた館だった。セカンドステージは、住んでいた館の庭。サードステージのこの遊園地は、小さい頃によく父や祖母から連れてきてもらった場所」
「「!」」
「今回のバトルロイヤルは私の記憶をもとに作られているの。今までのバトルロイヤルもそう。みんな、私に関連のある内容だった」
「「……」」
「どうして?って顔してるわね……だって、バトルロイヤルの中枢にあるテラーの集合体であるマザー。あれは元々私のテラーだから」

アオイの家は元々、強大なテラーを持つ者が多く生まれる血筋だった。嫁いできた母のテラーは平均的だったが、その血を受け継ぐ父のテラーはかなりのもので、それを生かし現在のサイバースペースを構築する仕事に就いていた。そして、幸せな二人の間にアオイが生まれた。
しかし、アオイは生まれた時から父以上の、否、この国の誰よりも強大なテラーを持っていた。それこそ、赤ん坊の体におさまりきれない程のテラーは、器である体に負荷をかけるほどだったため、生まれてすぐアオイは集中治療室に運ばれた。

「持って生まれたテラーに体が追い付いてなかったみたい。このままだと、テラーに押しつぶされて死ぬって言われたわ」

アオイの両親は友人である医師に、どうか我が子を救ってほしいと願った。医師もそれに応えるために、一つの可能性を出した。それは、いったんアオイの体からテラーを取り出し、テラーの宿り場に余裕がある母親の体に移すということだ。そして、アオイの成長を待ち、再びテラーをアオイに戻す。
しかしそれは、逆に母親の命を危険にさらすことになる賭けだった。アオイのテラーは母親の体すら押し潰してしまう恐れがあった。それほどまでに、強大なテラーだったのだ。父親は自分の体に、と医師に申し立てたが、父親はすでにかなりの値のテラーを所持しているため、アオイのテラーを移したら確実に命を落としてしまう。
結局。母親の体にテラーを移すことになり、実際、それには成功した。しかし、強大なテラーは母親の精神を奪い、アオイの母親は命こそ落とさなかったが、深い眠りに就いてしまった。

「今、母は病院で隔離されて眠っているわ。父は私が物心ついたころから仕事で別の国に行っている。私はリアルワールドにある小さな家で、祖母と一緒に暮らしている」
「待って。アオイちゃんが成長したら、テラーはアオイちゃんに戻されるんじゃなかったの?そうすれば、お母さんも目覚めるんじゃ……」
「そうよ。だから、7歳になった日に、テラーを移動させてくれた医者に会いに行ったわ。母を預かっているのも彼だし。でも……」

医師はアオイを母親と会せなかった挙句、テラーをこのままにしておこうといった。その真意がなんなのか、その時のアオイに知る術はなかったが、テラーが自分に戻らないことよりも、母親が目覚めないということの方が重くのしかかった。祖母が何度、国に訴えかけたか分からない。しかし、相手は医者の中で最高地位を確立している医師だった。全て、もみ消された。

「それからよ。サイバースペースが急速に普及し、バトルロイヤルなんてゲームが始まったのは」
「それって」
「そう。私の母を目覚めさせなかった理由。全部、私のテラーを好きに使うためだったの」
「このこと……お父様は?」
「知らない。父には、まだ私の成長が足りないからテラーを戻せないみたいって伝えてあるから。でも、この国の成人年齢である17歳にはって父は思ってる。だから」
「お父様に余計な心配をさせないためにも、アオイちゃんは自分の力でテラーを取り戻し、お母様を目覚めさせるために、バトルロイヤルに参加した、ってこと」
「そう。ちなみに、私のテラーを母に移したこの国の最高医師は、バトルロイヤルの主催者。アダムよ」
(……うわぁ、レンレンの顔)
(あの人……この世界でも好き勝手して……)
「これが全部。私が戦う理由。でも、貴方達は何も気にする必要はない。自分の戦う理由を貫いて優勝を目指せばいい。最も、同情で意志が揺らぐような人は、勝ち残れな……」

ふと、窓の外に目を向けたアオイは、目を見開いた。何か巨大な、鉄板のような円状のものがこちらに迫ってきている。気付いた時にはすでに遅かった。それが叩きつけられた小狼達が乗るゴンドラは破壊され、全員が宙に放り出された。落ちていく途中で見たのは、高い氷柱の上に立って巨大ハンマーを担ぐユイと、隣に立つゼロの姿だった。








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