17.Reason

黒鋼が視線を落としている小型モニターに、新たなステージが映し出された。サードステージ『堕ちた遊園地』。その名の通り、巨大な遊園地が、次に小狼達が挑むバトルの舞台となるのだ。
このステージでのミッションは、制限時間内にプレイヤーを現在の半分に減らすこと。制限時間内にクリア出来なければ、全員がこのステージでゲームオーバーとなる。勿論、未だセカンドステージやファーストステージにいる者は制限時間内にサードステージに来なければ無条件でゲームオーバーとなる。
しかし、参加者には現在残っているプレイヤー数が分からないばかりか、制限時間さえも知らされていない。そんな状況でゲームに勝ち残りたいなら、最良の道はただ一つ。出くわすプレイヤーを倒し続けることだ。逃げも隠れもせず、ほかのプレイヤー同士が殺し合うだろうという他人任せの考えを捨てて、自ら動くのだ。

小狼達がサードステージに突入して、今日で二日が過ぎた。その間、彼らはパートナーと共に出くわすプレイヤーを倒し続けた。他のプレイヤーにいつ襲われるかも分からない、一瞬の気も抜けない緊張感の中、ただ勝利することだけを考えて戦い続ける彼らの顔には微かに疲労の色が浮かんで見えた。
疲労しているのはプレイヤーだけではない。プレイヤーの友人、恋人、家族など、彼らの身を案じる者たちは、一睡もせずに戦いの行方を見守っている。彼らは、スポーツ観戦をするような気分でゲームを見ているような人々とは違う。ゲームと言えど、未だ死人は出ていないと言えど、これは生死をかけた戦いなのだから。

(あいつらは交代で睡眠をとってるな……ということは、サイバースペースでも時間の感覚はあるようだな。それだけが、まだ救いか)

ステージ上にある巨大モニターには、22-25-59という数字が映し出されており、それは一秒ごとに22-25-58、22-25-57と変化している。そう、これがサードステージの制限時間。不正を行っていないことを証明するため、リアルワールドでのみ表示されているのだ。残る時間は、あと一日もない。

(見ている側だからこそ分かることもある。分かるからこそ、歯がゆく感じることもある、か)
『おおおおっ!No.E2205がまた一組を倒しましたー!すごいですねー!パートナーの手を借りず、ほぼ一人で次々とプレイヤーを減らしていってますー!初出場とは思えません!』
(……また、か)

巨大モニターに映っているのはNo,E2205と呼ばれた金髪の女性だった。掌についた血をぺろりと舐めて、彼女は心底楽しそうに笑った。
会場にある巨大モニターには、主催側が見どころと感じているバトルの様子がリアルタイムに映し出される仕様になっている。小狼達とミヤビ達の戦いの様子も映し出された。
その中で、NoE2205という女性はよく画面に登場している。それは、彼女が積極的にバトルを仕掛けているからである。他のプレイヤーを容赦なく倒し、非道に笑う姿は、リアルで観戦している人々からも様々な意味で注目されている。

「あの女と戦うような場面になることは、避けてぇな」
「そう、です、ね」

自分の小型モニターから顔を上げようとしないルイを見て、黒鋼は溜息を吐き、ルイの服の首根っこを掴み、そのまま背後に引っ張って半ば無理やり椅子に座らせた。

「にゃうっ!」
「なんだその声は」
「ク、クロガネさんがいきなり引っ張るからですっ!いきなり何を」
「しばらく休んでろ」
「何を言ってるんですか!ユイ達はずっと戦っているのに、僕だけ休んでなんか」
「おまえ、自分の顔色分かってるか?真っ青だ。まだ戦いは続く。それに、後半になるにつれて戦いは激化していくだろう。その時を見守りたいなら、今のうちに休んでろ」
「……でも」
「おまえの妹たちに何かあったらすぐに知らせる」
「……わかりました」

ルイは自分のモニターを黒鋼に渡し、背もたれに身を預けた。ルイの眼帯に隠されていない方の瞼が閉じたことを確認すると、黒鋼は二つのモニターを並べて、三組のペアの行方を見守った。

「……」
「……」
「クロガネさん。ユイは大丈夫ですか?」
「休めって言ったろうが……」
「休めとは言われましたが、眠れとは言われていません」
「屁理屈女め」
「何とでも言ってください」
「つか、まだ一分も経ってねぇよ。何も起きるはずねぇだろ」
「そうですけど……」
「本当に大切なんだな。妹のこと」
「そりゃあ、たった一人の双子の片割れですから」
「あいつにはゼロとやらがついているだろう。セカンドステージで無事に合流したみてぇだし」
「ゼロ君は強いし頼りになりますけど、ユイは後先考えずに突っ走ることがあるんで、いくら冷静なゼロ君が傍にいてもフォロー出来るかどうか……」
(まあ、それは分からなくもねぇが)
「本当に、ルイは馬鹿です。林檎をずっと食べたいからって、そんな願いのために命をかけるなんて。それを手伝うゼロ君も馬鹿です。二人して大馬鹿者です」
「……まあ、それが本当の願いだとしたら、確かに大馬鹿者だがな」
「え?」

黒鋼の言葉の意味を理解しかねたのか、ルイは首を傾げた。

「どういうことですか?」
「……お前も大概妹を心配してるようだが、妹の方もおまえのことかなり慕っているように感じた」
「?」
「それなのに、お前が泣きながら行くなと言っているのに、本当にそんな自分の欲望の為だけに妹は行くのか?」
「……ユイの林檎好きは異常ですから、否定はしかねますけど」
「そうかよ。それなら、ゼロの方を考えてみろ」
「ゼロ君を?」
「ああ。林檎を食いたいからって願いの為だけに、ゼロは自分の大切な者を戦わせるのか?止めないのか?むしろ、戦いに加勢するのか?」
「……」
「何か理由があるんじゃねぇのか?ゼロさえ納得させた、この死のゲームに参加するような理由が」
「……」
「……喋りすぎたな。寝ろ」

黒鋼は自分が着ていたジャケットをルイに投げかけた。それを素直に受け取ったルイは、上半身にジャケットをかけて、そっと目を閉じた。それでも、考えてしまうのは双子の片割れのことばかりだった。








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