16.Scar

「話は付いたみたいだねぇ」

ファイが投げかけた言葉に、ミヤビは言葉を返そうと微かに口を開いたが、同時に口を開いたレンの言葉に覆いかぶされた。

「いいよ。何も言わなくていい。これはバトルロイヤル。このステージのミッションは一組のペアを倒すこと。そっちは二組。こっちも二組……やることは決まってるでしょう?」

その場にいる全員がレンの言葉の意味を理解しただろう。その証拠に、全員が自身の振るうべき武器を構えた。小狼は刀を、ユナは弓を、ファイはセルシウスを、ウィリアムは槍を、レンは拳を、ミヤビは扇を、アオイはナイフを、シュードは大鎌を。戦うべき相手と、対峙した。

「まさか本当に戦うことになるとは思わなかったよ。ユナ」
「私もよ。シャオラン」
「あれー?そっちも知り合いなんだ」
「これも必然、か」
「そうね。偶然なんてない。私達は戦う運命だったってこと」
「でも、必然だって選べる」
「……」
「そうだ。必然の先をどう進むかはオレ達次第だ」

全員が、一斉に地を蹴った。

「「「「「「「「バトルスタート!」」」」」」」」

ファイとレンが戦うことになったのは、ユナとウィリアムだった。レンが近づいて体術を仕掛けようとするが、ウィリアムが使う槍のリーチ相手にはなかなか分が悪い。ファイのセルシウスが加勢しようとしたが、遠方からユナが放った風の矢がセルシウスの体を壊した。

「槍に弓、ね。リーチがあってなかなか近付けないわね」
「セルシウスを囮にさせる?何度壊れても大丈夫だし。それか何体か一気に作り出して」
「そんなことして、ファイのテラーがいつの間にか尽き果てたらペアになったこっちまでゲームオーバーになっちゃうんだから」
「そんなヘマしないよ、っと」

ウィリアムが高く飛び上がり、その勢いのまま二人がいる場所に向かって槍を投げつけた。ファイとレンは散り散りとなってそれを躱したが、地に着地した瞬間、体勢を崩してしまった。足元がおぼつかない。地面が、揺れている。

「地震!?」
「レンレン!上!」

風に乗って宙に浮かんだユナが、狙いをレンにつける。弓のみを構えているかのように見えたが、ユナが弦を手放した瞬間、矢が飛ぶように風が生まれ、一瞬でレンのもとに届く。寸前で避けて何とか致命傷は避けたものの、風はレンの左肩を切り裂いた。地面は未だに揺れている。

「いったー……っ!もう、すぐに再生はするけど痛覚はあるって言うのに、っ!?」

セルシウスの相手をしていたウィリアムが、槍を地面に突き刺した。そこから発生した地割れが、ジグザグにレンの方へ進んでいく。レンのもとにたどり着いた瞬間、地面が、さらに大きく開いた。

(地面が割れた!?)

体が一瞬にして浮遊感に包まれる。下には真っ暗な闇が広がっている。レンを飲み込もうと、大口を開けている。その闇へと、レンの体が、落ちていく。
しかし、数メートルほど地割れに落下したところで、それは止まった。レンの足元に氷の足場が出来たからだ。割れた地層を繋ぎ合わせるように架けられた氷の橋が、レンの命を繋いだ。レンは氷の橋に向かって掌を向け、そこから水を勢いよく発射させて、地割れから脱出した。地上ではファイが、冷や汗をかきながらもほっとしたように笑っていた。

「セーフ」
「し、死ぬかと思った……!」
「ほら。オレがいて良かったでしょー?」
「全く。調子がいいんだから……今度はこっちから行くわよ!」

レンの右掌に小さな渦が生み出された。右手を前に突き出せば、先ほどレンが使った水以上の速さで、水流がレーザーのように宙を進む。それを避けたユナとウィリアムの背後にあった石像の首が、一瞬で破壊された。さらに、まるで剣でも振り下ろすかのように水流を上から下へ振り下ろすと、石像の体は真っ二つに裂けた。切断された面はまるで陶器のように滑らかだった。

「どう?水だってけっこー切れ味いいでしょ?」
「ウィリアムさん、下がっててください!」

凶器となった水に、ユナが立ち向かった。ユナは両手を前に突き出すと、そこに風を集めた。掌から楕円を書くように、風はユナ達の背後へと流れていく。そこに水流が触れれば、風流に流されて軌道を変えるか、厚い風の壁に阻まれて弾けてしまった。
レンとユナが二人だけで戦いを始めてしまった隣で、ファイとウィリアムは苦笑を浮かべながら対峙した。

「あはは。お互い彼女が男前だと立場ないねぇ」
「全くだ。でも、正直女の子を相手にするのは気が引けてたから、ちょうどいい」
「よく言うよ。地割れで挟み込もうとしたくせにー」
「まだまだだ。これからが本番。やっと本気で戦える」
「その言葉、そっくり返すよ」
「どうかな?」
「!」

地割れを起こした時のように、ウィリアムが槍を地面に突き刺した。すると、ファイの足元の地面がまるで沼地にでもなったかのように泥濘だした。さらにはそこに波が生まれ、歩くどころか立っていることすらままならなくなってしまった。

(地面の硬度まで変えられるのか……でも、足場がないなら作ればいい)
「!」

ファイはタイミングを見計らってジャンプして、噴水の水を凍らせそこに着地した。そして、空気中に含まれている水分を一瞬にして凍らせて、いくつもの氷柱を作り上げた。鋭く尖った先が狙うのは、ウィリアムの頭だ。テラーを使って氷柱を飛ばし、まるで雨のように上から降らせる。

二組の戦いがここまで激化する少し前、もう二組の戦いも始まっていた。闘志を取り戻したミヤビは閉じた扇をアオイへと向け、にやりと笑う。

「アオイって言ったっけ?さっきの分まで倍にして返すから!」
「……」

アオイは指先に本物のナイフをはさみ、周囲には幻影のナイフを浮かせた。それを、一斉にミヤビへと飛ばせる。幻影の中に混じる本物の凶器を見分けることは、不可能に近い。そう、思われた。しかし。

「消えろ」

闇が幻影をかき消した。シュードの武器である三日月のような大鎌が振り下ろされると、その場に闇が生まれ、光を遮った。

「……闇使い」
「光が闇を切り裂くか、闇が光を飲むか。決めるのはそれぞれの強さだ」
「……」

シュードの影が伸びて、巨大な影となり光を飲む。アオイはナイフをぎゅっと握った。そのナイフは、彼女がファーストステージで得たものではなく、彼女が元々持っていたそれだった。そのナイフの先に、光を集める。ナイフの刃ではなく、光で、闇を裂く。

「アオイの相手はシュウさんかぁ。じゃあ、私は貴方」
「ずいぶんと好戦的だな」
「うふふ。元々私、戦うこと嫌いじゃないもの。それに、今の私には新しい願いが出来た。ユナやシュウさんの願いを叶えるって言う願いが!」

暴風をまとい、ミヤビは宙に浮いた。空中から攻撃を仕掛け、相手の技を食らうことなく勝利に持ち込むつもりだった。しかし、眼下を見下ろしたミヤビは目を見開いた。小狼もミヤビの後に続き、宙を目指してきたからだ。

「!」
「悪いが、おれも飛べる」
「電磁力の応用ってわけね。でも、風使いみたいにうまくは飛べないんじゃない?」
「そうだな。でも」

空に雷雲が集まり、小狼が手を振り上げると同時に、雷が落ちてきた。しかし、それはミヤビを逸れて誰もいないところに落ちた。

「どこを狙っているの?それだけの威力も当たらないんじゃ」

ミヤビの言葉は続かなかった。大きな風が、雷が落ちた場所から風が生まれ、ミヤビが纏う暴風ごと彼女の体を吹き飛ばしたからだ。

(落雷の余波で私の風を打ち消した!?)
「もらった!」

刀を握った小狼はそれを振りかざし、ミヤビの方へ飛んで行こうとした。しかし、何故か体が動かない。テラーが使えなくなっているわけでもない。現に、先ほどは雷を発生させることが出来た。ならば、何故。

「くっ!どうして……!」
「シャオラン!下!」

小狼は反射的に下を見た。そこには、浮いている自分自身の影がある。そこに、何か光るものが見えた。ガラスの破片が影に突き刺さっている。それに闇のテラーが宿っていると気付いた小狼は、電気を放ってガラスの破片を吹き飛ばした。すると、小狼の体も再び動くようになった。地面に降り戻った小狼はアオイと合流して、ミヤビとシュードと対峙した。

「影を地面に縫いつけて動きを封じていたのよ」
「助かったよ。アオイ。有り難う」
「……貴方に倒れられたら私が困るから」
「そうだな。ペアの脱落は自分の脱落にも繋がる」
「私は必ず優勝する。例えいつか貴方と戦うときが来ても」
「ああ。おれもだ。だから」

刀とナイフ、それぞれの先を二人へと向ける。

「「勝つ!」」

ナイフが飛んでくると直感したミヤビとシュードは反射的に構えたが、その瞬間にはすでに、ナイフは二人の体を貫通してアオイの元に戻っていた。二人はよろよろと後ずさると、背中合わせになってその場に座り込んだ。

「電気を本物のナイフにまとわせて、音速以上で飛ばしてきたのか……さすがに避けられなかった」
「……負けちゃった。でも、一緒だから怖くない……ユナ達は?」

ミヤビはもう一組が戦っている方向に視線を向けた。そこで繰り広げられていた戦いにも、終止符が打たれていた。ユナとウィリアム、二人の体が足元から凍りついて行っている。氷化はすでに体の三分の二まで進んでいた。もう、これ以上は動けないし戦えないことを悟ったウィリアムは、まだ動かせる唇でユナに話しかけた。

「ユナ。また他の方法を探そう」
「ウィルさん」
「俺は諦めない。ユナが、みんなと心から笑える場所に立てるまで」
「……ありがとう」

そして、小狼とアオイ、ファイとレンのモニターに『No.Y211401、No.W091212090113、No.M0925010209、No.S25210414、ゲームオーバー』の文字が映し出された。







リアルワールドに戻ったウィリアムとユナは、思い体を引きずるようにしながら会場を後にした。ユナは両手で腕を抱きしめるようにしながら、カタカタと歯を鳴らしている。

「ボロボロだけど、何とか生きてるな」
「というか寒い……!あの金髪さん、カッチカッチにしてくれちゃって……」
「この程度の影響で済んでよかった方だ。まだ、リアルでの死者は出てないようだが」
「ユナー!」
「ミヤビ」
「ごめんね、ごめんねっ!」
「ああもう。気にしてないから抱きつかないで。貴方達ナイフ刺さってたでしょ?シュードさん。ミヤビと一緒に医務室に行ってください」
「それを言うなら、お前達もだな」

シュードが二人の背中をとんっと叩くと、二人は顔をひきつらせた。医務室の場所を受け付けのアンドロイドに聞いているミヤビに聞こえないように、小声で話す。

「ミヤビから受けたダメージ、完全に回復してるわけじゃないだろう?」
「……バレてたか」
「シュードさん」
「わかっている。ミヤビには言わない。やっと笑ってくれたんだからな」
「みんな!医務室は下の階だって!」
「ええ。今いくわ」

揃って会場を出た四人を、待っている人物がいた。黒鋼とルイだった。二人と四人は何の面識もない。少なくとも、ゲームを見ていた黒鋼達は四人のことを知っているだろうが、四人は黒鋼達のことを何も知らない。ただ頭に疑問符を浮かべるだけだった。

「貴方達は……?」
「何でも願いを叶えられる店を知っている。次元さえ越える力で、ありとあらゆる願いを叶える奴を知ってる」
「「「「!」」」」
「ただし、願いを叶えるには対価が必要だ。ある者は大切な者の記憶を対価に、ある者は大切な者との関係性を差し出した。お前達にその覚悟はあるか?」

それはユナとウィリアムに向けられている言葉だと、すぐに二人とも理解した。そして、悩む素振りなどみじんにも見せずに、二人とも強く頷いたのだ。

「あの」
「ん?」
「……僕、この左目の力で霊が見えるんです。もしかしたら貴方の願いのお手伝いが出来るかもしれません」
「!」
「あ……や、やっぱり信じられませんよね。気持ち悪いですよね……」
「そんなことない。頼む。力を貸して欲しい。オレの為にも、ミヤビの為にも」
「……シュウさん」

固く強い意志を見せたシュードに、ルイは静かに微笑みかけ、はい、と静かに頷いたのだった。







『No.S250115180114、No.A1509、No.L0514、No.F0125、セカンドステージクリア』。四人の体が光に包まれて消えていく。次のステージに移動する予兆だ。今から去るこの場所を、アオイは最後にぐるりと見渡した。壊れた石像、めくれ上がった石畳、折れた花、濁った水。戦いは美しいこの庭に爪痕を残した。

「これ以上……思い出を汚さないで」

絞り出すように呟いたその声を、小狼だけが聞いていた。








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