06.Sun

(どうしよう、怖いよぅ……)

ファイとレンが慌てふためいてモコナを探している頃、そのモコナはというと、ワープパネル付近にある人工木が生えた公園の隅に身を隠していた。

(ファイのお洋服のポケットでうたた寝してたら、落っこちちゃったよぉ……)

ファイがワープパネルに乗る前からすでにそこにいなかったモコナは、レンを連れて帰ってくるであろうファイを今か今かと待ちわびていた。
人はみな街の中心部に集まっているので公園に人気はないが、誰もここを訪れないとも言い切れない。この国の人間に見つかってしまえば即刻殺されてしまう。その事実が、暗がりにたった一人でいるモコナをさらに怯えさせた。

そのとき、ワープパネルの一枚が光った。誰かがそこにワープしてきたのだ。モコナは期待から身を乗り出したが、現れた人影を見てまた慌てて身を隠した。
ワープしてきたのは男女一組ではあったが、ファイとレンではなかった。男の方は背が高く金髪だがファイのように猫っ毛ではなくさらりと流れるような髪質のようだし、何よりも目が赤かった。女の方はレンよりも若干背が低いようで、しかも容姿が全く違う。チョコレートのような濃い茶髪と灰蒼の瞳を持った、穏やかな雰囲気の女性だった。

(ファイとレンじゃない……でも、どうしたんだろう。男の人、具合が悪そう……あ!こっちにくる!)

男女はモコナが隠れている公園へと歩いていく。男の具合が悪いのか、彼は女の肩に手を回してややぐったりした表情をしている。女はというと、かなりの長身である男から半ば覆い被されるようにしながら懸命に歩いている。どうやら、モコナが隠れている人工木の隣にあるベンチを目指しているらしい。

「あ、あの、大丈夫ですか?ルカ様」
「……ああ」
「もう少し、ですからね……」
「すまない、ありす……」

どう考えても大丈夫とは思えない男──ルカの声を聞き、女──ありすは肩を上下させながら急いだ。二人がベンチまでたどり着くと、ありすはすぐにルカを座らせて、スカートのポケットからメモ用紙とペンを取り出した。

「気分はいかがでしょうか……あ、何か飲まれますか?」
「水を……」
「かしこまりました」

どうやって水を手に入れるのだろう、とモコナは首を傾げた。公園に自販機のようなものは見あたらない。サイバースペースにアクセスすれば買えるであろうが、それをする様子もない。
モコナが考えているうちに、ありすはメモ用紙にペンの先を走らせた。彼女が描いたのは水が入ったグラスの絵だった。そしてありすが目を閉じたその瞬間、彼女の掌に光が集まり、そこに絵と全く同じ水が入ったグラスが現れたのだ。幻影ではなくそれは間違いなく実在している。ありすがルカにグラスを手渡せば中の水は揺れたし、それをルカは飲み干して見せたのだから。

「はぁ……」
「大丈夫、ですか……?」
「ああ。ありがとう。少し落ち着いた」
「よかった……」
「しかし、情けないな。君を食事に誘っておいて、体調を崩すなんて」
「いえ、気になさらないでください。ルカ様の一族はみなさま、太陽が沈んでいる間はテラーや免疫といったものが弱まることは存じていますし、特に今宵は満月ですから」
「すまない」
「本当に気になさらないでください。私はルカ様と一緒にお出かけ出来ただけでも……ぁ」

ありすは口を噤んで黙り込んだ。暗がりでも分かるように頬は真っ赤である。今し方二人を見たモコナでも、ありすがルカに対して想いを寄せていることが分かった。そして、それはルカも同じである。ルカはありすに、自分の隣に座るよう促した。

「しかし、君の能力は本当にすごいな」
「いえ、そんなことは……」
「そんなこと、ではないさ。想像を創造させる力。どんなに強いテラーの持ち主でも持てないよ、そんな力は。高名な技術者が何十年とかかって開発するような機械も、君が想像できれば一瞬で創造出来る」
「そ、そんなことは無理です……!それに、この力って結構不便なんです。創造させたいものの細部までイメージしないと完全なものは出来ません……たとえば先ほどの水も、グラスの形から水の色や味まで正確にイメージしないと不完全なものが出来上がってしまいます」
「それがまた面白いよな。君はそのイメージを固めるために絵を描くんだから」
「は、はい……絵は、好きです。自分を一番表現できる方法ですから。アナログなんて時代遅れなんですけど……」
「いや、CGよりも水彩画なんかの方が趣があって良い。ありすの絵も、僕は好きだよ」
「……も?」
「!」

ありすが首を傾げる隣で、今度はルカが赤くなる番だった。全くじれったい、とモコナは思った。同時に、二人を見て少しだけ安心した。この国にも二人のように素直な感情を表せる人がいるのだ、と。誰かのために笑える人がいるのだ、と。

「……ルカ様は私の恩人です」
「恩人だなんてたいそうなものじゃないよ」
「いいえ。この力があればどんな犯罪も不正も出来る……そう考えた政府は私を閉じ込めて国のためだけに力を使うように命じました……でも、国の権力の一角である太陽の一族のトップのルカ様が、私を保護下に置いてメイドとして居場所を与えてくださったから、私は太陽の下で自由に生きていられるんです……ありがとうございます」
「だって、おかしいだろう?人を閉じ込めて、まるで機械のように文明発達のためだけに生かすなんて……それが許せなかった。それに……」
「……ルカ、様?」

ルカはありすの頬に手を伸ばし、まるでガラス細工にでも触れるかのように優しい手つきで触れようとした。しかし、ふと目を細めると、腰に差していた光線銃を抜き、人工木の根本に向けた。

「さっきからそこにいるのは誰だ?」
「え?」
(!)
「テラーの波動で、いるのは分かっている。出てこい。月の刺客か?」
(どうしよう!)

居場所はすでにバレている。ならば、隠れても無駄だとモコナは思った。銃で撃たれるのが先か、捕まえられて処分されるのが先か。どちらにせよ、最悪のシナリオは避けられない。
考えているうちにモコナはとうとう泣き出してしまった。その啜り泣く声が聞こえてくると、ルカはありすを背に庇った状態で前進した。光線銃はいつでも引ける状態にしてある。一歩、一歩、近付くに従ってその存在がとても小さなものであることを知り、モコナの姿を目に映すと二人はそれを最大まで見開いた。

「ルカ様……!」
「ああ。ロボットじゃない。人間以外の魔法生命体だ……」
「う、うたないで。モコナ、何もしないから、おねがい……」
「!しかも喋れるのか……かなり知能が高いんだな」
「貴方はモコナって言うの?」
「うん」

こくり、モコナは頷いた。そして、何かがおかしいと思った。ルカは銃の引き金を引かないし、ありすはモコナのことをとても優しい声で呼び、そっと両手ですくい上げたからだ。

「きゃっ!」
「怖がらないで。大丈夫だから」
「ああ。僕達は君を捕まえたり殺したりしないよ」
「え……?だって、この国は」
「ああ。人間以外の魔法生命体は処分すべきだと考えている。でも、そんなのおかしいだろう?命ある君たちを殺してテラーを奪い、命なきロボットにテラーを与えて可愛がるなんて。魔法生命体の大半は人間との共存を望んでいたのに、人間に危害を及ぼす存在になるなんて、いったい誰がそんな馬鹿げたことを考え出した?」
「……」
「おかしいだろう。僕はその概念を打ち砕きたい。文明に頼ってばかりだと世界は破滅に進む一方だ。だから、僕はバトルロイヤルに参加する。優勝して文明の発達をいったんストップさせ、君達と人間が昔のように共存出来る世界を作りたい」
「バトルロイヤルに……参加するの?」
「ああ……そのために、彼女まで巻き込んでしまうことになったけれど……僕の父のせいで」
「確かに、ルカ様のお父様から、力を使いルカ様をお守りするよう申し付けられましたが、きっとそうじゃなくても、私は私の意志で参加を決意したと思います……ルカ様をお守りするために」
「……僕も、絶対に君を死なせない。約束する」
「…‥」
「君は一人?仲間はいないのか?」
「モコナは……あ!」

ありすの手の中でモコナは声を上げた。先ほどルカ達が来たワープパネルが光り、そこからファイとレンが現れたからだ。モコナはすぐさまありすの手から飛び降り、ぴょんぴょんと跳ねながらレンの胸に飛び込んだ。

「レン!ファイ!」
「モコナ!」
「よかったぁ。無事だったんだね」
「うん。モコナ、ポケットから落ちちゃったの」
「もう、気をつけなきゃ。何事もなかったから良かったものの」
「うん。ごめんなさい」
「危ない目に遭わなかった?誰にも見つからなかった?」
「うん!平気……あ、でも」

モコナは公園の方を振り返った。そこにルカとありすの姿はなく、人工木が風でかさかさと葉を揺らしているだけだった。

「どうしたのー?」
「……ううん。なんでもないよ」
「そう。じゃ、帰りましょう。今度は落ちないように隠れててね」
「はーい」

ファイのコートのポケットに潜り込みながら、モコナは二人のことを思い浮かべた。またどこかで会えると良い。出来ればバトルロイヤル以外の場所で。もう一度、二人の笑顔が見たかった。









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