天国と地獄



「海水が溜まっている道があったでしょう?わざわざあんな所にあるって事は、アレを使ってここを突破するって事だと思うんだけど」

「え、汲んで来ないとダメ?」

「まさか、ちゃんと仕掛けがあるはずよ」


エマは岩壁をペタペタ触ったり、時には押してみたり、色の違いを観察した。
しかし思ったような仕掛けは見当たらない。
ため息をついてベポを見ても、ベポは首を傾げてつぶらな瞳を向けてくるだけだ。


「困った」

「息止めて突っ走っちゃダメかな」

「先が暗くてどれくらい距離があるかも分からないし、止めておいた方がいいと思うわ」

「うーん、それもそっかぁ」

「何かヒントになるようなもの、ないかしら」


エマは道の端にある岩に腰かけ、こめかみを抑えて唸った。


「ベポ、どこ行くの?」

「もう少し前の道探してみる。エマは海水の中歩けないもんね」

「そっか、海水で隠れてる可能性もあるのか。論外すぎて思いつかなかった…ベポ、お願いできる?」

「アイアイ、任せて!」


良い返事が返ってくると、段差を降りたベポの足元で水しぶきが小さく上がった。
水の中では足手まといにしかならないエマは、段差近くに移動してしゃがみ、ベポの事を見守る。


「あ」

「ん?」


ガコンッ


「あ!?」

「え!?」


ズウゥゥゥン―――


二人が声を上げたのとほぼ同時に、突然大きな地鳴りがして洞窟内で揺れが発生した。
パラパラと小石が落ちてきて、エマは咄嗟に頭を庇いながらベポの名前を叫んだ。
しかし暗闇の中からは、ベポの叫び声と地響きだけが聞こえてくる。
洞窟が崩れてしまっては宝を探す所の騒ぎではなくなってしまう。

もう一度ベポの名を呼んだところで、揺れと地鳴りがやっと治まった。


「ベポ!ベポ大丈夫!?」

「大丈夫だよ!それよりエマ!こっちきて!」

「え、無理よ!だって海水が……、あれ?」

「無くなっちゃった!全部穴の中に吸い込まれちゃったんだよ!」


ベポの言葉に首を傾げながらも、たしかに先ほどまで溜まっていた海水が見当たらない。
段差を降りベポの元に駆け寄ると、その足元にはぽっかりと穴が空いており、時折ゴポリと音を立てて海水が泡を噴いた。


「排水溝…?」

「歩いてて、何か踏んだな〜と思ったらいきなり音がして、揺れてると思ったら今度は穴が空いて……」

「すごいわベポ!能力者の私には一生見つけられなかったかも!」

「えへへ、そうでしょ、そうでしょ?」


エマの言葉に気分を良くしたベポは、後頭部に手をやりながらニマニマと満足そうに笑みを浮かべていた。


「きゃあ!」

「ぶわっ!!」

「べ、べぇッ!なんだ!?海水!?」


「この声……」

「イッカク達だわ。どうやら成功したみたいね」


エマとベポは洞窟内で反響した仲間達の声を聴いて、ぽふ、とハイタッチをした。
さて、仕掛けはどのようにして動いたのか。
エマは仲間達に悪いと思いながらも、どこかそわそわしながら小走りした。


「……なるほど、こうなってたのね」


「エマ!どういう事だよこれ〜〜!!」

「女は!?ボンッキュッボン!!の女は!どこ行った!?」

「イッカク、大丈夫?」

「ええ、平気」

「「オレ達の事は!?」」

「何よ、元気じゃない。気分はいかが?」

「いい夢見た〜〜〜〜〜〜」

「……エマ、お前顔は可愛いよ。ボリュームはちょっと足りないけど」

「あら、まだ寝ててもいいのよシャチ?もう一生起こしてあげないけど」

「しゃ、しゃあッ!先を急ぐか!」

「というか、私達気を失っていたのよね?何が起きたの?」

「あ、うん。説明するね」


イッカクの疑問にエマとベポは簡潔に説明していく。

ベポが踏んだスイッチにより、出現した排水溝の中へと吸い込まれた海水は、作動した仕掛けにより上へと吸い上げられ、ユメミソウが咲いている場所に大粒のシャワーとなって降り注いだのだ。
ユメミソウが完全に海水に浸かった事により花粉が飛散せず、催眠効果が切れた3人が目を覚ましたという流れだ。


「いや、切れたっつーか、溺れてたっつーか……」

「おれ、鼻がいてェ」

「この方法しかなかったのよ、仕方ないじゃない」

「とにかく皆無事だったんだし先進もうよ。あんまり遅くなるとキャプテンも心配するよ」

「……あの人、心配とかするの?」


エマの問いには誰も答えず、話題を変えて先へと歩き始めた。


(何か悪い事聞いちゃったかな……)


相変わらず真暗な道をランタン一つで進んで行く。
頼りない明かり一つに、目を凝らす。
酷使した目を擦りながら、そろそろちゃんとした明かりが恋しいと誰もが思い始めた。


―――チカッ


「ん?」

「どうしたシャチ?」


軽く擦って目を細め、もう一度感じた異変に目を向けた。


「……明かりだ、明かりが見える!」

「え……本当だ…明かりだ!」


シャチとペンギンは顔を見合わせ、その明かりに向かった走り出した。
ベポが待ってと二人を追いかけ、エマとイッカクはため息をついてその後に続いた。

先頭の二人の足が、ある物の目の前で止まった。
そこにあったのは大きな石像で、その周りには古いながらもしっかりと明かりを灯すライトが数個ついていた。
ペンギンが持っていたランタンの手をを降ろした、ここの明るさならば必要ないだろう。


「んー、久しぶりの明かり……まぶしい!」

「これは……?」

「石像?に、何か書いてあるみたい」

「どれ、イッカク?」

「これ。んー、なんて書いてあるんだろう、読めない」

「ねぇ、それよりなんか音がしない?」

「え、何ベポ?」

「だから音だよ、音!チチチ、って」


しん、と静まり返って耳を澄ました。


チ、チ、チ、チ―――


それは一定の速度で鳴っているようだ。


「ね?言ったでしょ」

「……なァ、これって………」

「もしかして……?」

「嫌な予感……」

「――ッ!危ない!!」


エマが最後尾にいたイッカクの手を咄嗟に引っ張った。
ちょうどその場所に、ガゴォン!!と耳を塞ぎたくなるくらいの大きな音を立てて石の壁が落ちてきた。

閉じ込められた、と全員が理解するのに時間はかからなかった。


「おい、みんな……」


聞いただけで分かる、絶望に満ちたシャチの声に、今度はなんだと皆が振り向いた。


「……あァ、もう、最悪だ」


呟いたのは誰だったか。


チ、チ、チ、チ―――


シャチの手に、それはそれは大事そうに抱えられていた物。
苔が生えて見えにくくなってはいるが、たしかにそれに表示してある数字は、刻一刻とカウントダウンを始めている。


「―――爆弾……」


見上げた仲間達の、全員が、顔面蒼白だった。