宝さがし



「なぁ!やっぱ行こうぜ!!」


夜になり、ぼちぼちクルー達が船に戻ってきはじめた頃、夕飯のパスタを食べているエマの目の前でシャチが1枚の紙を広げた。


「……今、食べてるんだけど」

「ノリわっる!!いや、そんな事はどうでもいい、行こうぜ!」

「どこに?」

「決まってんだろ!」


もう一度ドン、と広げたのはエマが見つけた宝の地図だった。


「黄金を探しにだよ!キャプテンも言ってただろ?この島には黄金が眠ってる噂があるって!」

「言ってたけど、噂でしょう?」

「カーーーーッ!エマ!お前それでも海賊かよ!黄金って言ったら海賊のロマンだろう?海賊が宝探ししなくてどうすんだよ!アホかお前!!」

「……そのアホっていうの、船長も当てはまるんじゃない?いいの?」

「ハッ…!」


エマがそう言えば、シャチはしまった!という様に頭を抱えた。
そしてキョロキョロと周りを見渡していた。
おそらくローが今の話を聞いていなかったか姿を探しているのだろう。


「さっき自室に戻って行ったからここにはいないわよー」

「っやめてくれよ!心臓に悪い!」

「でも、宝探しには謎解きが付きものよね。宝が最終的になくても、そっちはちょっと面白そうで興味ある」

「! ほんとか!?」

「うん」

「じゃあ明日!朝から行こうぜ!」


シャチはそう言うと、早速ペンギンとベポに声を掛けにいったようだった。
そういえば、明日はイッカクと街に行く約束をしていたな、と思い出し、彼女も誘ってみた。
もちろん行く、と良い返事をもらったので、明日の宝さがしにはエマ・イッカク・ペンギン・シャチ・そしてベポの5人で行く事になった。



次の日、地図の印を頼りにその場所まで行くと、いかにも怪しげな洞窟にたどり着いた。
中は思ったよりも長く続いているようで、持ってきたランタンの明かりでは少し心細い気がした。


「なぁなぁ!ちょっと期待できそうじゃねェ!?」

「とりあえず進むか」

「うん、行ってみないと何も分からないしね」

「レッツゴー!」


ベポの掛け声を合図に、5人は洞窟へと足を踏み入れた。
中は暗く、曲がりくねった道は歩きにくい。
幸い道は一本道の様で、迷って出てこられないなんて事にはならないだろう。


「結構歩いたけど……なにかあった?」

「っかしーなァ……」

「ねぇ、その地図、本物?やっぱり嘘なんじゃない?」

「嘘じゃないって!!エマ!宝はある!……あるって言ってくれよォ!」

「必死ね」

「あ、行き止まりだ」

「「「え?」」」


ランタンを持って先頭を歩いていたベポが言う。
ベポに続いて各自ペタペタと目の前の岩の壁を触り、道が塞がれているのがわかった。
たしかに、そこは洞窟の終着点だった。


「え、ええ!?終わり!?」

「はーい、帰るよー」

「待てイッカク!もしかしたら何か秘密のスイッチが!」

「だって、それっぽい物なんて何処にもなかったじゃない」

「ちゃんと探そうぜ!なぁ!!……ギャア!なんか踏んだ!?なんだこれ……うわ、なんかのうんこ!?」

「災難すぎて笑える」


「最悪だ……」としくしく泣きマネをするシャチに、突然エマが人差し指を口に当てて制した。


「シッ、静かにしてシャチ」

「おれだけ!?」

「どうした、エマ?」

「何か聞こえない?」


エマの言葉で一同はしん、と静まり返る。
そして「あ!」と発したのはベポで、たしかに何かの音が聞こえていた。


「水!水の流れる音がする!」

「でもどこから……洞窟のこんな奥だよ?」

「こんな深い洞窟で聞こえるって事は、結構近くだよ。シャチの言う通り、本当にどこかに繋がってるのかも」

「まじかよ!」

「そうだとしたら、何かヒントがあるはずだよな。こんな広い洞窟で虱潰しに探すのなんて無理だぞ」

「うーん、音が聞こえるって事は、隠し扉があるならこの辺りだと思うけど……」

「ねぇ、ここだけ変な穴があるよー」


壁をペタペタと触っていたベポが何かに気が付いた。
ランタンでその場所を照らしてみると、一箇所だけ不自然に穴が空いていた。
何かをはめるのだろうか、しかし何をはめるのかさっぱり見当もつかない。
しかもキッチリとした穴ではなく、割となんでもはまりそうな形をしていた。


「なぁこれさ、」


ペンギンが穴から細長い窪みがずっと続いているのに気が付いた。
それは四方八方に、岩壁を伝って入口まで続いている。
「なんだこれ?」とシャチは首を捻り「さぁ?」と同じくイッカクも首を捻った。


「ちょっと待って、わかったかも」

「え、本当?エマ!」

「多分…!」


エマはランタンを持って辺りを見渡した。
うろちょろと地面を照らしながら何かを探しているようで、理解が追い付かない他の4人は、その行動を見守る事しかできない。


「あった」


隅っこに盛るようにしてあったそれは、何かの黒い塊。


「なんだ、それ?」

「ゲッ!?それってさっきおれが踏んだやつ!?うんこだぜそれ!」

「まぁ、そうっちゃそうなんだけど……見てて」


エマが得意気にそれをいくつか拾い上げ、穴のあった壁へと向かう。
「こいつうんこ拾ったぞ…」とぼそっと言ったシャチの背中を少し強めに叩いてやった。
そしてエマはその塊を一つまみすると、それを穴に練り込んでいく。


「な、なにしてんだ…?」

「見たら分かるでしょ、穴に詰めてる」

「いや、そうなんだろうけど」

「何のために?」


一同が唖然として見守る中、穴が埋まった所で一息つきくるりと振り返って言う。


「誰か、ライターか何か持ってない?」

「ライター?」

「おれ持ってるけど」

「ちょっと借りるわね」

「いいけど手を拭いてくれ」

「なんなのよあんた達!言っておくけど、これそんなに汚い物じゃないから!」


エマは文句を言いながらもティッシュでそれを綺麗にふき取った。
そして受け取ったライターで、穴の部分に火をつけた。
すると、みるみる内に穴から伸びていた細長い窪みに、火が燃え移っていく。


「な、なんだぁああ!?」

「すげェーーー!!」


少しすれば、先ほどまで暗かった洞窟内が、壁に広がった火で明るく照らされていた。
そしてゴゴゴゴゴ、と地鳴りがしたかと思えば、床下に隠し階段が現れたではないか。
水の音が大きくなっている事に気が付き、音の正体はこの隠し階段の奥から聞こえてきていたと分かる。


「やった…!」

「すごいエマ!ていうか、さっきのアレは何?」

「そこに生えてる植物あるでしょ?それから出た……まぁ糞みたいなものなんだろうけど、アルコール分が多く含まれてるの」

「へェ、そうなの」

「別に害のあるものじゃないし、臭くないわよ?」

「いや近づけなくていいよ!!」

「でもよく知ってたね、そんなのが燃えるなんて」

「私の故郷ではよく火種として使ってたから。まさかこんな所で使うことになるとは思わなかったけど」

「……なんかエマ、楽しそうだね」


ベポに言われた言葉に、思わず「へ?」と間抜けな声が出てしまった。
突然なんだろう、とベポを見れば、ニコニコと笑ってエマを見ていた。


「え、と…そう、かしら……うん、そうだね、楽しいよ。ベポ」


素直に今の自分を言ってみれば、ベポの表情は更にパァァと明るくなりエマぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「く、苦しいよベポ」

「エマ、おれエマの事好きだよ〜〜」

「ええ?いきなりどうしたの?……ふふ、でも私も大好きよ、ベポ」

「私も。大好きよ、エマ」

「イッカクまで、本当にどうしたの?でも嬉しい、ありがとう」


何時の間にか、3人できゃっきゃと抱きしめあう。
そんな光景をシャチとペンギンが羨ましそうにじーっと見ていた。

実は、ベポはエマが時々思いつめたような表情をする事を気にしていた。
話しかければすぐに笑顔を向けてくれるが、一人でいる時は物思いにふけっている事が多い。

ベポは、エマの過去がどういったものか詳しくは知らない。
だけど知っている限りでは、エマは相当な心を傷を負っている事だろうと思っていた。
だから、せめて、自分達といる時くらいは楽しい思いをして欲しい。

今、エマは楽しそうだ。
皆で探検して、謎を解いて、そして抱き合って。
エマが嬉しそうだと自分も嬉しくなる。
エマには笑顔でいて欲しい、自分達の、新しい仲間なのだから。


「あー……微笑ましい所申し訳ないが、先進もうぜ」

「そうだそうだ!女子に囲まれてずるいぞベポ!!」


半泣きのシャチの訴えにごめんごめん、と軽く謝罪をした。


「さ、誰から行く?」

「ここはエマだろ!」

「え、私?」

「そりゃこの謎を解いたのはエマだもん」

「皆の協力があってこそだったんだけど……でもわかった、行くね」

「おう!」


周りは炎のお蔭で明るいが、階段の下はまた暗い道が続いているようだ。
エマはごくりと喉を鳴らしてゆっくりと下った。


「……暗い、」


ランタンで目の前を照らす。
ぼやっと見える範囲では、道はまだ奥へと続いているようだ。
上の洞窟よりも狭く、ベポの頭がギリギリつくかつかないか程度の高さだった。


「うわ、暗いな」

「まだ奥まで続いてるみたいだけど、どうする?」

「行くに決まってんだろ!ここまで凝った仕掛けしてるんだぞ、期待できるだろ!」

「まぁ、たしかにね」


ランタンを囲んで顔を合わせれば、全員首を縦に振って先に進むことにした。
少しすると、バシャン、という音と共に水しぶきが上がる。


「うわ、びっくりした」

「水か」

「うっ……ッ、」

「エマ!どうした!?」

「もしかしてこれ、海水か…?」


途端にエマの身体がフラリと傾き、隣を歩いていたペンギンに寄り掛かる。
足に力を入れてなんとか立ってはいるが、今にも膝を付きそうだ。


「力が抜ける……」

「おいベポ、この道抜けるまで背負ってやれ」

「アイアイ」

「ごめん、ベポ」

「いいよ、エマ軽いし」


ベポはエマを持ち上げると、俵の様に肩に担いだ。
モフモフとした感触が気持ち良くてつい目を閉じてしまう。


「秒で寝れる」

「寝るなよエマ〜」

「ううん……ベポの毛並を前にしてそれは無茶よ」

「そこは頑張ってくれ」


少し歩くと、海水が溜まっている道を抜けた。
ベポの背中から降ろされたエマは、幾分か不満そうだが、一同が再度歩き出すとその後を少し遅れて追った。

すると、前から吹いた風に乗って、甘い香りが鼻を刺激した。


「風?って事は、もしかしてこの先外に繋がってるのか?」

「なんだか甘い香りもするわね」

「そういえば……ってギャアアァァアアア!!!」

「どうしたシャチ!?」

「大丈夫!?」

「あ、ああ……ビビった、こんな所に死体、が…………」

「シャチ…?」


ドシャァ、とシャチが突然その場に倒れた。
それはもう崩れるように。


「シャチ!おいどうした!シャ、チ……」

「ペンギン!?ちょっと、どうしたの!?ねぇ……ッ!?」

「え、ええ!?どういう事!?ペンギン!イッカク!!」


シャチに続いて、それに駆け寄ったペンギンそしてイッカクまでもが突然意識を失い、倒れた。
その際、ペンギンが持っていたランタンが手から滑り落ち、その先を仄かに照らした。


「うっ……わ、」

「ギャアァァァアアアア!が、骸骨!?なんで!?」


そこに転がっていたのは白骨化した死体。
3人と同じように、倒れたまま命を落としたようだ。


「あれ、なんか、良い臭い…?」


骸骨を見て動揺していたベポが突然くんくん、と辺りの臭いを嗅いだ。
ほんのり甘い香りがして、頭がくらりとする。


(この臭い、もしかして……!)


何かに気が付いたエマが、急いでランタンを拾い上げ、今にも意識を失いそうなベポを強く叩いた。


「ベポ!!今来た道を戻るわよ!早く!出来るだけ息も止めて!!」

「……へぇ?え、エマ?どうしたのいきなり、みんなは?」

「早く!!3人は後で必ず助けるから!」


エマの慌て振りにハッとし、ベポは言われた通りに来た道を逆走した。
海水があった付近まで戻ると、あの甘い香りは消えていた。


「ハァ、ハァ……エマ、どういう事?」

「あれは、あの香りは嗅いじゃだめなの。香りというか、花粉なんだけど……道の脇の方に花が咲いていたでしょう?あれはユメミソウって言って、あの鼻の花粉を身体に取り込んでしまうと意識を失って自分が望んでいる夢を見せてくれるそうよ。けど、花粉が辺りからなくならない限り、決して目覚める事はないの」

「じゃあ、あそこにあった死体は……」

「そういう事ね。対処法が分からなかったんだわ」

「じゃあエマのおかげだね、おれが眠らなかったのは」

「たまたまよ。だってこれも私の故郷に……って、変ね、随分偶然が重なる」


エマは考え込んだ。
あの花は、そこら辺にポンポン咲くような花ではない。
自身の故郷でも、そんなに数多くは咲いていなかったはずだ。

そこまで考えてぶんぶんと頭を数回横に振った。
まずは仲間を助けなければ。
深呼吸をして、頭を切り替えた。


「この花の弱点はね、水なの。単純に花を水で覆ってしまえば花粉が飛ばなくなるから」


これにも問題を打破する仕掛けが必ずある。
エマとベポは眠ってしまった3人を助けるべく、謎と向き合う事にした。